事業成果
次世代メモリの有力候補スキルミオンメモリ開発が前進
スキルミオンのトポロジカル磁気光学効果の観測に成功2024年度更新

- 高橋 陽太郎(東京大学 大学院工学系研究科 准教授)
- 創発的研究支援事業
- 「ナノスピン構造とトポロジーがつくる光スピントロニクス」(2022年-最長10年間)
次世代メモリの有力候補、スキルミオンの超高速読み取り手法の開発に成功
従来の半導体や磁性体の電磁気的な特性を利用する情報記録媒体=メモリはその原理上、単位面積あたりの情報記録密度向上がほぼ限界に近づいている。その限界を破る各種の研究が続けられているが、ブレークスルーの有力候補と目されている研究の1つが磁気スキルミオン※1(以下、スキルミオン)を利用した方式である。
スキルミオンはナノメートルサイズの磁石(スピン)が作る粒子で、次世代の超高密度メモリのビットとして利用できることから世界的に研究が進んでいる。しかしこれまではデバイス・材料の研究開発や電流駆動技術開発に焦点が当てられることが多く、スキルミオンからどのように情報を読み取るかの技術についての研究は極めて限定的であったため、高速かつ簡易な読み取り手法の開拓が望まれていた。
東京大学大学院の高橋陽太郎准教授らの研究グループは、磁性体に照射した光の偏光面※2が回転する磁気光学カー効果(後述)に着目し、高密度のスキルミオンをもつ材料において、スキルミオンが光の偏光面をねじる「トポロジカル磁気光学カー効果」を観測することに初めて成功した。これは次世代スキルミオンメモリの実現に不可欠な高速かつ簡易な読み取り手法を示唆しており、将来のレーザーフォトニクスと融合したスキルミオンデバイスの実現に一歩近づく成果である(図1)。
※1 磁気スキルミオン
物質中の電子の持つスピン(磁気モーメント)がナノメートルサイズの渦状に配列した構造。トポロジカルに安定な粒子としての性質を持ちビットとして機能することから、メモリとしての応用が期待されている。
※2 偏光面
光は進行方向と垂直な面内で電場と磁場が振動する横波のこと。偏光面とはこの振動電場と光の進行方向を含む面を指す。この偏光面をねじる(回転させる)現象の1つが磁気光学効果である。

図1 スキルミオンによるトポロジカル磁気光学カー効果の模式図
皆無だったスキルミオンの光学応答の観測例
ナノスケールの微小なスピンの渦構造であるスキルミオンは、安定性が高く、低電流での駆動、高密度化が可能であるという特異な性質から、メモリとしての応用が期待されており、現在世界的に活発な研究が行われている。材料面などの研究が進む一方で、スキルミオンを利用して記録された情報をどのように高速・簡易に読み出すのかについての新しい手法が求められてきた。
これまでは、トポロジカルホール効果※3と呼ばれる創発磁場(後述)によるホール効果(電流に垂直に磁場をかけると電流と磁場の両方に直交する方向に起電力が現れる現象)を利用し、電気的にスキルミオンを検出する手法が用いられていた。この手法では高速な読み取り速度に限界があり、それよりも高速にスキルミオンを読み取るには光学的な応答を検出することが望まれた。しかし、スキルミオンの超高速な読み取りを可能とする光学的な応答については、基礎科学とスキルミオンメモリ実現の両面において重要であるにも関わらず、これまで観測例はなかった。
※3 トポロジカルホール効果
創発磁場が引き起こすホール効果。一般的なホール効果は磁場により電子の軌道が曲がることで生じるが、スキルミオンの創発磁場も電子の軌道を曲げ、実効的なホール効果が生じる。この効果を用いて電気的にスキルミオンが検出できる。
高密度なスキルミオンを持つ材料で磁気光学カー効果を測定
研究グループでは、図2のように高密度に整列したスキルミオン格子(図2(b))を持つGd2PdSi3という物質に着目し、磁気光学カー効果の測定を行った。

図2 スキルミオン粒子のイメージ
(a) スキルミオン粒子。スピンが渦状の構造を持ち、トポロジカルに安定な状態として存在する。
(b) スキルミオンが高密度で整列したスキルミオン格子。
(c) トポロジカル磁気光学効果の観測。スキルミオン格子が存在する領域でのみ、大きな磁気光学カー効果(光の偏光面のねじれ)が現れる。
磁気光学カー効果とは、磁化した磁性体に直線偏光を入射した時に、その反射光の偏光面がねじれる現象のことだ。透過光偏光面が回転する現象であるファラデー効果と合わせて磁気光学効果と呼ばれる。これらの効果は物質の磁気的性質の測定、光アイソレータや光磁気ディスクなどの磁気光学デバイスの読み取り原理として利用されてきた原理である。
スキルミオンは、スピン構造と結晶中の電子の相互作用から磁場を生じさせている。それは実際の磁場ではないが、あたかも磁場が存在するように電子が振る舞う「創発磁場」(仮想的な磁場)と呼ばれるものだ。一般に光の偏光面のねじれ角の大きさは、物質の磁化の大きさに比例するのだが、スキルミオンによる創発磁場が存在する場合は、物質の磁化の大きさとは関係なく光の偏光面がねじれることになる。この現象が「トポロジカル磁気光学カー効果」であり、スキルミオンを読み取るための原理となる。
研究グループは実際にGd2PdSi3で、幅広い光の周波数帯域で磁気光学カー効果の測定を行った。その結果、スキルミオンが出現した時に大きな偏光面のねじれが生じることが明らかになった。また磁場をかけてスキルミオンを消すと、このねじれ現象が消失したことから、スキルミオンから生じる創発磁場による効果であることが確認できた(図2(c))。光学的応答が観測できたことから、スキルミオンメモリに不可欠な超高速読み取りの手法の開発に新しい道が拓けた。
レーザーフォトニクスとの融合でより高精度な読み取りが可能に
この研究では、トポロジカル磁気光学効果が近赤外領域にも出現することが明らかになった。近赤外領域ではさまざまなレーザー技術が存在することから、今後はレーザーフォトニクスとの融合により精密なスキルミオンの読み取りが可能になると期待できる。
また、メモリなどのスキルミオンデバイスへの応用に加えて、この研究成果は基礎科学的な面でも大きな意味を持つ。磁気光学カー効果はスピントロニクスなどの分野で広く利用されている磁場検出手法だが、今回観測したトポロジカル磁気光学効果はスキルミオンの創発磁場に由来したものであり、物質の磁化の大きさとはまったく関係ない新しい磁気光学現象である。従来は、磁気光学効果を大きくするためには、原子番号の大きい重い元素を用いる必要があると考えられてきたが、創発磁場を利用することにより、原子番号の小さい比較的安価な材料でも大きな磁気光学効果を実現できる可能性が見えてきた。
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