事業成果

「共感」する時の脳のはたらきの解明

自分と他者の情報を合わせ持つニューロンの発見2024年度更新

写真:奥山 輝大
奥山 輝大(東京大学 定量生命科学研究所 准教授)
創発的研究支援事業
「『自己』と『他者』の脳内表象メカニズムの解明」(2022-最長10年間)

共感が起こる脳のしくみを発見

ヒトもマウスも、他者が怖いと感じている様子を見ることで、その感情が移ったかのように、自分自身も怖いという気持ちを「共感」することが知られているが、その詳しい神経メカニズムは解明されていなかった。

今回、奥山輝大東京大学定量生命科学研究所准教授らの研究グループは、他者が怖いと感じている様子を見ることで怖いと感じるとき、「他者の感情」と「自分の感情」が脳内でどのように情報処理されるのか、マウスを使って解明した。

奥山准教授らは、このとき、前頭前野という脳領域に、自分と他者の感情の情報を、同時に合わせ持って表現する神経細胞が存在することを発見した。

本成果により、共感性に困難を抱える自閉スペクトラム症への理解が進むことが期待される。

情動伝染の神経メカニズムを模索

「親友が悲しくなっているのを見ると、自分のことのように悲しくなる」といった、情動が人から人に「伝染」する現象は情動伝染と呼ばれる(図1)。

この現象は、ヒトだけではなく、マウスなど多くの動物種でも見られるため、これまで動物を使った「観察恐怖行動実験」により、その神経メカニズムを紐解くための研究が行われてきた。観察恐怖行動実験では、電気ショックを与えられ、恐怖反応を示す他者マウスを見て、観察マウスも恐怖反応を示すことが確認できる(図2)。これまでの研究では、観察マウスの恐怖反応としてマウスがその場でうずくまって震える「すくみ行動」に着目し、その時の神経メカニズムを解析していた。その結果、すくみ行動には痛みの認識に関わる前帯状皮質(ACC)や情動を司る基底外側扁桃体(BLA)といった脳領域が関与することがわかっていた。しかし、観察マウスはすくみ行動以外にも多様な行動を示しており、それらの神経メカニズムについては不明な点が多く残されていた。

そこで今回、奥山准教授らの研究グループは、これまでの研究から、恐怖を観察し共感する過程で重要な機能を担う可能性が示唆されている腹内側前頭前野(vmPFC)の観察恐怖行動における機能と神経生理学的特徴を解析し、さらに、ACCとBLAからvmPFCへの神経入力がどのような役割を担っているのかを調べた。

図1

図1 情動伝染

図2

図2 観察恐怖行動実験

自動分類法を用いて観察マウスのさまざまな行動を解析

研究グループは、深層学習に基づいた動物の体点を追跡する技術と次元削減クラスタリング※1を組み合わせることにより、観察恐怖行動中に観察マウスが示す複雑な行動を、客観的に自動分類することに成功した。

この行動の自動分類法を用いて観察マウスのさまざまな行動を解析した。観察マウスのvmPFCに光遺伝学的抑制※2を行うと、「すくみ行動」は減少しないものの、「恐怖を受けている他者を観察する行動」が増加し、「逃避行動」が減少するといった行動変化が生じることがわかった。ACCとBLAからvmPFCへの神経入力をそれぞれ光遺伝学抑制すると、vmPFCのみを抑制したときとは反対に、逃避行動が増加した。

これらの解析結果から、vmPFCおよびACC→vmPFCとBLA→vmPFCの神経入力は主に「逃避行動」の制御に関わることがわかった。

続いて、観察マウスのvmPFCの神経細胞が持つ情報を調べるため、観察恐怖行動実験中に脳の神経活動を観察できる「脳内内視鏡を用いたカルシウムイメージング※3」を行なった。その結果、観察マウスの特定の行動状態を反映する神経細胞が、vmPFCに存在することを発見した。さらに、観察マウスの示す行動は、神経細胞集団の活動からデコード※4することができたため、vmPFCの神経細胞は自分の行動状態の情報を持っていることがわかった。

また、vmPFCには他者マウスの電気ショックに応答する神経細胞も存在することもわかった。興味深いことに、他者へのショックの情報を持つ細胞群と、自分のすくみ行動の情報を持つ細胞群は重なっていることが明らかとなった(図2)。このことから、vmPFCには「自分の恐怖」と「他者の恐怖」の両方の情報を「同時に」合わせ持つ神経細胞が存在すると考えられる。

さらに、ACCとBLAからの神経入力を光遺伝学抑制しながら、vmPFCの神経活動を同様の方法で記録すると、「自分の恐怖」と「他者の恐怖」の両方の情報を「同時に」合わせ持つという特徴に異常が生じた。

この結果から、ACCとBLAからvmPFCへの情報入力は、いずれもvmPFCにおける自分と他者の感情の情報処理によるものだと考えられた。

※1 次元削減クラスタリング
本研究では、まず高次元の行動データに対して、なるべく情報を失わないように低次元に落とし込む手法である次元削減を行い、二次元平面上に描画したのち、平面上のデータ点の分布密度に従って、分水嶺アルゴリズムを用いてデータ点のグループ分け(クラスタリング)を行った。

※2 光遺伝学的抑制
光遺伝学では、まず特定波長の光によって活性化される光受容タンパク質を、遺伝学的手法を用いて特定の細胞群に発現させる。次にこの細胞群に対し、行動実験中など特定の時間にのみ光を当てることで、その神経細胞を興奮または抑制させることができる。

※3 カルシウムイメージング
細胞内のカルシウム流動を、顕微鏡技術を用いて測定する手法。神経細胞内のカルシウムイオン濃度は神経活動にともなって変化するため、カルシウム濃度依存的に蛍光強度が変化するカルシウムインジケーターの蛍光量を測定することにより、神経細胞の活動を記録することができる。

※4 デコード
計測された神経細胞の活動から、外界からの刺激や行動・認知状態などを読み出し、推定すること。

共感性に困難を抱える自閉スペクトラム症への応用に期待

共感は「自分」と「他者」の境界が一時的になくなるように感じられる現象で、私たちの日常生活において、良好なコミュニケーションの構築に重要な役割を果たす。今回、発見された共感が起きているときに「自分」と「他者」の情報を合わせ持つニューロンは、自他の境界がなくなるように感じられる脳内メカニズムに働いている可能性が考えられる。

奥山准教授らはこれまで、自他の境界があいまいで、他者の気持ちへの共感性に困難を抱える自閉症スペクトラム症の病態解明を目指した研究を行ってきた。今回の研究成果により、自閉症スペクトラム症への理解が進むことが期待される。