事業成果
丈夫なのに簡単に分解して元の材料に戻せる
劣化のないリサイクルを実現する高分子材料を開発2024年度更新
- 鈴木 大介(岡山大学 学術研究院環境生命自然科学学域 教授)
- CREST
- 「分解と安定化」領域・「力学的安定性と選択的分解性を兼備した循環型高分子微粒子材料の創成」研究代表者(2021-2026)
高分子材料のリサイクル方法の確立と新素材開発
私たちの身の周りには、プラスチックやゴム、繊維などをはじめとする高分子材料※1が広く使用されている。鈴木大介教授らの研究グループは、高分子材料の特性がリサイクルの前後で劣化しない新たなリサイクル方法を確立した。
高分子の鎖を数十から数百ナノメートル程度のサイズに微粒子化し、その微粒子で高分子フィルムを形成することで、フィルムの強靭性と優れた分解性の両立が可能であることを発見した(図1)。
さらに、従来は強度を増すために有機溶剤※2を含むさまざまな添加剤が必要だった微粒子からなる高分子フィルムを、ロタキサン分子※3を高分子微粒子の内部に導入することで、高い伸縮性を有した亀裂が進みにくい高分子材料とすることを実現した。
この微粒子フィルムは、エタノールと水の混合溶媒に浸すだけで元の微粒子に分解することができ、さらに再利用時の品質劣化もなく繰り返し使用できる。
※1 高分子材料
低分子材料(モノマー)から高分子をつくる反応(重合)を経てつくられた、モノマーが多数(ポリ)集まった化合物。「ポリマー」とも呼ばれる。
※2 有機溶剤
シンナーなどの成分を含む溶剤。有機溶剤が大気中に放出されると光化学スモッグなどの原因となる。多量に体内に取り込まれると頭痛やめまいの原因にもなる。
※3 ロタキサン分子
環状分子に軸分子が貫通した構造を有する分子集合体。機械的に連結された構造から分子マシンとも呼ばれる。
プラスチックごみなどの社会問題の解決が急務
日常のあらゆる場面で使用されるようになったプラスチックやゴム、繊維などをはじめとする高分子材料は、私たちの生活を豊かにする一方で、環境汚染や資源の枯渇などの問題を抱えている。生産量と使用量の増加に伴って廃棄量も激増し、海洋に流出するプラスチックゴミだけでも年間数百万トンと言われ、環境や生態系への影響は大きな課題となっている。そのため、品質の高い製品を長く使うだけでなく、効率的にリサイクルし、再利用することが求められている。
既存の高分子リサイクル手法では、高分子材料をその原料である低分子材料(モノマー)まで分解するため、分解反応を起こさせるために化学試薬や高圧、高温などを必要とすることが課題だった。
本研究のキーポイントである数十から数百ナノメートル程度の高分子微粒子は、化粧品や塗料、紙加工などにも使用されている身近な微粒子材料である。この微粒子を含む水を乾燥させると、微粒子同士が互いに融着し、微粒子フィルムを形成できることは以前から知られており、接着剤や塗料などの用途で一般的に使用されている。だが、微粒子フィルム内に存在する微粒子同士の界面(微粒子間の接着面)が破断点※4となりやすく、材料の脆弱性が課題だった。
一方、添加剤を加えるなどでこの破断点となりうる界面を補強することで、微粒子フィルムも強度を持った材料として使用できることが知られている。例えば、ゴム手袋などに使用されている天然ゴムも高分子微粒子の集積体であり、添加物を加えて粒子界面が物理結合や化学結合で連結されることで、強度や伸縮性を持つ材料として利用されている。だが、一度連結した界面を再び切断するのは容易ではなく、無理に切断しようとすると望まぬ場所での破壊や劣化が生じ、再利用できる状態で回収することは困難だった。また、回収できたとしても材料品質は低下してしまうため、微粒子フィルムの高品質な再利用は困難であると考えられてきた。
これらの課題を背景に、本研究では、特殊な化学原料を用いることなく、安定性があり強靭で、かつ分解性に優れた循環型の高分子材料の開発に取り組んだ。
※4 破断点
力が加わった際に物体が破断(破壊)される点。
強靭性と分解しやすさを両立した高分子材料
本研究では、高分子微粒子のみから成る微粒子フィルムを用いて次の成果が得られた。
① 高分子微粒子を活用したクローズドループリサイクルの手法を確立
工業的にも接着剤や塗料に多く使用されている高分子材料の原料(アクリレート系モノマーのメチルアクリレート)から成る合成高分子微粒子から、強靭な微粒子フィルムが得られることを発見した。溶媒を乾燥させただけのフィルムだが、粒子界面を補強した天然ゴムフィルムに匹敵する強度があった。フィルムの構造を特殊な顕微鏡などで調べると、高分子微粒子は乾燥時に粒子界面が深く融着していることが明らかとなり、これが強靭性発現の鍵であると特定できた。
この微粒子フィルムは、エタノールと水の混合溶媒に浸すだけで、元のサイズの微粒子にまで分解が可能となる。この分解させた溶液から、沸点が低く揮発性も高いエタノールを除去することで、フィルムを形成させる前と同じ状態の高分子微粒子が回収できる(図2)。
このリサイクル後の材料回収率は99%と高く、再利用後のフィルムの性能もリサイクル前と変わらない。クローズドループリサイクル※5の手法の確立が確認された。
※5 クローズドループリサイクル
不要になった製品を素材として再生し、同等の製品に戻すリサイクル方法。限られた資源を効率的に利用し廃棄物の削減につながるため、持続可能性にも優れている。
② 高分子材料の安全性・耐久性の向上
ロタキサン分子を高分子微粒子の内部に導入することで、添加剤や有機溶剤を必要とせずに、高い伸縮性を有した亀裂が進みにくい微粒子フィルム(ゴム材料)を実現した。
このゴム材料は、高分子微粒子を水に分散させたコロイド溶液※6から水を蒸発させるだけで作ることができ、添加剤や有機溶媒などを一切使わないにもかかわらず、亀裂に対して高い耐久性がある。通常の微粒子フィルムは、傷をつけて引っ張ると、傷から亀裂が広がり続けて切れてしまう。だが、この微粒子フィルムは、高い収縮性を持ちながら、亀裂が進展しにくい(図3)。添加物を用いない高分子微粒子から作られたフィルムにおいて、こうした性質の発見は初めてのことである。
この現象のカギとなるのは、微粒子の設計に用いたロタキサン分子だ(図4)。環状分子に軸分子が貫通した構造を持つ分子で、導入された微粒子は、微粒子間の接着面で互いに深く絡み合うことができる。この微粒子フィルムも①と同様、エタノールと水の混合溶媒に浸すだけで、品質劣化のないリサイクルが可能だ。
※6 コロイド溶液
コロイドとは、高分子微粒子などの微小な物質が、液体や固体や気体に分散している材料の総称。ここでは、微粒子が水に分散した水系コロイドのこと。
理想的な循環社会の実現を目指す
本研究で確立されたクローズドループリサイクルの手法は、分解に化学反応を必要とせず、その過程で有害物質を発生させない。原料としての高分子を長く使用し、かつ安全に再利用することを可能にする。
この手法は、今後の研究の進展により、今回用いたもの以外のさまざまな高分子材料への適用も可能だと考えられる。それらの高分子材料の普及により、身の周りの高機能製品を使用後にリサイクルできる理想的な循環型社会の実現につながることが期待される。
また、添加物を利用しない高分子材料は、人体内部で使用できるバイオマテリアルとしての活用などにも波及効果が期待できる。
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