事業成果
従来は難しかった素材や水中での接着も可能に
光で制御するリサイクル可能な接着剤を開発2024年度更新
- 内藤 昌信(物質・材料研究機構 高分子・バイオ材料研究センター 副センター長)
- CREST
- 「データ駆動型分子設計を基点とする超複合材料の開発」研究代表者 (2019-2024)
再生可能な接着剤を開発
内藤昌信副センター長らの研究チームは、特定の波長の光をスイッチに、何度でも接着と剥離を繰り返すことができる再生可能な接着剤を開発した。
従来の接着剤は、「強力な接着」と「容易な剥離」を両立させることが困難だった。使用後に基材(接着する物)と接着剤を分離・回収しようとしても、強力に接着しているほど基材が壊れたり接着剤が残ったりするため、素材としての再利用も難しかった。
接着剤は、構成する分子が化学反応でつながっていく架橋反応によって接着し、その逆の脱架橋反応で剥離する。研究チームは、波長の違う紫外線をスイッチにして架橋・脱架橋を可逆的に引き起こすカフェ酸に注目。カフェ酸を組み込んだ高分子を基材に塗布することで、強力な接着力を持ちながら、接着剤としての使用が終わった際には紫外線によって剥離させ、接着剤と基材を塗布前と同じ状態で回収して再利用することを可能にした(図1)。
さらに、一般的な接着剤では難しかったフッ素樹脂の接着や水中での利用など、基材や使用環境の拡大が期待できる。
環境への配慮から解体性接着剤に注目
19世紀のイギリス産業革命の時代、湿度によって粘着力が戻るでん粉のりを使った切手の発明は、郵便制度が大きく発展するきっかけになった。以降、あらかじめ接着層を基材に塗布したプレコート型接着剤※1は、作業性向上や在庫管理、輸送における利便性などからさまざまな分野で利用されてきた。
現在では、湿度以外に電気や熱、光など、外部から加える刺激も多様化し、新たな接合技術の研究開発が精力的に進められている。
一方、環境への配慮と経済成長の両立への意識の高まりの中、サーキュラーエコノミー時代のものづくりの接合技術として、解体性接着剤が注目されている。解体性接着剤とは、使用期間が終わった後に接合部を剥がすことができる接着剤のことだ。使用期間が終わったプラスチックを含む製品の部材を分解し、原材料ごとに分離・回収することで新たな部材としてリユース・リサイクルさせる「プラスチック資源循環※2」の実現に必要な技術だ。
しかし、従来の接着剤では、強力な接着力と容易な剥離を両立させることは困難で、解体できたとしても、基材に接着剤が残ったり基材が壊れたりすることもあり、素材レベルでの循環を妨げる要因になっている。また、フッ素樹脂やポリエチレンなど接着性に乏しいプラスチックや、水中などの環境では接着剤そのものが使えないという問題もあった。
どんな素材や環境下でも、使用時には十分な接着力を発揮し、役目が終わると容易に剥離することができる新たな接着方法が求められていた。
※1 プレコート型接着剤
切手に使われている再湿性接着剤に代表されるように、接着剤をあらかじめ塗布しておき、外部刺激を加えることによって接着力が活性化される接着剤。
※2 プラスチック資源循環
廃プラスチックを適切に処理し、資源として有効に利用するシステムを確立する取り組みのこと。
異なる波長の紫外線をスイッチとした接着と剥離を確認
研究チームは、異なる波長の紫外線を照射することで架橋反応と脱架橋反応を可逆的に引き起こすカフェ酸の特徴的な機能に注目した(図2)。カフェ酸は「コーヒー酸」とも呼ばれ、コーヒーをはじめ植物全般に存在している。
本研究では、市販の接着剤などに用いられるポリメタクリル酸エステルにカフェ酸ユニットを導入したプレコート型接着材を合成した。この接着材料を塗布した基材に、ある特定の波長の紫外線を照射すると、架橋反応によって不溶化した塗膜が形成される。この塗膜は常温では接着性を示さない。しかし、加熱することで接着と剥離とを何度でもくり返す。また、暗所・室温で約2年間保管しても性能は劣化しなかった。
さらに、塗膜形成時とは異なる波長の紫外線を照射すると、カフェ酸が塗装前と同じ状態にリセットされる。これにより、基材表面に残った接着層を完全に除去し、接着剤そのものも回収することができる。この回収した接着剤と基材は、オリジナルと遜色なく再利用できた。
これまでにも光を使って接着・脱着を制御した例はあったが、使用できる基板がガラスなど透明なものに限定されていた。今回は、塗布面上部から光を照射するため基材の制約を受けない。フッ素樹脂、シリコーン樹脂、ポリエチレンや、アルミニウム基板などを強固に接着させることができた(図3)。
また、カフェ酸の化学構造に含まれるカテコール基は、付着生物であるムラサキガイの足糸※3にも多く含まれていることにも注目。一般的な接着剤が苦手とする水中での接着においても、遠隔操作による強力な接着力を発揮した(図4)。
※3 足糸
ムラサキガイなどの二枚貝が、岩礁や水中構造物に強力に張り付く際に分泌するタンパク質の繊維。
サーキュラーエコノミー時代のものづくりに幅広く適用
サーキュラーエコノミー時代のものづくりには、何度でも繰り返し使用ができることに加え、原材料と同じ状態に戻して、新たな構造部材として再利用していくことが求められる。
複雑な工程を経ずに紫外線の照射でリユースやリセットが制御できる再生可能な接着剤は、幅広い分野へ適用ができ、リサイクルの進展が期待できる。加えて、湿度の高い環境下や水中でも接着が可能となれば、手術時に体内で用いる医療用接着剤としての利用や、遠隔操作による洋上構造物の補修工事などに寄与することが見込まれる。
他にも素材そのものの循環を指向したものづくりに貢献する接着剤として、電子機器や輸送機器などさまざまな用途に展開できる可能性がある。
すでに実用化に向け企業と協議を開始し、1年以内のサンプル提供を目標としている。
*CC BY 4.0 のもと原著を翻訳して掲載
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