事業成果

小型・高効率・低コスト光源、半導体レーザーの輝度を劇的に向上

フォトニック結晶レーザーの高輝度化に成功2024年度更新

写真:野田 進
野田 進(京都大学 大学院工学研究科 教授)
ACCEL
「フォトニック結晶レーザーの高輝度・高出力化」研究代表者(2013-2017)

大型レーザーに匹敵する1GWcm-2sr-1の輝度を世界で初めて達成

野田進京都大学工学研究科教授らの研究グループは、小型・高効率・低コスト光源である半導体レーザーの輝度※1を、「フォトニック結晶レーザー(PCSEL)」※2技術により、既存のCO2レーザー、固体レーザー、ファイバーレーザー等の大型レーザーに匹敵するレベルの1GWcm-2sr-1まで高めることに成功した。

これにより、半導体レーザー単体で、金属等の物体を切断・加工することが可能となる段階に達したと言える。本成果は、フォトニック結晶レーザーの適用範囲を大きく広げ、特に、製造プロセスのデジタル化を進めるスマート製造の世界に、ゲームチェンジをもたらすことに繋がるものと期待できる。

従来の半導体レーザーは、高出力時にビーム品質が劣化するため、高い輝度が得られず、光加工に利用できないという課題があった。この課題に対し、同研究グループは、これまで、半導体レーザー内部にフォトニック結晶を組み込んだ、独自のフォトニック結晶レーザーの研究を続けてきたが、最近、デバイス内部の光波結合状態を精密制御することで、直径3mmのフォトニック結晶レーザーで50〜100W級動作、輝度1GWcm-2sr-1の実現に世界で初めて成功した。併せて、デバイスサイズを直径10mmに拡大しても、ビーム品質を劣化させることなく、単一モード動作可能な設計指針をも見いだし、さらに一桁高い出力(1kW級)、輝度(10GWcm-2sr-1)の実現可能性を示した。これらの成果は、フォトニック結晶レーザーが、近い将来、大型レーザーを一新し、まさに上述のゲームチェンジに繋がっていくことを示唆するものである。

※1 輝度
レーザー光をいかに強く集光できるか、あるいは、ビーム拡がりをいかに狭くできるかを示す指標であり、単位面積、単位立体角あたりの光出力と定義できる。高輝度化を実現することは、光加工や高度センシングへの応用上極めて重要。ビーム品質と密接な関係があり、ビーム品質が高いほど、輝度を高くできる。

※2 フォトニック結晶レーザー
光の波長程度の周期的屈折率分布をもつ光材料をフォトニック結晶といい、さまざまな光制御が可能な光ナノ構造として注目されている。特に、2次元フォトニック結晶(2次元状に波長程度の周期的屈折率分布をもつ光ナノ構造)を内蔵した面発光型の半導体レーザーをフォトニック結晶レーザーと呼ぶ。大面積で安定した定在波状態が形成でき、高出力、高品質なビームが得られるという特長がある。

図1

図1 開発したフォトニック結晶レーザーの写真(a)とレーザー特性(b)

連続動作にて、光出力50W単一モードかつ極めて狭い拡がり角(0.05°)の高ビーム品質動作に成功。得られた輝度は、CO2レーザー、固体レーザー、ファイバーレーザー等の大型レーザーに匹敵する値(1GWcm-2sr-1)にまで到達した。

1999年からのフォトニック結晶レーザー研究が結実

そもそもフォトニック結晶レーザーは、京都大学の野田教授等により、1999年に発明されたもので、その後の研究開発により高出力・高輝度化が図られてきた。

既存の半導体レーザーの輝度が増大できなかった根本的原因は、光出力を増大するようにデバイス面積を拡大した際、共振モード(電磁界分布)に複数の腹をもつ高次モードが発生し、ビーム品質が劣化することに起因していた。

野田教授等が発明したフォトニック結晶レーザーは、2次元フォトニック結晶の特異点における大面積共振作用に基づくもので、基本モード動作が大面積まで維持可能という特長をもつ。2014年には、デバイスサイズを直径200μm程度まで拡大しても、高次モードが生じず、ワット級の高出力単一モード動作が実現できることを示していた。しかしながら、その後、さらなる出力増大のため、面積を拡大すると、高次モードが出現し、それ以上、輝度を増大することが困難という課題に直面した。研究グループはこの課題を克服するために新たに「二重格子フォトニック結晶※3」構造を考案し、その構造にさまざまな工夫を凝らすことで、フォトニック結晶レーザーの面積を大幅に拡大しても、高次モードの発生が抑制でき、輝度増大が可能となる方法を見いだした。

その基本的な考え方は、図2に示すように、基本モードの損失を低く保ったまま、高次モードの損失のみを増大させることで高次モードの発振を抑制し、ビーム品質の劣化が生じないようにするものである。図2(b)に見るように、二重格子構造の孔間距離の調整や、楕円孔と円孔の大きさバランスの微調整により面内光回折効果を弱め、さらに放射波(レーザー出力光)を介した面内光回折効果をも微調整することで、全体的な面内回折効果を弱めた。その結果、図2(d)の理論計算結果に示すように、放射損失の出射角度依存性が、急峻なものとなった。同図より、垂直方向に出射する基本モード(図2(c)左図参照)の損失を小さく保ったまま、斜め方向に出射する高次モード(図2(c)右図参照)の損失のみを増大できることがわかり、この結果は、高次モードの発生を抑制し、輝度増大が可能になることを示唆するものである。

※3 二重格子フォトニック結晶
2つの2次元フォトニック結晶をxおよびy方向に4分の1波長だけずらして重ねた、新たなフォトニック結晶のこと。

図2

図2 フォトニック結晶レーザーの二重格子構造の調整

(a)フォトニック結晶レーザーのデバイス構造の模式図。
(b)二重格子フォトニック結晶における光波の回折効果(相互結合)の模式図。左図に示す面内の180°方向と90°方向の回折に伴う結合(放射損失を伴わないことからエルミート結合と呼び、それらの結合係数の和の実部と虚部をR,Iとする)に加えて、右図に示す放射波を介した180°方向の回折に伴う結合(放射損失を伴うため、非エルミート結合と呼び、その大きさをμとする)も考慮することで、総合的に回折効果を低減する。
(c)基本モードと高次モードの光強度分布(上段)と出射ビームの模式図(下段)。
(d)Rおよびμを変化させた構造における、放射損失の放射角度依存性の計算結果。なお、Iの値は垂直方向(=基本モード)に対して適切な放射損失(〜10cm-1)が得られるように調整している。

直径3mmのデバイスを作製、50〜100W級の単一モード動作が可能に

上述の設計により、直径3mmのフォトニック結晶レーザー(図3)にて50~100W級の単一モード動作が可能になり、輝度1GWcm-2sr-1の実現が期待できることが理論的に明らかになった。研究グループはこの設計に基づき、直径3mmのフォトニック結晶レーザーを作製し、フォトニックバンド構造および放射特性の詳細測定を行い、結合係数を実験的に評価した。その結果、狙いどおりの結合係数が実現できたことを確認した。

次にデバイスのレーザー発振特性を、まず熱の影響を受けないパルス状態かつ低電流領域で評価した。図3(b)に示す電流-光出力特性から、電流値〜20Aからレーザー発振が得られていることがわかる。レーザー発振時の遠視野像とその強度プロファイル(図3(c)、(d))を見ると、極めて狭いビーム拡がり角(〜0.05°)での発振が得られていることがわかる。これは面内回折効果の適切な低減(図2(d)に示される結合係数Rとμの同時低減)によって、直径3mmという半導体レーザーとしては極めて大きな面積において、基本モードのみでの動作が実現できたことを示している。

図3

図3 作製した直径3mmフォトニック結晶レーザーとその評価

(a)開発した直径3mmフォトニック結晶レーザーの写真。
(b)パルス状態・低電流動作における光出力特性。
(c)遠視野像。
(d)強度プロファイル。極めて狭い拡がり角(〜0.05°)の高ビーム品質動作に成功。

このように基本モードでの高ビーム品質動作が実証できたが、光加工には連続動作と高電流注入状態を維持することが必要になる。連続動作や高電流注入が行われると、デバイスが発熱して半導体材料の温度分布が変わり、上述のように精密に制御した光の回折効果が乱れてしまう(図4(a))。それでは同じビーム品質で連続動作を継続できないため、研究グループは図4(b)のように、温度が高くなり、屈折率が大きくなる中央部分ほどフォトニック結晶の空孔周期(格子定数a)をあらかじめ短くするように、格子定数分布を与えた。こうすることで、面内温度分布の影響が補償される。これにより、連続動作時においても、実効的に均一なフォトニック結晶が維持され、基本モード動作が期待できる。

図4

図4 連続動作・高電流注入による温度変化の影響を補償する格子定数分布を導入

(a)直径3mmのフォトニック結晶レーザーの連続動作時(電流110A注入時)のデバイス面内の温度分布とその断面プロファイル。
(b)連続動作時の面内の温度分布を打ち消すように導入する格子定数分布。

このように、面内回折効果を適切に低減(結合係数Rとμを同時に低減)する仕組みと、その効果を連続動作でも維持する仕組みの両方を取り入れ、新たに直径3mmのフォトニック結晶レーザーを作製したのが上掲の図1である。この図1(b)に見るように、最大50Wを超える光出力を達成しつつ、図1(c)(d)に見るように、基本モードでの単一モード動作を達成し、極めて狭いビーム拡がり角(〜0.05°)の高ビーム品質動作が確認できた。

このような開発過程を経て、フォトニック結晶レーザーで大型レーザーに匹敵し、光加工に必要とされる1GWcm-2sr-1という輝度が達成された。

デバイス面積を拡大し、既存の大型レーザーを一新する可能性

今回開発したデバイスを2次元アレイ化することで、輝度を保ったまま光出力をkW級以上に増大することが可能となる。さらに、研究グループは、直径10mmのデバイスにて、完全単一モード、光出力kW級、輝度10GWcm-2sr-1のデバイス設計にも成功している。今後は、このような、直径10mmデバイスの実現、さらには、それ以上のサイズのデバイスへと拡張していく予定である。このようなデバイスが完成すれば、図5のように既存の大型レーザーを新たなフォトニック結晶レーザーが一新し、スマート製造分野にゲームチェンジをもたらすものと期待される。また、加工応用のみならず、宇宙応用(宇宙セイルの推進用光源)、核融合のための光源、EUV露光装置の励起光源など、新たな分野への活用も視野に入る。

図5

図5 大型レーザーデバイスとフォトニック結晶レーザーシステムの比較