事業成果

メキシコ沿岸部の巨大地震・津波リスクに備える

国境を越えて防災・減災に大きく貢献2023年度更新

写真:黒田 公美
伊藤 喜宏(京都大学 防災研究所 准教授)
SATREPS
「メキシコ沿岸部の巨大地震・津波災害の軽減に向けた総合的研究」 研究代表者 (2015-2022)
aXis
「海底地震観測と構造物脆弱性の知見を活かした津波避難教育プログラムのパイオニア的実証実験」研究代表者(2020-2022)

メキシコの地震頻発地域へ挑む

日本からおよそ10,000km離れたメキシコは、日本と同様に地震多発国として知られている。メキシコの国土は、北米プレート(岩盤)の上に位置し、太平洋側の西部は、北米プレートの下に太平洋側からココスプレートが沈み込む、沈み込み帯である。そのため規模の大きな海溝型地震※1と、それに伴う津波のリスクが世界で最も高い地域の1つである。それだけに地震・津波防災への取り組みは、長年重要な課題とされてきた。

プロジェクトチームは、メキシコ国立自治大学等と共同で、メキシコ合衆国太平洋沿岸部のゲレロ州(図1)にあるゲレロ地震空白域(過去100年間地震が発生していない領域)周辺の陸上および海底に、GNSS(Global Navigation Satellite System:全球測位衛星システム)および地震観測網を構築し、地殻活動データを解析した。その結果、2017年から2019年にかけてメキシコで発生した3つの大地震(図2)と、スロースリップ※2の関連性を解明した。

また、同じくゲレロ地震空白域で、スロー地震※2の発生を初めて明らかにした。地震空白域が周囲と比べてプレート間の固着※3が弱く、空白域を震源とする地震の活動度が周囲と比べて低いことが、観測されたスロー地震活動で説明できる。さらに、この領域で想定されていた巨大地震の発生リスクが、これまでよりも低い可能性を示すことができた。

※1 海溝型地震
海プレートと陸プレートの境界に位置する海溝沿いで発生する地震。海溝型地震には、海プレートと陸プレートとの間のずれによって生じる地震(プレート間地震)と、海プレート内部の破壊によって発生する地震(スラブ内地震)がある。

※2 スロー地震/スロースリップ
スロー地震は、通常の地震に比べて、遅い断層すべり速度で歪みを解放する現象。その規模(または継続期間)によって、以下のように呼ばれる。
・スロースリップ(マグニチュード5以上)
・超低周波地震(マグニチュード3~4クラス)
・周波地震・微動(マグニチュード2クラス以下)
スロースリップの場合、その継続時間は数日から1年以上に及ぶ。東北地方太平洋沖地震直前にも、スロースリップが観測されている。スロー地震が重点的に観測研究されている地域はメキシコの他、南海トラフ、ニュージーランド、南米および米国・カナダ国境付近の太平洋沿岸部が挙げられる。

※3 プレートの固着
陸プレートと海プレートの境界部分の付着のこと。固着の度合いは場所や深さによって変化する。固着が強いほど、陸プレートが引き込まれて歪みが蓄積し、一気に解放され巨大地震を引き起す。反対に固着が弱いほど、陸プレートはスムーズに沈み込んで歪みはたまりにくく、低周波地震やスロースリップなどのゆっくりとした地震が発生する。

図1

図1 研究対象となったメキシコのゲレロ州

ゲレロ州の周辺では、2017年9月8日にマグニチュード8.2のテワンテペック地震、同年9月19日にはマグニチュード7.1のプエブラ地震、そして2018年2月16日にはマグニチュード7.2のピノテパ地震が発生している。

図2

図2 3つの巨大地震が発生したエリア

相互作用を明らかにした3つの大地震(★印の箇所)とスロースリップ域(灰色部分)。この領域では、ココスプレートが中央アメリカ海溝から北米プレートの下に沈み込む。

巨大地震・津波リスクの低減に向けた課題

メキシコの西部太平洋側は、海溝型巨大地震と津波のリスクが世界で最も高い地域であり、プレートの境界部では繰り返し大地震が発生していた。

大地震が頻発する一方で、メキシコ南部ゲレロ州には、過去100年間大地震が発生していない、ゲレロ地震空白域と呼ばれる地震発生の空白の領域がある。この領域は、将来の地震発生時にはマグニチュード8クラスとなることが予測されており、地震・津波災害に対して、特に警戒すべき場所として注目されている。しかしその状況は、これまで海底に地震観測点がなかったため、十分に理解されていなかった。

地震・津波災害が迫る中、メキシコは地震・津波防災対策として陸上観測網を主体とした早期津波警報システム(SINAT)の開発に向けた準備を進めている。しかし観測データが不足しており、確実性の高い地震・津波モデルを構築出来ていない。加えて、海底地震・測地学、沿岸工学、津波などの研究者が少なく、津波災害の情報が蓄積されておらず、国民の津波に関する意識が希薄である。そのため津波災害の軽減に向けた、具体的な対策が十分なされていない状況だった。

これらの課題を解決し、海溝型地震および津波のシナリオ・モデルを策定し、将来の巨大地震・津波被害削減に向けた研究開発・社会実装を行うことが求められていた。

わかり始めたスロー地震のメカニズム

プロジェクトでは日本とメキシコによる共同国際観測として、ゲレロ州に設置された観測点を含む57点のGNSS観測点の連続変位データを解析(図3)。ココスプレートと北米プレート境界部におけるスロースリップのすべり、大地震後の余効すべり※4、およびプレート間固着率※5の時間的な変化を求めた。

解析の結果、2017年から2018年にかけてメキシコで発生した3つの大地震は、それら周辺で発生するスロースリップと相互作用を及ぼし合って連鎖的に生じたものとわかった。これらより3つの連続した大地震は、大地震とスロースリップとが互いに作用し合う誘発現象であった。

また、ゲレロ地震空白域の調査では、域内で発生する規模の小さなスロー地震(テクトニック微動)の波形を初めて検出することに成功した。

これまでゲレロ地震空白域の解釈として、2つの説があった。1つ目は地震空白域の固着が強く、少なくとも過去100年間で、プレートの沈み込みに伴い生じる歪みを、蓄積し続ける領域との説。2つ目は地震空白域の固着が弱く、頻繁に発生するスロー地震による沈み込みで生じる歪みを、解消する領域という考え方だ。プロジェクトの観測結果は2つ目の解釈とほぼ一致し、マグニチュード8クラスの地震の発生確率が、従来の想定ほど高くないことを示している。今回の結果は、ゲレロ地震空白域で長期にわたり大地震が発生していない理由を明らかにした(図4)。

ただし、2011年東北地方太平洋沖地震時には、スロー地震域が巨大地震の震源域となった事例もある。引き続きゲレロ地域での地震•津波防災に向けた取り組みを、継続する必要がある。

もう1つの取り組みである「海底地震観測と構造物脆弱性の知見を活かした津波避難教育プログラムのパイオニア的実証実験」※6は、「メキシコ国内の地震・津波被害を軽減し、SDGsの達成に寄与する」ことを目的に同時期に実施された。コロナ禍と時期が重なったこともあり、厳しい行動制限により十分な活動ができなかった。

しかし、コロナ禍を逆手にとったリモート調査など、研究者のさまざまな工夫による実証試験が着実に進んでおり、成果が今後の相手国の防災に大きく寄与することが考えられる。

SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)達成への貢献は、津波避難シナリオ作成や安全な津波避難経路の提示など、一部で認められるものもある。しかし、現時点ではいずれの目標も達成目前の段階で、今後のメキシコ側の自立的努力が期待される。

※4 余効すべり
地震のときに滑った所が、地震後も引き続きゆっくりと滑っていること。

※5 プレート間固着率
陸プレートと海プレートの境界の固着の度合い(固着率)が高ければ高いほど、大きな歪みが蓄積される。固着率の値は、「沈み込む海プレートで動く速度」に対する「陸プレートが引きずり込まれる速度」の割合で算出する。

※6 海底地震観測と構造物脆弱性の知見を活かした津波避難教育プログラムのパイオニア的実証実験
日本の科学技術イノベーションを活用して、途上国でのSDGs達成に貢献するとともに、日本の研究成果などの海外展開の促進を目的とし、JSTが行う事業。本事業を通じて協力相手国の社会課題の解決に取り組むことで、持続可能な開発を促進しつつ、日本と相手国との良好な協力関係の構築への貢献が期待されている。

図3

図3 本プロジェクトで設置した陸上および海底地震・測地観測網

(a)地震観測網[Cruz-Atienza et al., Seismological Research Letter, 2018]
本プロジェクトで設置した広帯域地震観測網を赤色の三角、海底地震計をピンク色の三角で示す。その他は、既存の地震観測網。
(b)測地観測網
本プロジェクトで設置したGPS観測点を赤色の丸、GPS/Aによる海底地殻変動観測点をピンク色の丸、海底圧力計を黄色の逆三角で示した。

図4

図4 ゲレロ地震空白域の浅部スロー地震域、サイレントゾーン、小地震・スロー地震域

ゲレロ地震空白域には浅部スロー地震域(テクトニック微動発生域)、サイレントゾーン(非地震発生域)、小地震・スロー地震域がある。サイレントゾーンはプレート間の固着が弱く、常にゆっくりとずれ動いている可能性が高い。また、サイレントゾーンは、プレート境界形状の凹部に対応する可能性が出ている。今回の研究では、ゲレロ地震空白域に海溝から海岸線付近まで、固着が弱い領域が広がる可能性を示した。

メキシコと日本の防災・減災を目指して

プロジェクトでは今回、ゲレロ地震空白域における最新の観測データから、地震・津波シナリオを作成した。ゲレロ州内におけるリスク評価と減災教育の運用を行い、ハザード情報や減災教育教材を防災関係者へ提供、さらに、津波避難ガイドラインや減災教育の継続的な開発・運用をサポートすることが目的だ。

これらの総合的なアプローチによる取り組みは、メキシコ国の開発政策・開発ニーズとも合致しており、実施の意義が高く評価されている。

また、日本にとってもメキシコのスロー地震や巨大地震の類似性・相違性の理解は、南海トラフ※7で発生する巨大地震・津波災害の本質的理解に役立つ。巨大地震による災害軽減に向けた課題への取り組みは、将来起こりうる震災から国民の生命、および財産を守る社会の持続的発展の実現を後押しする研究成果となった。

※7 トラフ
細長い深海底の溝状の地形で、両側の斜面が比較的急で、水深は通常6,000m以上のものを海溝と呼ぶ。海溝に比べ浅く、幅が広いものをトラフ(舟状海盆)と呼ぶ。日本の周辺には、太平洋プレートの沈み込みに伴って形成された日本海溝、千島海溝、伊豆・小笠原海溝のほか、フィリピン海プレートの沈み込みに伴って形成された南西諸島海溝、南海トラフ、駿河トラフ、相模トラフなどがある。