事業成果

最新技術とビッグデータで健康寿命を延伸

青森発、産学官民連携で超高齢化社会に挑む2023年度更新

写真:工藤 寿彦/中路 重之/村下 公一
工藤 寿彦(プロジェクトリーダー:マルマンコンピュータサービス株式会社)
中路 重之(研究リーダー:弘前大学 特任教授)
村下 公一(戦略統括:弘前大学 教授)
センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム
「真の社会イノベーションを実現する革新的「健やか力」創造拠点」(2013-2022)

病気の予防に焦点を絞り、健やかに長生きできる社会へ

青森県は、平均寿命の都道府県ランキングで長年、最下位であった。そこで弘前大学では、“短命県返上”を合言葉に、2005年から「岩木健康増進プロジェクト」※1を開始。弘前市岩木地区の高齢者を対象に、過去10数年間にわたり検診を実施してきた。

これは、早期の予兆発見で疾患予防法の開発を目指す調査で、短命県返上への貢献だけでなく、日本の課題である健康寿命※2延伸にも役立つと考えられた。

この活動が、2013年に文部科学省のCOI STREAM※3の拠点に採択され、弘前大学COI(Center of Innovation)として発足。多様な業種の企業や大学、研究機関など、78機関(2022年3月時点)がプロジェクトに参画している。産学官連携チームは、健診で収集した健康ビッグデータ※4を活用して病気の予兆法の開発や、予兆に基づく予防法の開発などの研究課題へ戦略的に取り組んできた。

その成果の1つとして、生活習慣病の発症を予測し、一人ひとりに合わせた「実行しやすい」健康改善プランを提案するAI(Artificial Intelligence:人工知能) を開発した(図1)。

開発したAIは、岩木健康増進プロジェクトで取得された健康ビッグデータを用いて開発されており、その有用性が示された。個別化医療※5における健康介入への貢献が期待されている。

※1 岩木健康増進プロジェクト
弘前大学、弘前市(旧岩木町)、青森県総合健診センターなどの連携で、弘前市岩木地区住民の生活習慣病予防と健康の維持・増進、寿命の延長を目指して2005年に企画された。

※2 健康寿命
健康上の問題で日常生活が制限されることなく、生活できる期間のこと。日本では平均寿命と健康寿命の差が、男性で約9年、女性では約12年ある(2019年 厚生労働省「健康寿命の令和元年値について」より)。この期間はいわば「不健康な期間」であり、この差を縮小することが重要となっている。

※3 COI STREAM(Center of Innovation Science and Technology based Radical Innovation and Entrepreneurship Program)
文部科学省が設定した、10年後の目指すべき社会像を見据えたビジョン。全国18の拠点を特定し、COI(センター・オブ・イノベーション)プログラムとして、JST(科学技術振興機構)が支援している。

※4 健康ビッグデータ
ビッグデータとは、さまざまな種類や形式のデータを含む巨大なデータ群。この場合は、岩木地区で実施した健診の3000項目に及ぶ健康情報の蓄積を指す。

※5 個別化医療
患者一人ひとりの体質や病態に合った、有効かつ副作用の少ない治療法(オーダーメード医療)や予防法(個別化予防)。

図1

(提供:京都大学 奥野恭史教授)

図1 今回、開発された健康改善プランを提案するAIの概念

高血圧を改善するために糖質摂取・体重・飲酒・塩分摂取制限の順番(計画)をAIが提案。

医師をサポートするAIの開発を目指す

超高齢化社会を迎えた日本では、医療費の削減から高齢者の健康増進までさまざまな課題に直面しており、健康寿命をいかに伸長するか、平均寿命と健康寿命の差である「不健康な期間」をどうやって縮小するかについても大きな問題となっている。そこで注目されるのが、ICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)およびAIといった最新技術を使った病気の早期発見や、未病のうちに状態を改善する方策の開発だ。

近年、注目されている個別化医療では、多様な個人の健康特性や嗜好に基づき、患者が受け入れられる健康改善プランを立てることが重要な要素となっている。しかし、このようなオーダーメイドの健康改善プランの提案は、主に医師の経験に依存しているのが実情だ。医師の経験に左右されず、データ主導の方法で、臨床医をサポートする方法が模索されていた。

最近では、機械学習技術※6を利用した予測モデルを作成し、患者の包括的な情報に基づき、診断支援や将来の疾病予測を行うことが可能になっている。このようなAIの機械学習モデルは、高性能な予測が可能な反面、その予測過程が人間には分からず、ブラックボックス化している問題がある。命に関わるだけに、プロセスが不透明なままでは利用しづらい。そのためAIが病気の発症リスクが高いと予測しても、どのような改善行動を取るべきかについて、具体的なプランはこれまで示せなかった。

こうした課題を解決するため、今回の研究開発テーマである「ビッグデータを活用して、病気を早期発見する仕組みの構築」と「病気の予兆に基づいた予防法の開発」が注目されていた。

※6 機械学習技術
データから規則性や判断基準を学習し、それに基づき未知のものを予測、判断する技術。

AIを使って健康維持を可能に

プロジェクトでは「岩木健康増進プロジェクト」健診データを用いて、AI研究開発用データベースを構築。約20の疾患における発症予測モデルを構築し、疾患予防・改善のための個人別アルゴリズムの開発を目指した。

健康改善プランは、予測結果の改善効果が大きく、加えて患者本人にとって 「実行しやすい」ものでなくてはならない。そこで健康改善のために、運動・飲酒制限・食習慣などに関して、すべての項目に対して介入するのではなく、項目を絞って効率的な改善策を考慮。高性能な機械学習モデルに加え、階層ベイズモデル※7を用い、一人ひとりに合わせた「実行しやすい」健康改善プランの提案ができるAIを開発した(図2)。

このAIは、弘前大学COIにおける岩木健康増進プロジェクトで取得された健康ビッグデータを用いて開発された。その結果、開発したAIが個人の健康状態に応じて、個別の改善プランを立案可能であることが確認された。

※7 階層ベイズモデル
統計モデリングの手法の一種。データ全体の傾向と個体(またはグループ)の傾向を基に学習を行うことで、複数の分布が混合したデータの表現が可能。

図2

(提供:京都大学 奥野恭史教授)

図2 健康改善プランを作成する手法

「実行しやすさ」を評価するために、階層ベイズモデルというモデリング手法を使用。通常の機械学習モデルに加え、この階層ベイズモデルを用いることで、現実にとりうる検査値の組み合わせを通った健康改善プランの提案が可能。

産学官民連携で「健やか力」を創造

今回のプロジェクトでは「真の社会イノベーションを実現する革新的『健やか力』創造による寿命革命」をテーマに、新しい未来社会の創造を目指してきた。これは「いかに長く生きるか」から、「健やかに老い、幸福度を感じる生活」を実現するための「リスクコンサーン型予防医療※8」の実現でもある。さらに、「認知症サポートシステムの開発」により、高齢者が安心して経済活動を行いながら、生活を楽しめる社会システムの実現も企画している。

プロジェクトでは「健康改善プランを提案するAI」の他にも、蓄積した健康データベースをもとに、民間企業とさまざまな研究テーマに取り組み、現在も研究成果の社会実装を加速させている(図3)。

弘前大学をコアとする活動は、今後もオープン・イノベーションを積極的に進め、参画機関が単独では実現できない革新的なイノベーションの実現を目指していく(図4)。

※8 リスクコンサーン型の予防医療
従来の医療は、病気になってから治療していたが、病気の予防に焦点を絞った医療サービス。

図3

図3 弘前大学をコアとする各機関との取り組み

口腔衛生や認知症、内臓脂肪など、多様なテーマで各企業との連携を進めている。

図4

図4 今後も推進されるオープン・イノベーション

研究機関間の連携はもちろん、地方公共団体や民間のグループなど広くネットワークを形作り、アイデアと知恵を共有していく。