事業成果

食糧問題と環境問題の解決へ

プラスチックを肥料に変換するリサイクルシステムを開発2023年度更新

写真:青木 大輔
青木 大輔(千葉大学 大学院工学研究院 准教授)
さきがけ
トポロジカル材料科学と革新的機能創出
「空間結合を創る高分子トポロジー変換反応を鍵とした異種トポロジーの融合」研究代表者(2018-2022)

プラスチックを、植物を育てる肥料に変換

植物を原料にしたプラスチックをアンモニア水で分解し、植物の成長を促進する肥料へと変換することに成功した。カーボネート結合からなる糖由来のプラスチック(ポリカーボネート)※1をアンモニアで分解することで生成する尿素※2と糖由来の化合物が、実際に植物の成長促進につながることを実験によって証明し、「プラスチックを肥料に変換するリサイクルシステム」(図1)を実証した。

※1 カーボネート結合からなるプラスチック(ポリカーボネート)
モノマー(プラスチックを構成する最小単位)が、カーボネート結合を介して連続して結合することで得られる高分子の総称。石油由来のビスフェノールA をモノマーとして得られるポリカーボネートは、耐熱性や透明性に優れるエンジニアリングプラスチックとして広く用いられている。

※2 尿素
植物の葉や茎を育てる化学肥料として古くから農業で使用されている。無機化合物から初めて合成された有機化合物。

図1

図1 プラスチックから肥料を作るリサイクルシステムの概念図

長年にわたり停滞していたプラスチックのリサイクル

日常生活に欠かせないプラスチック(高分子材料)。使用済みのプラスチックを出発原料(合成の出発点となる原料)まで戻して再利用する工程はケミカルリサイクル※3と呼ばれ、古くから研究が進められてきた。しかし、廃棄されるプラスチックのリサイクル効率を飛躍的に高めるまでには至っていない。未だにプラスチックの70%以上が廃棄され、リサイクル率は15%以下にとどまっている。SDGs(持続可能な開発目標)にも通じる循環型社会の構築に向けて、プラスチックの処理コストの改善や効率の向上はもちろん、従来のリサイクルプロセスに付加価値を持たせた新しいリサイクルシステムが求められている。

※3 ケミカルリサイクル
使用済みの資源を、化学反応により組成変換した後にリサイクルすること。プラスチック(高分子材料)では、モノマーや少数のモノマーがつながったオリゴマーに戻してから再度重合することで、元の高分子材料や新たな高分子材料として再生する。

プラスチックのリサイクルから化学肥料の生成を確認

20世紀初頭に発明されたアンモニア合成法(ハーバー・ボッシュ法※4)により合成されるようになったアンモニア(NH3)は、小麦などを育てるための化学肥料(尿素)に変換され、食料の生産量を飛躍的に高めた。

青木准教授らは、カーボネート結合を有するプラスチック(ポリカーボネート)がアンモニアと反応し、化学肥料(尿素)に変換されることに着目。プラスチックをアンモニアで分解することで生じる尿素を、肥料として利用する新しいリサイクルシステムの構築を目指した。

新たに開発するリサイクルシステムを実証する上で理想的なプラスチックだったのが、バイオマス資源であるイソソルビド※5をモノマー(プラスチックを構成する最小の単位)に用いて合成されるポリカーボネートだった。ポリカーボネートは、高い耐熱性や、優れた機械的強度、透明性を有するエンジニアリングプラスチック材料として期待され、リサイクルの需要が大きいという利点を持っていた。

本研究では、プラスチックのリサイクルシステムの出発点としてイソソルビド(バイオマス資源)を原料とし、ポリカーボネートを合成。次に、ポリカーボネートをアンモニアで分解し、24時間後には完全に均一な溶液になることを確認した(図2)。また、生成される尿素の量や分解生成物を多角的に評価し、ポリカーボネートを尿素とイソソルビドに完全に分解できることを明らかにした。その結果、アンモニア濃度や反応温度などの条件を最適化し、ポリカーボネートを6 時間以内に尿素とイソソルビドへと完全に分解することに成功した(図3)。

※4 アンモニア合成法(ハーバー・ボッシュ法)
鉄を主体とした触媒を用いて、空気中の窒素を水素と直接反応させてアンモニアを生産する方法(リッツ・ハーバーとカール・ボッシュが1906年に開発)。この技術により、化学肥料の大量生産が可能となり、食糧生産量の急増をもたらして人口増加への対応が可能となったとされる。

※5 バイオマス資源であるイソソルビド
再生可能(自然界に常に存在すること)な生物由来のモノマーの1つで、グルコース(ブドウ糖)を化学変換して得られる。

図2

図2 イソソルビドからポリカーボネートの合成

図3

図3 反応時間に対するカーボネート結合の残存量と尿素の生成量

さらに、ポリカーボネートの分解から得られた生成物(尿素とイソソルビドの混合物)を用いて、シロイヌナズナ(通称・ぺんぺん草)の生育実験を行い、ポリカーボネートから得られた分解生成物が肥料として働くことを確認した。市販の尿素のみを肥料に用いた場合に比べ、尿素とイソソルビドの混合物である分解生成物を用いた場合の方がシロイヌナズナがよく育つこともわかった(図4)。また実験結果からは、イソソルビドと尿素が適切な比率で混合することで、シロイヌナズナがより効率よく窒素栄養を吸収し成長する可能性も示唆された。

図4

図4 シロイヌナズナを用いた育成実験

プラスチック廃棄問題、食糧問題の解決に貢献

今回、実証したポリカーボネートのアンモニア分解反応による肥料の生成は、高価な触媒が必要なく、簡便な操作で行えるため、工業化への期待が大いに膨らむ。

引き続き、ポリカーボネートの基本骨格や分子のつながり方を変えることで、望む機能・物性を発現しつつ、肥料へとリサイクルできるシステムを確立し、その社会実装を目指す。

本研究で実証したリサイクルシステムは、出発原料であるバイオマス資源であるイソソルビドを再生するだけでなく、植物の成長を促進する尿素をつくり出す。ヨーロッパの肥料産業団体(Fertilizers Europe)によると、アンモニア合成法の発明から1 世紀以上が経った今日でも、尿素に代表される窒素肥料によって生産された食料は世界人口の50%を養っている。本リサイクルシステムが、「プラスチックの廃棄問題」と「人口増加による食糧問題」を同時に解決する革新的なシステムへと昇華されることが期待される。