事業成果
パワー半導体、高性能CPUの熱集中問題を解決
ロータス金属を利用した高効率な冷却技術2023年度更新
- 開発実施企業:株式会社ロータス・サーマル・ソリューション
代表研究者:山陽小野田市立山口東京理科大学 教授 結城 和久 - 研究成果最適展開プログラム(A-STEP)
- 企業主導フェーズ NexTEP-Bタイプ
- 「自発的冷却促進機構を有する高性能車載用冷却器」(2017-2021)
沸騰冷却器の高効率化を実現
電装化が進む自動車は、機器の発熱量が増えており、発熱の高度な制御が求められている。この問題に対する解決策として、ロータス金属※1を用いた高効率な沸騰冷却器※2を開発した。次世代の自動車、電子機器に搭載されるパワー半導体として期待されているSiC(シリコンカーバイド)の発熱密度は300~500ワット毎平方センチメートル(W/cm2)と言われ、SiCをデバイスに用いるためにはこれよりも大きな限界熱流束(Critical Heat Flux:CHF)※3を持った部材で冷却することが必要となる。本開発では、ロータス金属を用いた沸騰促進技術を利用することで、従来の冷却器では 200W/cm2 程度であったCHFを 550W/cm2 以上に向上させることに成功。車載用冷却器としての実用化に向けた成果を獲得した。
※1 ロータス金属
レンコン状の多孔質金属で、多数の細長い気孔が同一方向に配列している。 気孔に冷媒を流すことによる冷却特性を持つ。
※2 沸騰冷却
熱源の熱により液体の冷媒を沸騰させ冷却する手法。熱源から冷媒(水や空気)への熱伝達に温度差を利用する従来の冷却方法と異なり、気化するときの蒸発潜熱(気化熱)を利用できるため、数倍の冷却能を持つといわれる。
※3 限界熱流束 (Critical Heat Flux:CHF)
沸騰冷却において熱負荷が増加すると、ある点で伝熱効率の良い核沸騰が維持できなくなり、加熱面が蒸気膜で覆われた膜沸騰へ突然遷移する。遷移点での熱流束(単位面積あたりの熱流 、単位[W/cm2] )を限界熱流束という。
冷却能力が失われる課題
ハイブリッド自動車(HEV)では高効率を目指して、モーター制御ユニットにSiCパワー半導体を利用するシステムが検討されている。しかし、半導体パッケージの小型化が進み、半導体の面積当たりの消費電力が増加しているため、Si(シリコン)半導体では200W/cm2程度だった発熱密度が SiCパワー半導体では約500W/cm2まで高まり、高発熱密度化に対応できる冷却システムが求められている。半導体素子の耐熱温度の限界を超えないためには、集中する熱を素早く取り去る必要があるが、現在の循環型水冷方式では難しくなりつつある。これに対し、冷媒の蒸発潜熱(気化熱)を利用する沸騰冷却方式は、 水冷方式に比べて高い冷却熱流束を持ち、 以前から、高い冷却効率が求められる機器に利用されていた(図1)。しかし、沸騰冷却方式には冷媒に熱を伝える面(伝熱面)に限界熱流束を超えた熱が流入すると、冷却能力が急激に失われてしまうという課題があった。本開発は、沸騰冷却方式の課題を解決し、車載用途を含めて広範囲に適用可能な、より大きな熱流束に対応できる冷却技術として実用化することを目的とした。
自動車を想定した水冷媒による沸騰冷却器
本開発は、山陽小野田市立山口東京理科大学の結城和久教授の沸騰伝熱効果に関する研究成果に基づいて行われた。発熱体を冷却するために接触させる銅などの熱伝導体に、幅1ミリメートル(mm)程度の溝を一定間隔で彫り込んだもの(グルーブ)とロータス金属を組み合わせることで冷却を阻害する現象が起こりにくい構造を実現した(図2)。そして、冷却性能を決める重要な要素が、グルーブとロータス金属の気孔の寸法にあることを見出し、冷媒に応じて適切な溝の断面積と気孔径を求める手法を確立。その結果、車載用冷却器を想定した水冷媒による沸騰冷却器として、小型サイズ(冷却面10mm×10mm)の冷却器でCHF550W/cm2以上 、大型サイズ(冷却面65mm×65mm)の冷却器ではCHF270W/cm2を達成した。また、フッ素系不活性液体※4冷媒を用いて試作した沸騰冷却器においても開発した技術を適用することで、発生した蒸気と冷媒の流れを分離し、蒸気の速やかな排出と、冷媒の安定供給が両立できることを示した (図3)。これによって開発した技術が、異なる溶媒を利用する冷却器の設計にも有効なことを確認した。
さらに、フッ素系不活性液体冷媒を用いて ワークステーション (業務用高性能コンピュータ) 向けCPUクーラーへの適用を検討し、試作品において、既存製品と同等の冷却性能を半分の冷却器体積で実現できることを示した。
※4 フッ素系不活性液体
フッ素を含んだ有機溶液の総称。 電気絶縁性が高く化学的に不活性で、毒性もなく、さまざまな沸点を持つ液体がある。
目標を超える成果を得て、早期の事業化へ
今後も、半導体の小型化に伴って発熱が集中する傾向は続いていくと考えられ、限界熱流束の高い冷却器の需要は大きくなる。本開発ではCPUクーラーとしてメーカーに採用検討される試作器が実現できるなど、目標を超える成果が得られ、既に社会実装され早期に事業化に至る可能性がある。
また、本開発から生まれた沸騰冷却器は、Si半導体およびSiC半導体によるインバータ※5の冷却が可能な性能を保持しており、高発熱密度化する車載用のパワー半導体の熱集中問題を解消する技術として期待される。さらに篠原電機株式会社等により開発された液浸サーバー冷却システム『爽空 sola』では、本沸騰冷却器がCPUおよびGPUの冷却器として採用されており、20℃以上の冷却効果をもたらす。また、サーバーシステムとしては、従来の空冷サーバーシステムと比較しておよそ90%以上の冷却電力を削減することも実証されている(YouTube等で公知されている)。
これらにより、持続可能な開発目標(SDGs)のターゲット7.3「2030年までに、世界全体のエネルギー効率の改善率を倍増させる」の推進への貢献につながる。
※5 インバータ
直流電流を交流電流に変換する回路または装置。良質な電気供給を担う。
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