事業成果

なぜ、女性は数学・物理を選択しない?

理系分野の男性イメージを新モデルで検証2022年度更新

写真:横山 広美
横山 広美(東京大学 国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 教授)
RISTEX
「科学技術イノベーション政策のための科学 研究開発プログラム」
多様なイノベーションを支える女子生徒数物系進学要因分析(2017-2021)

女性も数学・物理を学びやすい環境へ

日本は、世界でも理系女性の割合が低い国とされている。とりわけ、数学・物理の分野を専攻する女性は少ない。それはなぜなのだろうか。女性は理数系が得意ではないから?女性は数に弱いから?これらは根拠のない、漠然としたイメージに過ぎない。数学・物理の分野に、根強い男性イメージがあるためだ。

横山広美教授を中心とする「科学技術イノベーション政策のための科学 横山プロジェクト」の研究グループは、女子生徒が数物系に進学を希望した際の社会的な要因・障壁に注目した。数物系分野の男性イメージづくりに、ジェンダー※1差別を含む社会的風土が影響していることを検証。社会の数学・物理への男性イメージをモデル化し、改善への提案研究を行った。

研究成果を踏まえた横山教授の発言を契機に、文部科学省の科学技術人材育成費補助事業「ダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ」で、2020年度公募より、工学や数物分野におけるダイバーシティ※2支援のための「特性対応型」が新設された。これは、数学・物理系のような女性が極めて少ない分野で、女性の活躍を支援する予算である。

今後も、能力差別をなくすためのダイバーシティ推進政策や人材育成政策立案時などに、この研究の役立つことが望まれる。

※1 ジェンダー
生物学的性別に対して、社会によって作り上げられた「男性像」・「女性像」のような男女の別を示す概念。

※2 ダイバーシティ
性別・障がいの有無・人種・国籍・宗教・文化的背景・LGBTなどの多様性を社会が積極的に受け入れ、尊重すること。

日本で女性が数学・物理を選ばない理由を探る

大学などで数学や物理学を学んだ学生は、 AIや量子科学など注目が集まる研究分野で就職率が高い。いわば人気専攻分野だ。しかし、理系の中でもこの分野は、女性比率の極めて低い状態が続いている。なぜこうした分野に女性が少ないのかは、多くの要因が考えられる。なかでも日本で大きな比重を占めると考えられるのが、これら専攻分野の男性イメージの強さである。女性の物理学や数学分野への進学は、「これらの分野は男性に向いている」といった、学術領域に対するジェンダーイメージが障壁となっている可能性があるのだ。しかし、これまで国内ではそれを裏付ける調査はなかった。

横山プロジェクトではこの課題について、新たなモデルを構築し検証を進めた。

図1

図1 性別適正のジェンダーイメージについての回答

女性に最も向いている分野は看護学。また、女性に向いていないのは、数学・地学・物理学・機械工学

(出典)「STEM(科学・技術・工学・数学)に対するステレオタイプなジェンダーイメージ」調査より

図2

図2 STEM(科学・技術・工学・数学)分野に必要と考えられる7つの能力のジェンダーイメージ

7つの能力に対するジェンダーイメージを調査。「論理的思考力」と「計算能力」に対する男性的イメージの強さは、日本がイングランドよりも高い

(出典)「STEM 分野に必要とされる能力のジェンダーイメージ:日本とイギリスの比較研究」より

社会全体の意識が阻む数学・物理分野への進路

先行研究では、情報科学・工学・物理学を大学で学ぶ女性が少ない要因を3つ(分野の男性的カルチャー、幼少期の経験、自己効力感の男女差)にまとめている。横山プロジェクトでは、日本で根強い女性蔑視などの問題を組み込むため、新たに4つ目の要因として「性役割についての社会風土」 を加えた。理系進学に影響する学術の男性イメージには、社会が女性を蔑視していることが影響しているのではないか、と考えたのだ。

そこで新たに構築した新たなモデル(図3)で、男性的イメージへの影響を調査するため、要因1から要因4の各要因に対応した質問項目を用意。どの項目が数学や物理学の男性的イメージと関係があるかを調べるため、日本に住む男女と英国のイングランドに住む男女を対象に、インターネット調査を実施した。

図3

図3 拡張モデルの提案

4つ目の要因として社会風土を加え、日本で数学と物理学に男性的イメージがあることを説明する新たなモデル

【引用文献】Ikkatai, Y., Inoue, A., Minamizaki, A., Kano, K., McKay, E. and Yokoyama, H. M.(2021) Masculinity in the public image of physics and mathematics: a new model comparing Japan and England. Public understanding of science

(図版注釈)調査は以下を対象とし、検証を行った。
・日本に住む20歳から69歳の1177名 (男性594名、女性583名)
・英国(グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国)のうちイングランドに住む20歳から69歳の1082名 (男性529名、女性553名)

日本、イングランドの旗マークを掲載しているところが、統計的に有意差が出ている箇所。要因4「性役割についての社会風土」においては、日本では「知的な女性観」について数学で有意差が出ており、イングランドでは 「異性意識環境」について、数学と物理学の両方について有意差が出ている。(Credit: Kavli IPMU,デザイン:富田誠 東海大学准教授)

分析の結果、日本では要因4の「知的な女性観」が数学について、有意な影響があった。「女性は知的であるほうがよい」という意見に反対する人ほど、数学を男性的なものと見なす傾向を示していたのだ。このことは、優秀さが男性のものであるという意識が、学術分野の男性的イメージに影響を与えていることを示している。

また、数学と物理学の両方で、要因1の「職業」と「数学ステレオタイプ」「頭が良いイメージ」は特に強い影響があった(図4)。これまで指摘をされている要因1から3に加えて要因4を含めて、どの項目が男性イメージにもっとも影響をしているのか同時に数値で確認できたことが特徴だという。

図4

図4 数学・物理分野の男性的イメージをもたらす要因と傾向

数学や物理学に対する男性的なイメージの形成には、従来の研究で指摘されてきた要因に加えて、「性役割についての社会風土」が重要な影響を与えることが、今回の新たなモデルで分かる。

社会で、学校で、家庭で女性の数物系専攻をサポート

今回の研究プロジェクトから、女子生徒の理系進学支援にもヒントが得られた。「学術の男性イメージは、進学選択に影響を与える。女子生徒へ理系進学を勧める際に、数学ステレオタイプを解消することが重要だ。実際、世界的にみても日本の女子生徒の数学の成績はとてもよい。保護者や教師は、女子生徒も日本にいる女子生徒は数学がよくできる、数学や物理を学んだ先の職業は幅広く女性を歓迎していると応援してほしい」と、研究代表の横山教授は語る。

さらに、社会風土に着目したプロジェクトから得られた成果として、次のように述べている。

「学術に女性、男性といったジェンダーイメージが強いこと自体が問題だが、その背景に、女性が知的であることに否定的なジェンダー不平等が影響していたことが分かった。このことは、理系に女性が少ない問題は単なる個人の選択の問題ではなく、社会の問題であることを示している」

この研究プロジェクトの成果が広く浸透することで、社会の動きを変えていくダイバーシティ推進政策や、研究分野の人材育成政策で役立つことはもちろん、家庭の中や学校、職場など、ふだんの暮らしでもジェンダー不平等意識の解消につながっていくことが望まれる。