事業成果

次々世代の蓄電池の実用化を加速

マグネシウム金属電池の高性能化を実現2022年度更新

写真:金村聖志
金村 聖志(東京都立大学 大学院 都市環境科学研究科 教授)
先端的低炭素化技術開発ALCA
次世代蓄電池「次々世代電池チーム」研究開発代表者(2013-2022)

新しい材料開発アプローチによりマグネシウム金属電池の大幅な特性向上に成功

地球温暖化の原因となる温室効果ガスの排出量「実質ゼロ」を目指す脱炭素化への動きが加速している。脱炭素化のための切り札となる風力や太陽光などを用いた再生可能エネルギーは天候の影響を受けやすく、発電量を安定させることが難しい。そのためエネルギーを貯蔵して、必要な時に供給できるシステムが不可欠で、蓄電池の重要性が高まっている。

現状、蓄電池としてモバイル用途からEVまで広く使われているリチウムイオン電池は、コバルトやリチウムなど希少な金属が材料となるため、地球規模の脱炭素化を進めるにあたっては膨大なコストがかかる。また、大気中ではリチウムが不安定なことによる安全性の課題を抱える。そこで、資源量が豊富な材料を用い、かつ多くの電気エネルギーを貯蔵できるマグネシウム金属電池に注目が集まっている。

本研究チームでは、低価格で大型化が容易、かつ安全な蓄電池として期待されるマグシウム金属電池のサイクル特性と容量を大幅に向上させることに成功した。

高性能なマグネシウム金属電池をつくるための課題となっていた、正極、負極に関する新技術・新材料への取り組みが鍵となった。正極では、マグネシウムイオンの新たな拡散パスと収納サイトの導入により、高容量で高サイクル特性を実現する酸化物系正極の新たな材料設計指針を構築。また負極では金属の合金化と組織制御で電池特性を改善する世界初となる手法を創出し、マグネシウム金属電池の容量を純金属負極に比べて約20%向上させる微量元素添加マグネシウム合金負極材を開発した。

電池の正極、負極が抱える課題に取り組む

正極の研究では、マグネシウム金属電池に適した正極材料を探求。酸化物系正極の新たな材料設計指針を構築した。マグネシウム金属電池で既報の高サイクル特性を示す正極材料は、マグネシウム基準で1 ボルト級の硫化物系材料などに限られておりエネルギー密度※1の向上は見込めないことから、より高電位を実現できる酸化物系の正極材料の開発が強く求められていた。本研究では、高電位・高容量を示すスピネル型酸化物※2に着目して研究を進めてきたが、サイクル特性※3が乏しいことが問題であった。従来の材料では、マグネシウムイオンの挿入(放電)により岩塩型構造※4への相転移が容易に生じるため、マグネシウムイオンの拡散の遅い岩塩相が活物質粒子の表面を覆うことで充放電の進行を妨げることや、相境界の局所ひずみによる活物質粒子の破壊などがサイクル劣化の要因として考えられていた。サイクル劣化を抑制するため、Zn-Mn 系欠陥スピネル型酸化物のZnMnO3 を利用することにより、高電位(2~3 ボルト級)・高容量(約100 mAh/g)を保ちつつ、従来の材料を飛躍的に凌駕する高サイクル特性の実現に成功した。

図1

図1 開発した欠陥スピネル型酸化物材料ZnMnO3のマグネシウム金属電池正極特性

負極の研究では、マグネシウム金属電池に最適な負極の組成や組織構造の解明に取り組んだ。電解質開発を専門とする研究者と、構造材料としてのマグネシウム合金の開発を専門とする研究者が共同研究を展開し、電池特性を向上させるマグネシウム合金の探索を行った。その結果、結晶方位※5を制御し、20 μm程度の微小な結晶粒で構成されたマグネシウム(Mg)金属材に、原子濃度0.3%という極微量の異種金属を添加することで、電気化学的な活性を大きく向上させることができた。例えば、カルシウム(Ca)を添加した合金材(Mg-Ca)を負極に用いた電池を試作しその特性を評価したところ、純マグネシウム金属(pMg)を用いた電池と比較して、容量が約20 %向上した(図2)。これは、マグネシウム金属の合金化と組織制御で電池特性の改善を達成した、世界初の成果となる。

図2

図2 (左)開発Mg-Ca合金材の写真、(中央)開発材の微細組織観察例、(右)pMgおよびMg-Ca材を負極に用いた
電池の充放電試験結果

※1 エネルギー密度
単位重量(体積)あたりに蓄えられるエネルギー量を示し、蓄電池の重要な評価指標となる。

※2 スピネル型酸化物
スピネル型構造という結晶構造をもつ酸化物のことであり、結晶構造中にイオンが拡散できる三次元のネットワークを有することから、リチウムイオン電池の正極材料としても用いられる。

※3 サイクル特性
充電放電の繰り返しによって生じる電池性能(主として電池容量)の推移。

※4 岩塩型構造
スピネル型構造と同じ酸素イオンの配置でありながら、全ての八面体サイトがカチオンで占有された密な結晶構造。

※5 結晶方位
金属を形成する最小単位である原子は、固体中で規則的に配列している。配列には周期性があり、その最小単位を単位格子という。単位格子は、原子の配列の仕方によって大きく6種類に分類され、マグネシウム金属は六方晶格子からなる。単位格子の面を結晶面といい、単位格子の集合体である結晶では、この結晶面が等間隔に並んでいる。この結晶面の並びの方向を結晶方位という。

マグネシウム金属電池をめぐる材料開発が活性化

本研究成果は、長年の課題であったマグネシウム金属電池用正極の高性能化に道を拓くものである。マグネシウム金属電池に適した酸化物系正極材料の一般的な設計指針を示したことから、派生した材料開発が今後世界的に活発化することが予測される。また、これまで不明とされていたマグネシウム金属電池用負極に適した材料の開発に成功。正極、負極に関する新たな知見を得たことで、次々世代の電池とされるマグネシウム金属電池の実現に向けて加速度的な研究開発の進展が期待される。