事業成果

未来の情報通信を支える新技術

「ポリマー光変調器」で世界最高速の光データ伝送を実現2022年度更新

写真:横山士吉
横山 士吉(九州大学先導物質化学研究所 教授)
戦略的イノベーション創出推進プログラム(S-イノベ)
フォトニクスポリマーによる先進情報通信技術の開発「ナノハイブリッド電気光学ポリマーを用いた光インターコネクトデバイス技術の提案」(事業期間:2009-2018、研究分担者期間:2015-2018)
研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)
産学共同フェーズ(シーズ育成タイプ)「1Tb/s 級動作フォトニクスポリマー集積小型光デバイスの実用化技術開発」研究責任者(2019-2021)
SICORP
日本-ドイツ国際産学連携共同研究(オプティクス・フォトニクス)「高性能電気光学ポリマーを使った高効率シリコン光デバイス」日本側研究代表者(2018-2021)

「ポリマー光変調器」で超高速光変調に成功

途切れず流れる高精細な動画、スムーズな動きと鮮やかなグラフィックのゲーム画面。いつでも誰でも、高速通信の恩恵を受けることができる。情報通信技術の急速な発展が、こうした快適さを支えている。

情報通信量が激増し、通信技術を担うハードウェアにはさらなる高性能化と、消費電力の大幅な低減が求められている。光変調器は電気光学特性※1を使い、高速に電気信号を光信号に変換するデバイスで、膨大な情報を高速に伝送できる光ファイバー通信のキーデバイス。光変調の速度が情報通信量に大きく影響するため、変調速度の高速化が進められている。これまでは無機材料が使われてきたが、高速化や消費電力に限界があった。そこで、高速化と低消費電力化が実現可能な、有機材料のポリマーを使った光変調器の実用化に期待が寄せられている。しかし、ポリマーには熱安定性の信頼性等に関する課題があり、実用化は困難とされてきた。

横山士吉教授の研究グループは、信頼性の高いポリマー変調器を実現するため材料を開発。電気光学ポリマー※2を用いた超高速光変調器を作製し、2020年には毎秒200ギガビットの世界最高速の光データ伝送を実現した。高速化と同時に、省エネルギーや低コスト化が望まれる通信デバイス分野で、利用が期待される。

※1 電気光学特性
物質に電圧を印加すると、光の屈折率が変わる現象のこと。そのような物質の性質を電気光学特性という。

※2 電気光学ポリマー
ポリマー系の電気光学材料は、高速性、加工性、低コストといった利点から、次世代材料として期待されている。

図1

図1 電気光学ポリマーを使った超高速光変調器

ポリマー光変調器に入力したレーザー光は、高速の電気信号によって変調され光信号として光ファイバー内を伝送する。

将来の通信環境のため課題に挑む

有線のコンピュータネットワークには、主にイーサネットと呼ばれる規格が使われている。イーサネット光伝送規格※3の総伝送速度は、年々増加傾向。開発ロードマップでは2025年までに、800ギガビットイーサネット※4から、1.6テラビットイーサネットのリンクスピードが予測されている。この増加予想は、現在実用化が進む400GbEのさらに数倍以上に匹敵する。

世界的に通信トラフィックの増加が進むなかで、効率的な情報処理が可能なデータセンターの役割は重要さを増し、大規模化も進んでいる。データセンターでは、データ処理能力の強化が第一。それと同時に、ハードウェアの高密度化にともなう機器の消費電力や、空調管理の電力急増も大きな問題となっている。これらの課題解決には、超高速で、低消費電力および低コストを兼ね備えた光通信技術の開発が不可欠である。それには、従来にはない革新材料を使った新デバイスの開発と、実用化の推進が重要となっている。

電気光学ポリマーは、高い電気光学変換効率と周波数応答性を持っており、ポリマー材料を応用した光デバイス技術への期待が国際的に高まっている。近年ではこの特性に着眼した世界の研究グループから、優れた研究成果が報告されている。しかし、ポリマーには熱安定性の信頼性などの問題があり、これまでは実用化が困難とされてきた。

本研究グループは、解決が困難とされてきたデバイスの信頼性に関して、耐久性や信頼性に優れた材料開発と、光変調器の高性能化の研究を進めてきた。

※3 イーサネット光伝送規格
光ファイバーネットワークの国際的な通信規格。2017年には最大伝送速度が400ギガビット/秒の規格が策定された。

※4 ギガビットイーサネット
通信速度がギガビット/秒(ギガは10億)の信号ネットワーク規格。テラビットイーサネットはさらに3桁高い高速性を示す。

新技術の信頼性あるデバイスで、高速化・省エネを実現

横山教授の研究グループでは、日産化学株式会社と共同で電気光学ポリマーの開発に取り組み、100 ℃以上の高温環境下でも性能劣化がないデバイス信頼性を確認。高い熱安定性を持ち、110℃でも高速光信号を安定に発生することができる電気光学ポリマー開発に成功した。

また、この電気光学ポリマーを用いた超高速光変調器での光データ伝送実験で、最高で毎秒200ギガビットの信号発生に成功。これまで毎秒 100 ギガビットの高速光変調の検討を進めてきたが、今回の研究成果では、さらに2倍の高速性を実現することができた。

電気光学ポリマーは、理論的に100ギガヘルツ以上の高周波応答特性を持つことが予測されており、今後さらなる帯域拡大が期待できる。

さらに、デバイス動作電圧は従来の1.5ボルトから1.3ボルトと低く抑え、1ビット当たりの消費電力に換算すると42フェムトジュール※5の極微小の消費電力特性であることも分かった。

無機材料や、半導体(ニオブ酸リチウム、シリコン、インジウムリンなど)を応用した光変調デバイスの高性能化が、現在も進んでいる。そうしたなか、より優れた高周波応答特性、高速信号特性、消費電力特性、および熱安定性を兼ね備えたポリマー変調器を実現できたことは大きな成果となった。

※5 フェムトジュール
「fJ」と記載。ジュールはエネルギー、仕事、熱量、電力量の単位。フェムトは10-15倍 (1000兆分の1)を表わす。

図2

図2 今回開発された電気光学ポリマー光変調器

電気光学ポリマー光変調器の写真と、OOK方式とPAM-4方式それぞれの光変調特性(上:OOK方式、下:PAM-4方式)※6

※6 OOK方式とPAM-4方式
OOK(On-off-Keying)方式の信号は、ON-OFFの2値で伝送している。PAM-4(Pulse-amplitude modulation:4値パルス振幅変調)方式の信号では、4つの電圧レベルのパルス信号(4値)を用いることで、伝送レートを2倍に増やすことができる。

新技術は自動運転、人工知能など未来の情報通信へ

今回の成果である、200ギガビット超の光データ伝送が可能なポリマー変調器は、データセンターなどの大容量情報処理・通信技術への応用が期待できる。現在の光データ伝送技術では、100ギガビットを超える光信号の発生は、複数の光変調チップを並列で用いた(25ギガビット×4台など)伝送方式が用いられている。今回開発に成功したポリマー変調器なら、1チップで200ギガビットの信号を発生。並列化によって800ギガビット、さらには1.6テラビットのリンクスピードへ拡張することも可能となる。

また、集積化し小型化が得意なシリコン光集積技術とポリマーとの融合で、さらなる省エネ化・小型化・集積化も可能になってくる。データセンターの高密度化にも対応でき、新しい光技術の創出も期待される。今後はデータセンターへの応用のほか、自動運転、IoT、人工知能など、多様な情報処理技術に活用可能なポリマー光通信デバイスの開発が待たれる。