事業成果

100年の謎 眼の水晶体の透明化の仕組みを明らかに

オートファジー研究の枠を超え、新たな細胞内分解システムを発見2022年度更新

写真:水島昇
水島 昇(東京大学 大学院医学系研究科 教授)
ERATO
「水島細胞内分解ダイナミクスプロジェクト」研究総括(2017-2022)

100年間の謎を解き明かした研究

2016年、東京工業大学の大隅良典特任教授がノーベル生理学・医学賞を受賞したことで有名になった「オートファジー」※1(図1)。生物の細胞に備わっている、細胞内分解システムの1つだ。60年以上も研究され続けているが、まだまだ不明なことも多い。水島昇教授の研究プロジェクトは、オートファジーを中心として、細胞内分解にまつわる様々な疑問の解明に挑戦している。

これまでに水島教授のグループは、「オートファジー遺伝子の縮小進化」「小胞体※2の選択的オートファジー※3に関わる新規受容体の同定」「オートファジーの新たな役割‐肺や浮袋が膨らむ仕組みに寄与‐」など、オートファジー関連の重要な新発見を次々と報告してきた。さらに、本研究プロジェクトではオートファジー以外の未知の生命現象の発見にも挑んできた。それは、100年来の謎だった眼の水晶体※4(図2)を透明にする仕組みだ。

図1

図1 オートファジーの仕組み

オートファジーが誘導されると、オートファゴソーム※5が細胞質成分を取り囲みながら形成される。続いてオートファゴソームはリソソームと融合し、オートファゴソームで囲んだ細胞質成分が分解される。細胞質成分の分解により生じたアミノ酸などの分解産物は、再利用される。

図2

図2 水晶体における大規模な細胞小器官※6分解の模式図と、本研究によって
解明されたオートファジー非依存的な細胞小器官分解システムの概要

水晶体は、上皮細胞とそれらが分化した線維細胞から構成されている。線維細胞の最終分化過程では、膜で囲まれた細胞小器官がすべて分解される(上)。水晶体の細胞小器官分解は、サイトゾルに存在する脂質分解酵素PLAAT ファミリーが起こすことを解明。またこの新規分解システムは、水晶体の透明化に重要であることが明らかになった(右下)。

※1 オートファジー
単細胞真核生物からヒトに至るまで、多くの真核生物が共通に持つ仕組みの1つ。異常なたんぱく質の蓄積を防ぎ、細胞が飢餓状態になるとたんぱく質を分解しリサイクルする。これにより生体内の環境を一定に保つ働きを担っている。

※2 小胞体
細胞小器官の1つ。細胞内で合成されたたんぱく質の約3分の1は小胞体に挿入され、適切な折りたたみと修飾を受けてから分泌される。また、カルシウムなどのイオンの貯蔵や脂質合成、その他の代謝・解毒など重要な役割を持つ。

※3 選択的オートファジー
従来、オートファジーは非選択的な分解機構と考えられてきた。しかし最近になって、傷ついた細胞小器官や変性たんぱく質、細胞内病原体などを選択的に識別して分解できる仕組み(選択的オートファジー)があることもわかってきた。

※4 水晶体
眼の中にある透明な組織。水晶体の外側に位置する角膜とともに、外界から入ってきた光を透過、屈折させ、網膜に集光し結像させる役割を果たす。水晶体線維細胞の分化過程では、新たに分化した線維細胞が古い細胞の外側に積み重なっていく。そのため水晶体の内側には、過去に作られたすべての細胞が存在している。

※5 オートファゴソーム
オートファジー分解を仲介する細胞小器官で、細胞質に存在するたんぱく質やミトコンドリアなどを包み込む(図1)。オートファゴソームはリソソームと融合し、リソソーム内の分解酵素によって内容物が消化される。

※6 細胞小器官
オルガネラとも呼ばれる。真核生物の細胞の内部で、膜で区画された状態で存在し、細胞機能を分担する。核、ミトコンドリア、小胞体、ゴルジ体、リソソーム、ペルオキシソームなどがあり、各々異なる機能をもつ。

誰も解き明かせなかった水晶体の謎

眼の中で、カメラのレンズのような働きをする水晶体。光を網膜に集める機能を担う透明な組織だ。外界から入ってきた光を屈折させ、網膜に像を結ぶ。このことにより、私たちは「ものを見る」ことが可能になる。

水晶体を構成する細胞は透明である。本来存在するはずの細胞小器官は存在しない。水晶体を構成する細胞は、その成熟過程で、細胞小器官をすべて分解してしまうからだ。その現象は100 年以上前から知られていたが、その仕組みはほとんど解明されていなかった。一般の細胞では、細胞小器官は主としてオートファジーによって分解される。しかし水晶体の細胞で起こるこの細胞小器官の分解はオートファジーによるものではないことも、水島教授のグループは以前から明らかにしていた。水島教授らは、水晶体には、オートファジーとは異なる新しい細胞小器官分解システムがあると予想していた。水晶体で短時間のうちに一気に起こる大規模な細胞小器官の分解。その詳細な仕組みはほとんど明らかにされていなかった。

オートファジーとは異なる新たな分解システムを発見

水晶体は上皮細胞と、それから分化した線維細胞によって構成される。細胞小器官の分解は、線維細胞への分化の最終段階で起こる。本研究プロジェクトは水晶体の細胞小器官の分解の仕組みを解析するため、遺伝子が改変しやすく、生きた状態で細胞や組織を観察しやすいゼブラフィッシュをモデルとして使用。まず、各細胞小器官を蛍光たんぱく質で光るように可視化したゼブラフィッシュを作製し、生きたまま水晶体の細胞小器官を観察した。その結果、実際に細胞小器官が分解され、それらの内容物がサイトゾル※7へ拡散していく様子を捉えることに成功した(図3)。

図3

図3 水晶体において細胞小器官が分解される様子

緑は小胞体、赤はミトコンドリアの成分をあらわす。水晶体の中央部分を見ると、受精後55時間(左)に比べて61時間(中)、67時間(右)では、小胞体やミトコンドリアが壊され、内容物がサイトゾルに拡散している様子がわかる。

細胞小器官の内容物が拡散していることから、細胞小器官の膜が破れることに着眼。膜は脂質でできているので、脂質分解酵素に注目して解析を進めた。その結果、PLAAT※8という酵素ファミリーに属するPlaat1が、水晶体の細胞小器官の分解に必要であると突き止めた。

Plaat1 は普段はサイトゾルに存在しており、細胞小器官の分解直前にそれらの膜へ移行する(図4)。ミトコンドリアやリソソームの膜が部分的に損傷を受けると、Plaat1 が膜に移行することも判明した。この膜の部分的損傷およびPlaat1 の膜移行には、水晶体の発生に必要な転写調節因子Hsf4※9が必要であることも明らかになった。

※7 サイトゾル
細胞質基質とも呼ばれる。細胞質(細胞内の核以外の部分)のうち、細胞小器官や細胞骨格などの大型の構造を除いた可溶性の部分を指す。

※8 Plaat
Phospholipase A and acyltransferase の略。HRASLS(HRAS-like suppressor)とも呼ばれる。生体膜を構成するグリセロリン脂質などを分解する脂質代謝酵素で、脊椎動物では数種類からなるファミリーを形成している。ゼブラフィッシュではPlaat1 、マウスではPLAAT3が水晶体の細胞小器官分解に必要であることが分かった。

※9 Hsf4
Heat shock factor protein 4 の略。ヒトの遺伝性白内障の原因遺伝子であり、水晶体中心部において高発現する転写調節因子。水晶体に高濃度に存在するクリスタリンの一部や、DNA 分解酵素などの遺伝子発現を誘導することが知られる。

図4

図4 水晶体の細胞小器官が分解される仕組み

転写因子HSF4発現後、未知の仕組みにより、細胞小器官の膜に小穴が開く。その穴にPLAATが移動し、膜を分解していく。DNA分解酵素の一部はリソソームの小穴からも漏出して核DNAを分解する。
(出典)Boya, P. Nature 592, 509–510 (2021).

PLAAT ファミリー酵素は哺乳動物を含めた脊椎動物に広く備わっており、マウスではPLAAT3 が水晶体細胞の細胞小器官分解に必要であることが分かった。Plaat1 欠損ゼブラフィッシュおよびPLAAT3 欠損マウスの水晶体では、白内障様の症状、つまり水晶体の混濁や光の屈折異常が見られたことから(図5)、PLAAT ファミリー酵素による大規模な細胞小器官分解は、水晶体の透明化に必要であると結論付けた。

図5

図5 Plaat3欠損マウスの水晶体は白内障と屈折異常を示す

A. 9カ月齢のマウスの水晶体の外観。Plaat3欠損マウスの水晶体は白内障の症状を示している。
B. 9カ月齢のマウスの水晶体のグリッド上での明視野像。Plaat3欠損マウスの水晶体では、グリッドパターンのゆがみ、すなわち屈折異常が生じているのがわかる。

本研究は、細胞生物学や発生学に残されていた重要な課題の1つ、「大規模な細胞小器官分解の仕組みとその意義」を解明した画期的な成果となった。PLAAT ファミリー酵素は、水晶体以外のさまざまな組織でも発現しており、細胞内環境の改変や、恒常性維持などに寄与している可能性が考えられる。

今後、この新しい細胞小器官分解システムの詳細な分子機構や機能が明らかにされ、オートファジーなどの他の細胞内分解システムとの違いや、関係性が解明されることで、細胞内分解システムの包括的理解につながることが期待される。