事業成果

IoT社会に貢献する環境発電技術への応用に期待

発電性能を倍増させる電子構造の精密制御2022年度更新

写真:小菅厚子
小菅 厚子(大阪公立大学 大学院理学系研究科 准教授)
さきがけ
「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」
低温廃熱回収を目的とした熱電変換材料及びデバイスの開発(2017-2021)

室温の廃熱を高効率で電気に変換

従来高温域で高性能を示すことが知られていた材料=テルル化ゲルマニウム(GeTe)の電子構造を精密制御することにより、室温付近の熱電変換出力因子※1を、既存材料の最大 2 倍に増大させることに成功した。これにより、室温付近の熱電変換効率を既存材料の最大2倍にまで増大させることを実現。また、熱電性能向上には従来知られている価電子バンド※2に加えて、新たな価電子バンドが寄与していることを明らかにした。この成果は、世の中に存在する廃熱の中でも総量が多い室温廃熱を電気として再利用する廃熱利用技術の要素技術に関するものであり、環境発電技術※3への応用や省エネルギー社会の実現に貢献することが期待される。

※1 熱電変換出力因子
熱電性能のエネルギー変換効率を計る尺度の一つ。 ゼーベック係数(温度差 1 ℃あたりの熱起電力)の 2乗と電気伝導率(電気の流れやすさの尺度)の積で表される。

※2 価電子バンド
絶縁体や半導体において、価電子によって満たされたエネルギー帯のこと。

※3 環境発電技術
身の回りに存在する熱、光、振動等の微小なエネルギーを利用して発電する技術。

課題となっていた1次エネルギーの廃熱有効活用

1次エネルギー(石油、石炭、原子力、天然ガス、水力、地熱、太陽熱など)のうち約70 %は廃熱として捨てられており、これらの廃熱を有効利用することが未利用エネルギーの有効活用の観点で重要となる。特に、室温付近の 廃熱は存在量が多いにも関わらず、小規模かつ希薄に分散していることが多く、熱電発電技術※4以外では回収が難しいことが知られていた。しかし、回収のために必要な室温付近で高い熱電特性を示す「室温熱電材料」の開発は進んでおらず、約半世紀前に発見された既存材料を超えるものはほとんど開発されていなかった。

※4 熱電発電技術
熱(温度差)を電気に直接変換するクリーンな発電技術。固体の物理現象であるゼーベック効果(熱エネルギーが電気エネルギーに変換される現象)を利用した小規模分散型の廃熱の回収に適した技術。この技術で使用される材料を熱電材料または熱電変換材料と呼ぶ。

熱電材料の電子構造の精密制御を実現

従来250~600 ℃で高性能を示す熱電材料として知られていたGeTe (テルル化ゲルマニウム)の熱電変換出力因子を、室温付近(室温~150 ℃)で増大させることに成功した(図1左)。この性能向上がGeTeをSb2Te3(テルル化アンチモン)と固溶体化※5させることにより、熱電性能に寄与すると知られていた価電子バンドに加えて、新しい価電子バンドのバンド端が非常に狭いエネルギー領域で縮重するバンド端縮重※6(図1右)に起因することを、実験と計算から解明した。

図1

図1

(左)GeTe固溶体化試料と従来のGeTe系材料の熱電変換出力因子の温度依存性
(右)GeTe固溶体化試料(水色の曲線)と従来のGeTe系材料(茶色の曲線)のバント端縮重の模式図(ピンクで示されたエネルギー幅は、室温付近で0.1 eV程度。このエネルギー幅は温度に比例するため、室温付近で複数のバント端を縮重させるのは、高温域より一般的に難しい)

通常、このような方法で室温域での熱電性能向上を達成しようとすると、 作製した材料の正確な結晶構造や電子構造の情報が必要となる。しかし、この材料系は試料作製条件や温度により、見分けることが難しい類似構造を取り得るという特徴があった。さらに、固溶体化材料の特徴ゆえに正確な電子構造の情報を得ることが困難だった。

今回、作製した試料の高精度粉末回折データを大型放射光施設SPring-8※7の粉末結晶構造解析ビームラインBL02B2において取得し、結晶構造を調べた。さらにそれを入力データとし、試料の電子構造の計算を行った。今回のような固溶体化試料では、膨大な計算コストをかけないと正確な電子構造の計算が難しいことが一般的に知られるが、このような特徴をもつ材料系に対して効率的かつ精度良く計算できるように計算コードを改良して、電子構造の精密制御を実現した。

今回開発したGeTe固溶体化試料は、本研究と同様の簡単な試料作製プロセスで作製した、室温既存材料Bi2Te3(テルル化ビスマス)より、室温~150℃の温度範囲で最大2倍大きい熱電変換出力因子を示す(図2)。また、Bi2Te3のように、ナノ粒子を使った微細組織の最適化等(図2)により、さらなる熱電性能の向上の可能性も秘める。本研究の高性能化の原理をその他の材料系に適用することで、従来は室温熱電材料の探索対象から外れていた材料群から、新しい室温熱電材料が発見される可能性もあり、室温熱電材料の開発が加速度的に進むことが期待される。

図2

図2 従来の材料との熱電変換出力因子の比較

※5 固溶体化
2種以上の物質が混合して完全に均一な固相となる固体を固溶体と呼ぶ。ある結晶相の格子点にある原子がまったく不規則に別の原子と置換したもの、あるいは格子の間隙に別の原子が侵入したものの2種がある。

※6 バンド端縮重
複数のエネルギーバンドの端のエネルギー位置を、あるエネルギー範囲内で揃えることをバンド端縮重と呼ぶ。縮重度を増やす事で、熱電性能の熱電出力因子を向上させることができる。室温域で縮重させたい場合は、高温域の場合に比べて非常に狭いエネルギー領域で縮重させることが必要になる。

※7 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設(兵庫県播磨科学公園都市)。

IoT社会、省エネ社会に貢献

今回の研究成果により、室温で利用可能な熱電材料が開発され、その制御方法が明らかになった。この成果をデバイス開発に展開することにより、世の中に存在する廃熱の中でも総量が多い室温廃熱を効率的に電気に変換する技術の実現に近づく。

将来的には、Society 5.0※8で提唱されているセンサーネットワーク社会を支える微小環境発電のための自立型電源として、近未来の IoT(Internet of Things) 社会の実現、 エネルギーの有効利用技術として、省エネルギー社会への実現に貢献することが期待される。

また、今回得られた材料は、希少金属のビスマスの代わりに資源量が約30倍多いゲルマニウムを用いた代替材料として、省資源化戦略にも大きく貢献することも期待される。

※8 Society5.0
サイバー空間とフィジカル(現実)空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会。