事業成果

燃料電池の性能向上に寄与

加湿不要で水素イオンを高速伝導する「配位高分子ガラス」2021年度更新

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株式会社デンソー /
北川 進(京都大学高等研究院 物質-細胞統合システム拠点(アイセムス)特別教授)
堀毛 悟史(京都大学高等研究院 物質-細胞統合システム拠点(アイセムス)准教授)
研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)
イオン伝導性配位高分子を電解質に用いた燃料電池の研究開発(2015-2020)

燃料電池の普及促進に寄与する新材料を開発

燃料電池※1はクリーンなエネルギーとして期待され、燃料電池車も販売されている。しかし、燃料電池の普及拡大に向けては、効率向上、プラチナ等貴金属触媒の使用量の低減、小型・軽量化などに関する技術革新が必要となるが、そのキー技術の1つが、水が蒸発する100℃以上の環境でも湿度ゼロで水素イオンを高速で伝導できる「固体電解質」※2である。

それに対し、堀毛悟史准教授らの研究グループは、株式会社デンソーらと共同で、湿度ゼロ・120℃の環境において、高い水素イオン伝導性をもつ固体電解質材料の合成に成功した。同研究グループが開発したのは、金属イオンと分子が交互に連結された「配位高分子※3ガラス」と呼ばれる材料だ(図1)。この材料を使って燃料電池を作製し、湿度ゼロ・120℃の環境において電気の出力性能を評価したところ、電極面積1平方センチメートルの燃料電池セルにおいて、最大出力密度150 ミリワット/平方センチメートルを記録し、高い性能を発揮することが確認された。

この研究成果は、5月13日付けで英国王立化学会誌「Chemical Science(ケミカルサイエンス)」に公開され、同誌の注目度の高い論文として「ChemSci Pick of the week」に選ばれた。

※1 燃料電池
水素ガスと酸素ガスを燃料として電気を取り出す仕組み。作動する際に排出されるのは水のみであるため、クリーンなエネルギー技術とされる。

※2 電解質
燃料電池を構成する材料の一部で、電気は流さず、水素イオンを輸送・伝導できる特徴を持つ。そのうち、固体でできた電解質のことを固体電解質という。

※3 配位高分子
金属イオンと、「配位子」と呼ばれる分子が交互に連結しネットワーク化した材料。多くは結晶だが、ガラスもある。多孔性を持つものは金属-有機構造体(Metal-Organic Framework, MOF)と呼ばれる。

図1

図1 配位高分子ガラス

湿度ゼロ・120℃の環境において、高い水素イオン伝導性をもつ固体電解質材料として開発された「配位高分子ガラス」。金属イオンと分子が交互に連結された構造をもつ

100℃以上、湿度ゼロの環境で作動する燃料電池の電解質材料として配位高分子ガラスに着目

燃料電池は主に電極と電解質からなり、電極で酸素と水素を改質し、電解質で水素イオンを輸送することにより発電している。そのため、電解質の材料には、高い水素イオン伝導性が求められる(図2)。

液体の電解質は高い水素イオン伝導性を示すものの、液漏れやガス漏れによる発電効率や安定性の低下が課題となっている。そのため、固体電解質としてこれまで有機ポリマーやセラミックスが検討されてきた。しかし、多くの固体電解質は湿度がない環境で水素イオンを高速に伝導することが困難なうえ、電極の界面と緻密に接合することが難しいことから電気を十分に取り出すことができなかった。特に車載用の燃料電池の場合、100℃以上の環境で働く電解質への期待が高いものの、従来100℃以上の環境では水素イオン源となる水が蒸発してしまうためにこの温度域で水を使わずに高速で水素イオンを伝導できる材料がなかった。

それに対し、堀毛准教授とデンソーの研究グループが注目したのが配位高分子ガラスという材料だった。

図2

図2 燃料電池セルイメージ図

燃料電池は主に電極と電解質からなり、電極で酸素と水素を改質し、電解質で水素イオンを輸送することにより発電する

水素イオンのみが連続的に高速で移動できる3 次元ネットワーク構造を形成

同研究グループはまず、配位高分子ガラスの合成に、陽イオンと陰イオンから構成される「イオン液体」※4を用いた。イオン液体の中には、高い水素イオン伝導性を示すと同時に、金属イオンとの反応により、配位高分子を作るものがある。同研究では、水素イオンを多く持つリン酸(H3PO4)のリン酸イオン(H2PO4-)を含むイオン液体を用い、この中に金属イオンの亜鉛イオン(Zn2+)を入れることで亜鉛イオンとリン酸が結合した配位高分子ガラスを合成した(図3)。できた配位高分子ガラスは粘性が高いが柔らかいため、電極と十分に接合することがわかった。また、多くの水素イオンを含み、高い水素イオン伝導性を示すことがわかった。さらに、同研究グループは、この配位高分子ガラスに対し、放射光X線を用いた構造解析と固体核磁気共鳴(NMR)※5測定を行った。その結果、内部では、配位高分子のネットワークが広く3次元的に発達しており、さらにそのネットワークがダイナミックに動くことにより、水素イオンのみが連続的に高速で移動できることがわかった(図4)。

そこで、合成した配位高分子ガラスを薄膜化し、湿度ゼロ・120℃の環境下で発電特性を調べた結果、高い水素イオン伝導性があることが確認された(図5)。

※4 イオン液体
陽イオンと陰イオンのみからなる塩であるにも関わらず、常温で液体である物質を指す。不揮発性、不燃性といった特徴を持つ。

※5 固体核磁気共鳴(NMR)
分析装置の一種。原子核が持つ磁気的エネルギーを利用して、非破壊的に固体材料の分子構造を ナノレベルで調べることができる。

図3

図3 配位高分子ガラス合成

水素イオン(プロトン)を多く持つリン酸(H3PO4)のイオン液体(H2PO4-)(左)の中に金属イオンの亜鉛イオン(Zn2+)を入れることで、亜鉛イオンとリン酸が結合した配位高分子ガラスを合成(右)

図4

図4 配位高分子ガラスが水素イオンを高速伝導するイメージ図

配位高分子のネットワークが広く3次元的に発達し、さらにそのネットワークがダイナミックに動くことで水素イオンのみが連続的に高速で移動

図5

図5 水素イオンの伝導率

湿度ゼロ・120℃の環境下で発電特性を調べたところ、高い水素イオン伝導性があることを確認

金属イオンと分子の組み合わせにより構造をさまざまに変えることも可能

今回、合成した配位高分子ガラスは、100℃以上加湿ゼロの環境下において高い水素イオン伝導性を発揮することのみならず、ガラスであるため結晶に比べて柔らかく、加熱することで膜やファイバーなど望みの形に成形することができる点も固体電解質として優位性が高い。さらに、配位高分子ガラスは金属イオンと分子の組み合わせによってその構造をさまざまに変えることが可能で、柔らかさも金属イオンや分子の組み合わせによって調整できる。今後、研究グループでは、ガラスを形成する金属イオンや分子の種類をさらに幅広く検討することで、燃料電池の性能のさらなる向上を図り、実用化を目指す。