事業成果

エビデンスに基づく支援の確立・実装・人材育成

ICT活用で発達障害児の早期療育、保護者支援を全国へ2021年度更新

写真:熊 仁美
熊 仁美(特定非営利活動法人ADDS 共同代表)
RISTEX
研究開発成果実装支援プログラム(公募型)
エビデンスに基づいて保護者とともに取り組む発達障害児の早期療育モデルの実装(2016-2019)

ICTを活用した親子共学型療育を開発し、効果も確認

研究開発成果実装支援プログラムの熊仁美実装責任者らは、応用行動分析(Applied behavior analysis:ABA)に基づく発達障害児の療育支援アプリケーション「AI-PAC」を開発した。「AI-PAC」を用いた早期療育プログラム「ぺあすく」を全国15の療育機関に実装し、これにより3年間で344家庭の支援を実現した。

「AI-PAC」は対象児童の発達の包括的な評価と支援計画の策定・記録ができるシステムとして、当初の目標以上の発展的な開発を行い、商標・特許の出願が実現した。「ぺあすく」はICTの活用と親子共学型の支援を軸とした短期集中型の療育プログラムで、療育に参加した親子に対して定量的な評価を行った。

2020年4月には、江戸川区初の発達相談・支援センターに本プロジェクトの内容が実装され、自治体を基盤としたベストプラクティスモデルの確立と発信の基盤が整備できた。

また、実装フローや支援内容のパッケージ化と価格設定を行って参加機関を募ったところ、複数の機関が対価を払っての実装を希望し、すでに実装を進めている。これらの取り組みから、今後の経済的自立と実装の継続の可能性を示した。資格制度を整備するなど人材育成面での取り組みも進めている。

図1

図1 実装公募説明会の様子

図2

図2 早期療育プログラム「ぺあすく」

適切な療育によって可能性は広がる

文部科学省の調査(2012年)によると、自閉症をはじめとする発達障害の可能性がある児童は全国の公立小中学校で約6.5%である。しかし日本では、発達障害に関する正しい知識が十分に広まっておらず、支援も受け皿も圧倒的に足りていない。

自閉症は先天的な脳の機能障がいであり、さまざまな研究から、適切な療育を早期から行うことによって可能性を大きく広げられることが明らかになっている。

我が国でも、発達障害の早期発見・早期支援の必要性が高まっている。そのような中、本プロジェクトはエビデンスに基づく早期療育の地域モデルを確立し、全国の療育機関と連携して普及させることで、全ての親子が効果的な早期療育を受けられる社会、親子の可能性を最大限に広げられる社会を実現するためにスタートした。

15拠点に実装、344家庭を支援

「AI-PAC」には約600の課題からなる発達段階の俯瞰図閲覧機能や、課題の選択・記録用紙の作成といった基本機能のほか、支援現場や家庭においてタブレットやスマートフォンで記録を取る機能も加えた。これにより課題の正答率の推移を可視化でき、支援者は個別性の高い発達支援プロセスを客観的に把握できる。また、データに基づく支援方針の意思決定の蓄積や保護者との共有、遠隔でのスーパーバイズ*1への活用など、効果的な情報共有も可能となる。

「AI-PAC」や「ぺあすく」を全国15の拠点に実装し、ICT活用と保護者支援を軸に安定的に運用できる体制の整備を行った結果、3年間で344家庭を支援できた。実装拠点には当初想定した未就学児支援の拠点のほか、就学以降の支援を行う学校や放課後等デイサービスなども含まれ、対象年齢や運営主体等が異なる多様な拠点への展開が可能であることが示された。

「ぺあすく」に参加した親子に各種の定量的な評価を行ったところ、参加した児童は参加していない児童に比べ、言語・社会性や認知・適応、コミュニケーションに関連する発達検査の指標が有意に改善した。また、子どもとの関わりに対する保護者の自信をはかる質問紙の結果も、「ぺあすく」への参加によって改善した。

本プロジェクトの内容は、発達障害の早期発見や支援に積極的に取り組んでいる東京都江戸川区の「江戸川区発達相談・支援センター」に実装された。ここで早期発見から効果的な早期療育までの流れを包括した自治体のモデルケースを確立し、発達障害支援のベストプラクティスモデルを発信していく。

人材育成面では、20単位の知識講習と20単位の現場実習を軸とした初級ABAセラピスト養成研修を開発し、初級ABAセラピスト51名を育成した。また、初級ABAセラピストを育成できる療育アドバイザー6名の育成も完了し、継続的な人材育成ネットワークの構築を行った。

*1 スーパーバイズ 子どもの個々の特性や発達段階に基づいた課題の構成や支援手続き、保護者支援などについて、応用行動分析学および発達心理学に精通し、10年以上の臨床経験を持つスーパーバイザーが助言を行う。

図3

図3 ITを利用した療育カリキュラム「AI-PAC ONLINE」

図4

図4 初級ABAセラピスト養成研修テキストと研修の様子

学びと発達のプラットフォームに

今後は、エビデンスに基づいた発達支援ネットワーク(EDS-NET)を設立し、実装機関との連携をさらに強めていく。また、実装拠点を引き続き増やし、各拠点の経済自立性と実装の継続性も確保して、発達障害児とその家族の支援を進めていく。

そのためには「AI-PAC」を活用した支援に関して追跡研究を継続し、長期的な支援体制やその効果の評価を行っていくほか、情報発信や人材育成の継続を進め、実装活動を通じて得られた成果や知見を政策提言として発表する予定である。

また、当初「AI-PAC」は現場の支援ツールとしてのみの活用を想定していたが、臨床場面での発達支援プロセスを蓄積できるため、発達の事例エビデンスの蓄積ができるとわかった。三菱UFJリサーチ&コンサルティングとの協働で「AI-PAC」に集積した児童の療育プロセスの傾向分析を行った結果、発達指数によって取り組む領域が異なる傾向があることなどが見出せた。今後は「学びと発達のビッグデータ化」を進め、学びのデータ集積プラットフォームとしての発展を想定した研究も開始している。