事業成果

革新的手法で筋細胞を立体構造に培養

世界初のサイコロステーキ状培養肉2021年度更新

写真:竹内 昌治
竹内 昌治(東京大学 生産技術研究所 教授)
未来社会創造事業
「持続可能な社会の実現」領域「3次元組織工学による次世代食肉生産技術の創出」研究開発代表者(探索: 2018-2019、本格: 2020-)

厚みのある肉塊を生体外で作製

未来社会創造事業にて研究開発に取り組む竹内昌治教授らは、ウシから取り出した少量の筋細胞を体外で増やして食肉をつくる研究において、世界で初めてサイコロステーキ状の「培養肉」の作製に成功した。

培養肉の研究は世界各国で盛んに行われているが、厚みのある細胞組織の作製は難しく、これまでの培養肉はほとんどがミンチ状のものであった。これに対して本研究では塊状の培養肉の作製を目指し、最先端の生命科学と工学を駆使し、筋組織の立体構造を生体外で作製する技術を開発。2019年3月には1.0センチメートル×0.8センチメートル×0.7センチメートルの大型立体筋組織の作製に成功し、ミンチ肉では実現できない料理や、多様な食文化に対応できる塊状の培養肉の実用化への第一歩を踏み出した。

図1

図1 サイコロステーキ状の大きな筋繊維

人口増加や地球温暖化問題の解決に向けて

世界の人口は2050年に97億人に達すると試算されている。また、経済的に豊かになると肉の消費量が増えるといわれることから、人類の肉の消費量は2010年の1.8倍にまで増加すると見込まれている。しかし、これまでの畜産手法では、そこまでの規模の人口増加・需要増加への対応は難しいほか、環境問題や安全性、倫理面などの問題も指摘されている。

たとえば、現状の畜産の手法では、1キログラムの牛肉を生産するためには25キログラムのトウモロコシと2万リットルの水が必要とされ、植物性の食糧に比べて生産効率は非常に低い。また、食肉を増産するには飼料や水に加え、広大な放牧地が必要であり、その確保のために行われる違法な森林伐採などが深刻な問題となっている。さらに、家畜の糞尿から排出される大量のメタンガスが地球温暖化を促進することも懸念されている。

また、家畜からヒトに感染する感染症の恐れは常に存在し、現在は飼育時に家畜に抗生物質を投与して安全性を確保している。

倫理面では、動物の命を奪って食肉としているにもかかわらず、賞味期限等の理由で廃棄される肉はかなりの量に上っている。

こういった課題の解決につながる持続可能な循環型社会を構築する方法の一つとして注目されているのが「培養肉」である。

ただし、これまでの培養肉の主流は細胞を集めたミンチ状の肉で、これについては実用化が近い段階だが、厚みのある塊状の肉をつくる技術についてはまだ開発されていなかった。そこで本研究では、本物の肉と同様の食感や歯応えを実現する厚みのある培養肉の製造技術を開発するとともに、新たな動物性タンバク質源として実際に用いられるものにするために、コストダウンを実現する手法の開発に取り組んできた。

図2

図2 この研究が目指す持続可能な循環型社会
https://www.jst.go.jp/pr/info/info1425/pdf/info1425.pdf

筋組織の立体培養を可能にした新手法

培養肉が社会に受け入れられるためには、コストに加え味や食感も重要である。本研究では培養肉を肉本来の食感に近づけるため、本物の肉のもつ筋組織の立体構造を再現することを目指した。

立体構造を生体外で作製するには、筋細胞を増やすだけではなく、より成熟させて細胞同士を融合させ、サルコメアと呼ばれる、独特の模様を有する細長い線維状の組織(筋線維)に変化させる必要がある。本研究では筋細胞にビタミンCを与え、必要な栄養を行きわたらせることで、体外でも成熟が促進されることを確認した。

また、細胞の培養は一般的にシャーレなどの容器の中で行われるが、そこで培養された細胞は2次元構造にしかならない上、筋線維がランダムな方向に成長してしまう。本研究では実際の筋肉組織のように、筋線維が同方向に、かつ立体状に集まった3次元構造をつくるため、細長い型枠に入れたコラーゲンゲルの中で細胞を立体的に培養した。この方法により、線維の向きが揃った筋組織の作製の成功。さらにこの筋線維をシート状に積層し、特殊な方法で培養することによって、世界で初めて大型で立体の筋組織を作製することができた。

本研究の成果は創薬分野での利用も期待される。

低コストで安全な、おいしい培養肉を開発

これらの研究を発展させることで、今後、さらに大きな筋組織の作成も可能になると考えられる。肉本来の食感をもつ「培養ステーキ肉」の実用化を見据え、2020年度からはオールジャパンのチームで研究開発を推進している。食用として人々に受け入れられやすいものとするため、大きさだけではなく血管や脂肪なども再現して、限りなく本物の肉に近づけることを目指す。

また、低コスト化を実現するため、光合成で育つ藻類を栄養源とした細胞の大量培養にも取り組み、おいしさと低コストを両立する食肉生産技術を確立していく。

培養ステーキ肉が実用化されることで、人口増加・食糧増産への対応や環境問題の抑制に貢献できる。また、極めて衛生的な環境でつくられるため、家畜由来の感染症について全く心配する必要のない、非常に安全性の高い食肉の確保にもつながると期待される。