事業成果
さまざまなウイルスに対応可能な技術、治療薬の開発にも期待
新型コロナウイルス感染症の進行に関連する遺伝子を発見2021年度更新
- 佐藤 佳(東京大学医科学研究所 附属感染症国際研究センター システムウイルス学分野 准教授)
- J-RAPID
- 国際緊急共同研究・調査支援プログラム(J-RAPID)「新型コロナウイルスの病原性発現と異種間伝播の分子メカニズムの解明」日本側研究代表者(2020-2021)
COVID-19の病気の進行と関連しているタンパク質を発見
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の病気の特徴のひとつとして、ウイルス感染に対する生体防御の中枢を担う「インターフェロン応答」※1が顕著に抑制されていることが報告されている。しかし、そのメカニズムは不明だった。
今回、国際緊急共同研究・調査支援プログラム(J-RAPID)の下、佐藤佳准教授らの研究グループは、インターフェロン応答を抑制する新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のタンパク質ORF3b※2を発見した。
新型コロナウイルスのORF3bタンパク質によるインターフェロン抑制の働きは、2002~2003 年に世界各地で流行したSARSウイルス(SARS-CoV)のORF3bタンパク質よりも強いことから、現在、佐藤准教授らは、ORF3bタンパク質の機能が、COVID-19の病気の進行と関連している可能性が高いと予想している。また、佐藤佳准教授らは、世界的に拡大している新型コロナウイルスの遺伝子配列を網羅的に解析した。その結果、インターフェロン抑制活性※3が増強しているORF3b変異体※4の出現を発見した。本研究成果は2020年9月4日、英国科学雑誌「Cell Reports」オンライン版に公開された。
※1 インターフェロン応答
ウイルス感染を感知し、それを伝えるための「インターフェロン」というシグナル物質を産生する生体の免疫応答のひとつ。
※2 ORF3b
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)およびSARSウイルス(SARS-CoV)が持っているウイルス遺伝子のひとつ。先行研究から、SARSウイルスのORF3bには、インターフェロン応答を抑制する機能があることが明らかとなっていた。
※3 インターフェロン抑制活性
ウイルス感染を感知することによって産生されるインターフェロンの産生を阻害するウイルスタンパク質の機能。
※4 ORF3b変異体
ORF3bの遺伝子長が長くなった変異体。
新型コロナウイルスはSARSウイルスよりもインターフェロン抑制活性が強い
現在、世界中で新型コロナウイルスのワクチンや抗ウイルス薬の開発が進められている。しかし、このウイルスには不明な点が多く、感染病態の原理はほとんどわかっていない。一方で、COVID-19感染者の解析結果から、インターフェロンの産生が、インフルエンザや SARS など他の呼吸器感染症に比べて顕著に抑制されていることが指摘されていた。そのため、インターフェロン産生の抑制が、COVID-19 の病態の進行と関連していると考えられる。
そこで、佐藤准教授の研究グループは、まず、新型コロナウイルスとSARSウイルスそれぞれが保有する遺伝子の長さを比較した。その結果、SARSウイルスに比べて新型コロナウイルスの方が、ORF3bタンパク質の遺伝子の長さが明らかに短いことを発見した(図1)。
SARSウイルスのORF3bタンパク質の遺伝子には、インターフェロンの産生を抑制する働きがあることが知られていたことから、佐藤准教授らはこの遺伝子の長さの違いが、新型コロナウイルス感染によるインターフェロン産生抑制と関連しているのではないかと考えた。そして、新型コロナウイルスのORF3bタンパク質の機能を解析した結果、新型コロナウイルスのORF3bタンパク質は、SARSウイルスのORF3bタンパク質よりもインターフェロン抑制活性が強いことを明らかにした。
インターフェロン産生の抑制がCOVID-19 の病態の進行と関連
さらに、佐藤准教授らはコウモリやセンザンコウで同定されている新型コロナウイルスに近いウイルスのORF3bタンパク質や、現在流行しているウイルス株の配列についても解析。具体的には、「GISAID」という公共データベースに登録された1万7000以上の世界で流行しているウイルスの配列を網羅的に解析した。その結果、エクアドルで、ORF3bタンパク質の長さが部分的に伸長している配列を持つウイルスが同定された。このORF3b変異体は、世界各国で流行している新型コロナウイルスのORF3bに比べてより強いインターフェロン抑制活性を示すことがわかった(図2)。
これらの結果から、佐藤准教授らは、新型コロナウイルスのORF3bタンパク質には強いインターフェロン抑制効果があり、それがCOVID19 の病態と関連している可能性があることを示唆した。また、流行中に出現したORF3b変異体が、インターフェロン抑制活性を増強していることを明らかにした。
とはいえ、現在のところ、このような変異体は1万7000以上の配列を解析した中で、わずか2配列しか検出されていないうえ、新型コロナウイルスの病原性が強まっていることを示す証拠は出ていないことから、佐藤准教授らは、このような変異体が出現し、強毒株として流行する可能性は極めて低いと考えている。しかし、流行拡大に伴い、さまざまな変異がウイルスに蓄積していることが明らかとなりつつある。ORF3b変異体のように、病態増悪に関連する変異体が出現する可能性は否定できないことから、今後もウイルス配列の変化を注視すべきであると考えている。
どんなウイルスにも対応できる伝播抑制技術や治療薬の開発に期待
新型コロナウイルスは、コウモリからヒトへと種を超えて伝播したといわれているものの、コウモリからヒトへ感染した例はごくわずかだ。今後、佐藤准教授は、こうした伝播性や病原性の違いがどのように生じるのかについて、ウイルスのゲノム比較や細胞生物学実験により解明していく計画だ。
特に、COVID-19をきっかけにオープンサイエンスが一気に進み、感染者から即座にウイルスが特定され、ゲノム配列が公開されるようになった。また、論文も査読を待たずに共有される。それにより、今後、研究の加速が予想される。将来、どんなウイルスが出てきても野生生物からヒトへの伝播を防ぐことができる技術や病原性の発現を抑える治療薬が開発されることが期待される。
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