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原子レベルで混ざり合う「固溶ナノ合金」の量産化に成功2021年度更新

写真:北川 宏
北川 宏(京都大学 大学院理学研究科 教授)
CREST
元素戦略を基軸とする物質・材料の革新的機能の創出「元素間融合を基軸とする新機能性物質・材料の開発」研究代表者(2011-2015)
ACCEL
「元素間融合を基軸とする物質開発と応用展開」研究代表者(2015-2020)

革新的な「固溶ナノ合金」の量産化技術を確立

安定に存在し世の中で広く使われている元素の中で、遷移金属や典型金属元素を中心に、数種類を混ぜる、あるいは炭素など非金属元素を混ぜることで単一の金属とは異なる特性を持つ合金が作り出され、世の中で利用されている。合金の金属元素の混ざっている状態により分類がされており、その中には原子レベルで混ざり合っている「固溶」という状態が存在する。一方で、混ざり合わず合金にならない組み合わせも数多く存在する。

ACCELの北川宏研究代表者らは、混ざり合わない金属の組み合わせを原子レベルで混ざった「固溶合金」にできることを発見し、固溶化メカニズムの解明、新たな機能の探索、理論予測に基づく新たな固溶合金の開発を行ってきた。
2019年9月、北川教授らは株式会社フルヤ金属の研究グループと、それまで困難とされていた、大きさを1ナノメートル級にコントロールした固溶ナノ合金を連続して安定的に合成できる量産化技術の確立に世界で初めて成功したと発表した。このことは、固溶ナノ合金粒子が実用化に一歩近づいたことを意味する。混ざり合わない組み合わせを固溶合金にすることで新たな機能を持つ材料が作られるのみならず、ナノメートル級に粒径制御することでより優れた機能が発揮される。

また、これまでに無い異なる組み合わせで新機能を発揮する固溶合金を生み出し、安定に存在させることを目指した研究において、2020年8月には、白金族元素6元素をすべて原子レベルで均一に混ぜ合わせた「白金族ハイエントロピー合金ナノ粒子(PGM-HEA)※1」(図1)の合成に成功し、このPGM-HEAが従来の金属触媒にはない非常に高い触媒活性を示すことを発表した。

※1 ハイエントロピー合金
諸定義あるが、多成分5元素以上をほぼ同じ量ずつ配合することで、混合のエントロピーを高めた固溶合金のこと。

図1

図1 「白金族ハイエントロピー合金ナノ粒子(PGM-HEA)」のイメージ図
白金族元素6元素をすべて原子レベルで均一に混ぜ合わせた、高活性なPGM-HEAの合成に成功

品質が均一の1ナノメートル級の固溶ナノ合金を連続的に合成

固溶合金の一般的な合成方法として「液相還元法」があるが、固溶合金の粒子の大きさ制御や均一性の制御のカギとなる還元速度や還元時間の制御が、従来は難しかった。北川研究代表者らが開発した「ソルボサーマル合成法」※2を応用した製造装置(図2)は、高温・高圧下で、金属原子の還元速度と冷却速度を同時に制御でき、品質が均一な1ナノメートル級の固溶ナノ合金を連続的に合成可能である(図3)。金属は、ナノ粒子(粒径数ナノメートル以下)になると、バルク体にはない特異な性質を示すことが知られており、固溶ナノ合金においても粒径を制御することは、性能を発揮させる重要な因子である。

図2

図2 ソルボサーマル合成法を応用した固溶ナノ合金の製造概念図

溶液中に原料と担体(反応活性を有する触媒粒子などを固定する土台となる物質)を高分散し、高温の還元剤と高圧下で混合することで、担体上に還元された金属粒子が生成する。混合液は急冷されるため粒子の凝集は抑制され1ナノメートル級の固溶ナノ合金が担体の上に担持された触媒が合成できる

※2 ソルボサーマル合成法
高温または高圧の溶媒(または超臨界流体)を用いて固体を合成する方法。

また液相還元法では、粒子の凝集、融着を抑制するために高分子保護剤を添加して金属ナノ粒子を合成するのが一般的だが、高分子保護剤は触媒機能の阻害要因となる。しかし、この製造装置では、高分子保護剤を添加せず1ナノメートル級の固溶ナノ合金を担持した触媒を得ることが可能で、より高い性能を発揮させられる。

  • 写真:担体上のナノ粒子像

    担体上のナノ粒子像

  • 写真:元素分布画像(各元素を色付けして表現した像)

    元素分布画像
    (各元素を色付けして表現した像)

図3 固溶ナノ合金担持触媒(高角散乱環状暗視野走査透過顕微鏡観察)

Pt-Ru-M(Mは3番目の添加金属)の合金固溶状態を示したもの。10ナノメートルサイズの担体上に付着した1~2ナノメートルの固溶ナノ合金。元素分布画像では3つの元素を赤、青、緑 で色付けしており、完全に均一に混合された粒子は白く表されている

図4

図4 従来手法との違い

高温・高圧下で、金属イオンの還元速度と冷却速度を同時に制御。それにより、1ナノメートル級の固溶ナノ合金を品質を均一に保ちながら連続的な合成が可能になった。

合成したナノ合金粒子は、触媒としての実用化が検討されている。例えば、排ガス中の窒素酸化物の浄化には、最も優れた触媒活性を示すロジウム(Rh)が使われているが、この方法で合成したRh固溶ナノ合金は、Rh含有率が下がることでRhよりも安価な上、50 ℃程度の低温でも高い触媒活性を発揮することがわかった。しかも、160 ℃においては、窒素酸化物に対してRhの7倍以上の触媒活性を示す。(図5)

また、この製造装置は450 ℃、圧力30 MPaという高温・高圧条件下での合成が可能となるため、金属の中でも還元しにくいとされている3d遷移金属元素を含む固溶ナノ合金の合成にも成功している。

図5

図5 窒素酸化物(酸化窒素:NOX)の浄化性能比較

合金A、BはRhを含む3元素の固溶合金、合金CはRhを含む2元素の固溶合金。より低温側でNOX転換反応が進む高活性を示している。合金AはRh単体よりのより低温から反応が始まる。160 ℃におけるNOX転化率はRhに対し7倍以上の活性を持つ。

新しい材料の創出~白金族全6元素をすべて原子レベルで均一に混ぜ合わせたPGM-HEA~

北川教授の固溶合金研究は、「元素間融合」の考えに基づいて進められてきた。周期表で示されている元素とその次の番号の元素の間に、中間の物性を有する別の元素を存在させられないかというのが、発想の原点にある。平衡状態では混ざり合わないものを混合し、新しい材料とするためには、高温・高圧といった極端な条件下で作り出した非平衡状態を短時間で常温・常圧に戻す「非平衡化学的還元法」は合成方法として有効である。また、混合する元素数を増やすことで配置エントロピーを増大させ、不安定な非平衡状態を熱力学的に安定化させることも、第3元素を添加した系で理論解析し明らかにしてきた。3元素以上の固溶ナノ合金の合成、機能探索を実施し、2020年8月には、白金族全6元素(白金(Pt)、パラジウム(Pd)、ロジウム(Rh)、イリジウム(Ir)、ルテニウム(Ru)、オスミウム(Os))を原子レベルで均一に混ぜ合わせた、白金族ハイエントロピー合金ナノ粒子(PGM-HEA)の合成に世界で初めて成功している(図6)。

製造したPGM-HEAのエタノール酸化反応活性を検討した。エタノール酸化反応は、CH3CH2OH + 3H2O = 2CO2 + 12H+ + 12eで表わされるように、完全酸化で12 電⼦反応だが、従来の⾦属触媒(例えばPtやPd)では酢酸類が⽣成する4 電⼦反応が促進され反応が途中で停⽌する上に、副生物COによる触媒被毒が問題だった。これまで最も触媒活性が高いとされていた触媒、Au@PtIr/C※3は、12電子反応を促進するが、PGM-HEAはこれと同じく12電子反応を促進しかつ触媒活性が高く、混合した金属それぞれの単金属触媒と比べても2.5~30倍も活性が高い。副生物COによる活性劣化も観察されず、高活性、高耐久性を両立した触媒であることがわかった。(図7)6元素からなる多彩な吸着サイトを表面に備え、それぞれの吸着サイトでC-C結合開裂、C1成分の酸化などが協奏的に行われていることが考えられる。

※3 Au@PtIr/C
2019年にJournal of the American Chemical Society誌に発表された触媒で、コアの金(Au)粒子にPtIrがシェルとして付着したカーボン(C)担持触媒。

図6

図6  PGM-HEAのSTEM-EDS(走査型透過電子顕微鏡によるエネルギー分散型X線分析)マップ

白金族全6元素(白金(Pt)、パラジウム(Pd)、ロジウム(Rh)、イリジウム(Ir)、ルテニウム(Ru)、オスミウム(Os))の合金化に成功。6 元素すべてが各粒子に均一に存在していることがわかる

図7

白金族多元素ナノ合金は極めて高いEtOH酸化触媒活性を示し、且つ高い耐久性も示す。

図7 エタノール酸化反応触媒特性:(左)0.45Vおよび0.60Vにおける電流密度の比較、(右)繰り返し試験によるPGM-HEAの耐久性評価。

各種触媒、電子材料、磁性材料など幅広い分野での応用へ

固溶ナノ合金は、ナノメートル級に粒径制御が可能なソルボサーマル合成法を応用した製造法を確立し安定に製造可能となり、またこの合成法によって合成可能な合金の種類も格段に広がった。物性を幅広く制御可能なことから、すでに研究中の排ガス浄化触媒に加え、電極触媒、化学プロセス触媒、量子ドットをはじめとする電子材料、磁性材料など広い分野での需要が期待される。また、HEAの触媒以外にも、従来の金属触媒では達成できていない複雑で高難度の触媒反応において、高い活性と高い耐久性を兼ね備えた夢の触媒になる可能性がある。北川教授を中心とする研究によって、高性能な新たな固溶合金材料が発見されていくことが今後期待される。