事業成果

超高齢化社会に向け

病気の予防に焦点を絞った医療を確立2022年5月更新

写真:工藤 寿彦
工藤 寿彦(プロジェクトリーダー/マルマンコンピュータサービス株式会社 常務取締役)
中路 重之(研究リーダー/弘前大学 特任教授)
センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム
「真の社会イノベーションを実現する革新的「健やか力」創造拠点」(2013-2021)

2019年には第1回日本オープンイノベーション大賞「内閣総理大臣賞」を受賞

日本は超高齢化社会を迎え、医療費の削減や高齢者の健康増進が社会的課題となっている。従来の医療は、病気の治療が中心であるのに対し、工藤寿彦氏をプロジェクトリーダー、中路重之特任教授を研究リーダーとするセンター・オブ・イノベーション(COI)プログラムの「真の社会イノベーションを実現する革新的『健やか力』創造拠点」では、医療関係者を含め、約80の大学や研究機関、企業、地方自治体など産学官民が強固に連携し、オープンイノベーションを推進。病気の予防に焦点を絞った医療の確立を目指している。

具体的には、青森県住民のコホート研究によって得た健康に関するビッグデータ解析を基に、個人の健康情報や診療情報から、病気の予兆因子を割り出し、個人のリスクレベルを解析する「予兆発見アルゴリズム」および「予兆発見アプリケーション」、加えて、予兆結果の通知や対策・指導を行う「健康増進アプリケーション」、さらに、「認知症サポートシステム」の開発により、高齢者が安心して経済活動を行いながら、生活を楽しむことができる社会システムの実現を目指している。

2019年3月には、これまでの活動が認められ、内閣府主催の第1回日本オープンイノベーション大賞の最高賞である「内閣総理大臣賞」を受賞した。これは、組織の壁を超え、知識や技術、経営資源を組み合わせ、新しい取り組みを推進するというオープンイノベーションの観点から、同COI拠点が顕著な取り組みを行っている団体であることが認められたものだ。

また同年11月には、イノベーションによる新産業の創出やアイディア溢れる方策によって地域課題を解決し「プラチナ社会」の目指す社会を体現している最も優れている取り組みであると評価され「第7回プラチナ大賞」も受賞した。

2020年9月には、「イノベーションネットアワード2020」において「文部科学大臣賞」を受賞した。

2021年5月、国際連合アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)の報告書に高齢者の健康・well-beingに貢献するテクノロジー活用の優秀事例として掲載されるなど、国際的にも評価・注目されてきている。

※現時点では研究対象とする病気にかかっていない人を大勢集め、長期間観察し続けることで、ある要因の有無が病気の発生または予防に関係しているかどうかを調査すること。疫学研究の手法のうち、介入を行わず対象者の生活習慣などを調査・観察する観察研究の方法のひとつ。

図1

図1 2019年3月には、これまでの活動が認められ、内閣府主催の第1回日本オープンイノベーション大賞の最高賞である「内閣総理大臣賞」を受賞

図2

図2 COI拠点の下、約80の大学や研究機関、企業、地方自治体など産学官が強固に連携し、オープンイノベーションを推進。病気の予防に焦点を絞った医療の確立を目指す

健康や生活習慣に関するビッグデータを基に病気の予兆・予測法を開発

青森県弘前市岩木地区では、2005年から取り組んできた「岩木健康増進プロジェクト」を通し、延べ2万人以上、腸内細菌や内臓脂肪、唾液など2000~3000項目におよぶ膨大かつ経時的な健康情報を蓄積してきた。一方、人口約8400人の福岡県久山町でも、地域住民を対象に50年以上にわたり、脳卒中・悪性腫瘍・認知症・高血圧症・糖尿病などの生活習慣病に関する高精度の疫学調査を行ってきた。

同COI拠点では、弘前大学の岩木健康増進プロジェクト、九州大学医学部、京都府立医科大学、名桜大学、和歌山県立医科大学などが連携し、これら健康や生活習慣に関するビッグデータを基に「予兆発見アルゴリズム」および「予兆発見アプリケーション」を開発した。特に弘前大学、九州大学だけでなく他の研究機関も連携することで、データの量や種類がさらに増え、より精度の高い病気の予兆・予測法、予防法の開発が可能となった。

また、ビッグデータ解析には、バイオインフォマティクス・生物統計・臨床統計分野の第一級の専門家が参画。弘前大学が中心となり、京都大学医学部、東京大学医科学研究所、東京大学医学部、名古屋大学医学部と連携することで、体制の強化を図った。

図3

図3 青森県弘前市岩木地区で、2005年から取り組んできた「岩木健康増進プロジェクト」で収集。蓄積した健康や生活習慣に関するビッグデータを中心にデータ連携を図ることで、病気の予兆・予測法の開発に生かす

軽度認知障害や生活習慣病への支援システムの開発も

さらに、予兆結果の通知や対策・指導を行う「健康物語(健康増進アプリケーション)」も開発した。ここでは、病気の危険因子を有する人を対象に、個人レベルでの予兆結果を通知するシステムを構築し、生活習慣改善などによる予防法を開発した。加えて、未病の段階で、軽度認知障害や生活習慣病を予測するアルゴリズムの開発も進めた。今後、軽度認知障害や生活習慣病と判明した人に対しては、運動療法や口腔ケアなどによる予防の介入、革新的なアンチエイジング法の確立を目指す。

また、弘前大学は、同COI拠点への参加機関と連携し、即日で健診、判定、啓発を行う「啓発型健診」のトライアル版も実施した。今後、国内外に波及する普及版モデルの開発・実証を目指す。

一方、「認知症サポートシステム」の開発も進めている。これは、高齢者が使いやすい銀行の実現を目的に、行員教育の方法や店舗システムの開発、高齢者との金融商品契約に関するガイドラインの作成、高齢者の新たな財産管理や経済活動支援のための金融商品の開発、さらには、認知症初期支援に有用なシニアライフプランニング法の開発、意思決定支援のためのアプリケーションと機器の開発を進めるというものだ。

図4

図4 同COI拠点が提案する、即日で健診、判定、啓発を行う「QOL健診」。今後、国内外に波及する普及版モデルの開発・実証を目指す

図5

図5 「QOL健診」の全体概要とフローのイメージ

他のCOI拠点とも連携する「COI健康・医療データ連携推進機構」を設置

弘前大学は2017年に、健康増進機能を集約した全学組織「健康未来イノベーションセンター」を創設。2018年4月には、同センター名を冠にした研究拠点施設を新設し、COI参画機関が地方創生に向けた雇用・新産業を創出する場を完成させている。

また、他のCOI拠点も含め、横断的に取り組んでいるテーマ「健康・医療情報の活用に関する拠点間連携の促進」における活動主体として、2015年度には、弘前大学を事務局とする「COI健康・医療データ連携推進機構」(以下、COIデータ連携機構)を設置。現在、COIデータ連携機構では、各COI拠点がそれぞれに実施しているコホート研究やウェアラブルデバイスなどから収集される健康・医療に関する各種データの相互利用、検証・比較を可能にするため、オープンイノベーションプラットフォームのしくみの整備、データの共有化とその相互活用に取り組んでいる。それにより、今後、各COI拠点の研究成果の信頼性を高めると同時に、社会実装につなげていく方針だ。

併せて、本プロジェクトは、現在、欧米の先進国や東南アジア等の開発途上国においても「生活習慣病」が大きな社会問題となっていることから、今後、その成果を日本国内にとどまらず国際展開することで、SDGsへの貢献を可能とするものである。