事業成果

フラスコの中で混ぜるだけ

画期的なアンモニア合成法2020年度更新

西林 仁昭
西林 仁昭(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
CREST
再生可能エネルギーからのエネルギーキャリアの製造とその利用のための革新的基盤技術の創出「分子触媒を利用した革新的アンモニア合成及び関連反応の開発」研究代表者(2015-2020)

ハーバー・ボッシュ法に代わる新たなアンモニア合成法を開発

アンモニア(NH3)は窒素肥料や衣服の材料となるナイロン繊維、薬剤などの原材料として幅広く利用されている。また、燃焼させても温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)を発生させない上、液体になりやすく貯蔵や運搬が容易なことから、火力発電などのエネルギー源としても期待されている。

現在、アンモニアは「ハーバー・ボッシュ法」により、工場で窒素(N2)と水素(H2)を化学反応させて合成している。しかし、ハーバー・ボッシュ法は、窒素と水素を反応させるのに、400~600℃、100~200気圧という高温・高圧の環境を必要とする。また、現在、水素は主に石油や石炭、天然ガスなどの化石燃料から作っており、それに大量のエネルギーが必要な上、その過程で大量のCO2が発生する。そのため、ハーバー・ボッシュ法に代わる新たなアンモニア合成法が強く求められていた。

このような中、CRESTの研究代表者である西林仁昭教授は、世界で初めて、アンモニアを窒素ガスと水から常温・常圧で簡単かつ大量、しかも、高速に合成する画期的な方法を開発した。この研究成果は2019年4月の「Nature」誌(オンライン速報版)で公開され世界から注目されている。

図1

図1 アンモニアを窒素ガスと水から常温・常圧で簡単かつ大量、しかも高速に合成する画期的な方法を開発

マメ科植物に共生する「根粒菌」をヒントに画期的な合成法を創出

ハーバー・ボッシュ法では、アンモニアの原料となる水素の製造に化石燃料が使われている。一方、自然界には、常温・常圧で空気中の窒素からアンモニアを合成する酵素が存在することが知られている。それはマメ科植物に共生する「根粒菌」という細菌がもつ「ニトロゲナーゼ」である。ニトロゲナーゼは、窒素からアンモニアを合成する際、ニトロゲナーゼ分子の中に存在するモリブデン(Mo)原子を使っている。西林教授はこのニトロゲナーゼに注目した。そして、モリブデンを含む触媒を用い、窒素ガスと水、そして、ヨウ化サマリウム(Sml2)を用いることで、常温・常圧、かつニトロゲナーゼに匹敵する速さでアンモニアを合成することに成功した。

具体的なプロセスは、まず、モリブデンを含む触媒に窒素分子(N2)が結合する。そこに、もう1つの触媒が近づき、窒素分子の窒素原子(N)同士の結合を切断する。その結果、モリブデンを含む触媒には窒素原子(N)が結合することになる。そこに、ヨウ化サマリウムが近づく。ヨウ化サマリウムは、水分子(H2O)から、アンモニア分子(NH3)の材料となる水素(H)を作る還元剤の役割をもっている。そのヨウ化サマリウムによって作られた3つの水素原子が窒素原子と結合し、アンモニアができる。できたアンモニアは触媒から分離され、触媒は元の状態に戻る。この反応が繰り返されることで、大量にアンモニアが合成される。

この合成法は、「ニトロゲナーゼの酵素機構を、人工的に再現したもの」という言い方もできる。

図2

図2 モリブデンを含む触媒の構造

ヨウ化サマリウムの適用がブレークスルーに

この合成法の特徴は、コスト面においても、エネルギー面においても優れていることだ。水素は常温・常圧で作ることができる上、アンモニアを合成するためのエネルギーもほとんど必要ない。フラスコの中で混ぜるだけで合成できる。

この合成法を創出できたポイントの1つに、西林教授が、ヨウ化サマリウムを使うことにより、常温・常圧の環境下で、ニトロゲナーゼに匹敵する速さでアンモニア合成が進むことを発見した点がある。ヨウ化サマリウムと水とアルコールとの組み合わせは、炭素―酸素二重結合(C=O)の還元試薬として古くから有機合成で使われてきたものだが、これを窒素―窒素三重結合(N≡N)の還元に用いることを思い付いたことが、大きなブレークスルーとなった。

図3

図3 常温・常圧環境下で、モリブデンを含む触媒と還元剤のヨウ化サマリウムの中に窒素と水を入れ、フラスコの中で混ぜるだけでアンモニアを合成

環境・エネルギー問題の解決に期待

サマリウム(Sm)は希土類(レアアース)の1つで、比較的安価だが、実用化に際しては再利用する必要がある。西林教授の研究グループでは、実用化に向け、企業と共同でヨウ化サマリウムの回収・再利用サイクルの工業化に取り組んでいく計画だ。

また、今回の成果は、画期的なアンモニア合成法を創出しただけでなく、今後、環境・エネルギー問題の解決に大きく寄与することが期待される。現在、次世代のエネルギー資源として水素が注目されているが、水素を作る際には大量のCO2が発生するほか、貯蔵や運搬にも課題がある。それに対し、アンモニアは液体になりやすく、貯蔵や運搬が容易だ。水素同様に燃やしてもCO2を発生しないため、クリーンなエネルギーとして火力発電の燃料に使うこともできる。この合成法は、社会のエネルギー資源のパラダイムシフトを起こす可能性も秘めているのである。

図4

図4 この成果は画期的なアンモニア合成法を創出しただけでなく社会のエネルギー資源のパラダイムシフトを起こす可能性も秘めている