事業成果

コガネムシなどの「構造色」を応用

「亀裂」と「光」で実現する超高精細印刷2020年度更新

シバニア・イーサン
シバニア・イーサン(京都大学 高等研究院 物質-細胞統合システム拠点(アイセムス) 教授)
さきがけ
超空間制御と革新的機能創成「ナノ超空間中の流動を利用した吸着と結晶化制御による新機能開拓」 研究者 (2014-2017)
START
プロジェクト支援型「Collective Osmotic Shock法を用いた新規メンブレンフィルターの実用開発研究 ~省エネおよび低ファウリング(膜汚染)膜の実現を目指して~」研究代表者(2014-2017)
研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)
ステージⅡ(シーズ育成タイプ)第3分野「自動車用エンジンの超高効率化のための給気ガス改質技術の開発」研究責任者(2015-2017)
未来社会創造事業
地球規模課題である低炭素社会の実現「ゲームチェンジングテクノロジー」による低炭素社会の実現「CO₂分離機能とエイジング耐性を兼備した多孔性複合膜」研究開発代表者(2017-2021)

インクを使わず物質を発色させる

さきがけ研究者であるシバニア・イーサン教授らは、素材の表面に人工的に微細な発色構造を作り出し、インクを使わずに着色する方法を開発した。コガネムシの表面やクジャクの羽などに見られる「構造色」と呼ばれる鮮やかでキラキラした色彩は、色素ではなく特殊な多層構造が光を反射することによって発色している。今回の技術はこの自然界の仕組みに着目したもので、素材の表面に人工的に微細で規則的な発色構造を与えることで、物質そのものが形を記し色を放つという、これまでになかった方法での描画を実現した。

以前から構造色の仕組みを応用した印刷技術はあったが、印刷には高価な材料が必要だった。それに対して今回開発した方法は、アクリル樹脂やポリカーボネートといった工業用ポリマーのシートにLEDなどの光を照射し、酢酸などの溶液に浸すことで人工的に微細な亀裂を生じさせて、構造色を発色する多層構造を作るものだ。高価な材料も光を照射するための特別な装置も必要としないため、今後さまざまな用途に展開できると考えられている。

図1

図1 生物の構造色のイメージ図

亀裂のコントロールで全ての色彩を発色

透明なプラスチックの定規などを繰り返し曲げていると、曇ったような不透明な白色に変化することがある。それはポリマー(高分子)が圧力にさらされ、分子レベルで引っ張って伸ばした状態になったときに、「クレージング」という作用が起こって生じる現象だ。そのときポリマー内部には「フィブリル」と呼ばれる細い繊維が形成されており、そのフィブリルが目に見えるレベルでクレージングが起きると、何らかの視覚的な効果が得られるということになる。

クレージングは材料破損の原因となるため、通常は望ましくないものとされるが、シバニア教授らはポリマー内に生じる周期的な応力場をコントロールし、空隙とミクロフィブリル充填ポリマーの交互層を作成することでポリマーに多層多孔質構造を与えることに成功した。フィブリルを人工的・組織的に形成したことでできたこの多層多孔質構造は、亀裂の周期(フィブリル層)により、それぞれ特定の色の光を反射する。すでに青から赤まで表現したい全ての可視光を、フレキシブルで透明なさまざまな素材の表面に発色させることが可能となっている。

図2

図2 インクを使わずにフルカラー印刷された絵画。光を照射した部分に多層構造が形成され、発色することによって描画される。

退色しない高解像度印刷が可能

この技術はOM技術(Organized Microfibrillation:組織化されたミクロ繊維形成技術)と呼ばれる。OM技術によって発色させる色は亀裂の規則性によってコントロールでき、亀裂の数が多いほど鮮やかな発色が可能となる。また、構造色を示すミクロな構造を形成するために、圧力を1ミクロン以下のスケールで調整できることも実証されている。

実現した画像解像度は最大1万4000dpi(紙などへの一般的な印刷に適した画像解像度は350~400dpi)と、非常に高精細であり、これにより大規模印刷をインクなしで行うことが可能となる。インクを使わないため印刷面は退色しにくく、ポリマー内部の亀裂であるフィブリル自体も模倣されにくいため、今後はお札や身分証明書などの偽造防止などへも応用できると考えられる。

図3

図3 極小サイズにも高精細な印刷が可能。OM技術で印刷されたフェルメールの「真珠の耳飾りの少女」

医療・ヘルスケア分野への応用も

OM技術は他のものに組み込むことも可能な柔軟性の高い技術で、一般的な印刷の代替以外にも多様な応用が可能だと考えられる。例えば、食品や医薬品の包装にはプラスチックが広く使用されているが、これらに組み込み、開封の有無や異物混入を防ぐセキュリティラベルとして活用することで、安価かつ簡便に安全を保証する透かしが付与できると期待される。

亀裂の構造は中空で長距離にわたって連結されているため亀裂内部に液体等を循環させることができ、将来的には医療・ヘルスケア分野への展開も可能である。フレキシブルな人工環境器系流路チップやコンタクトレンズなど、身体に装着する医療機器にOM技術を組み込むことで、取得した生体情報を直接、あるいはクラウド経由で医療専門家へ送信することも可能になると考えられる。

また、同様な亀裂のコントロールはポリマーだけではなく金属やセラミック素材でも可能であると予想され、今後はこれらの素材についても亀裂の制御に関する研究を進めていく予定である。