事業成果

高加工性超弾性合金で医療デバイスを開発

銅系超弾性合金で外反母趾を矯正2019年度更新

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石川 浩司(株式会社古河テクノマテリアル 常務取締役)/貝沼 亮介(東北大学大学院 教授)/羽鳥 正仁(東北公済病院 副院長)
研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)
シーズ育成「新型銅系超弾性合金の大断面建築部材および外反母趾矯正装具への応用展開」プロジェクトリーダー/研究責任者/ 研究分担者(2011-2015)

不快感なく着脱容易、進む装具開発

株式会社古河テクノマテリアルは、東北大学と共同で銅を主成分とする弾性に富んだ「銅-アルミ-マンガン形状記憶合金(以下、銅系超弾性合金)」について研究を進め、高加工性と良好な超弾性という特徴をあわせもった新たな銅系超弾性合金の開発に成功した。そして、銅系超弾性合金板材からなる巻き爪矯正デバイスを実用化し、さらに東北公済病院との連携により大型の医療デバイスである外反母趾矯正装具の開発も進めている。

超弾性の変形応力はひずみ量に対して大きく依存しないため、爪や足指の変形度合いによらずほぼ一定の矯正力を与えることができ、不快感を与えにくく矯正に適している。大きな変形に対しても柔軟で効果的な矯正力を発揮するとともに、着脱が容易で、装着時の不快感がなく、患者の生活様式に合わせて利用できる利便性が画期的であるとの評価を受けている。

すでに巻き爪矯正デバイスは2011年から医療機関での販売が開始され、2014年よりインターネット販売、2018年よりドラッグストアでの販売が開始された。外反母趾矯正装具についてはこれまでに、医師、医療機器機関と協働してモニター試験を地道に実施し、その都度改良を加えて、最適な板の厚みの決定、および装具形状と構成の改善を行っている。銅系超弾性合金は加工性に優れるため、厚さ0.4mm、幅15mmの薄板のデバイスにも超弾性合金を利用することが可能になり、装具全体の構成と、肌に接触する箇所の素材を検討することで、患者への不快感を抑えた、長時間・長期間装着可能な外反母趾矯正装具を開発した。

また、長期装着が可能となったことで治療効果が得られてきており、新たな保存療法としての知見も見出され、これまでに複数の医学分野の学会で報告している。外反母趾は現在手術以外他の矯正具による有効な効果事例は少なく、これらのことから、本開発品による治療は有望であり、早期の製品化が期待できる。今後は医療機関を通じ、市場投入を図る。

図1

超弾性合金プレートを使った、長時間装着可能な外反母趾矯正装具

※ゴムのようにしなやかで、形が大きく変形してもすぐに元に戻る性質。

切望されていた、新たな形状記憶合金

形状記憶合金には、変形させた材料を温めると変形前の形状に戻る形状記憶効果と、超弾性の性質がある。通常の金属材料ではおおよそ0.5%以上の歪みを加えると変形が残留してしまうが、超弾性合金は数%~8%程度の歪みを与えても力を除けば元の形状に戻ることができる。その性質を利用して、メガネフレーム、歯列矯正ワイヤー、ステント、ガイドワイヤーなど、広い分野で利用されている。

1963年にニッケル-チタン合金が発見されて以来、超弾性合金の実用化は大きく進展したが、数々の新規超弾性合金の開発は加工性や形状記憶特性の面で課題が残り、実用化はされていない。現在も市場で利用されている超弾性合金のほとんどはニッケル-チタン合金である。しかし、ニッケル-チタン合金は冷間加工が困難で、板材の加工はコストが掛かるため、実用化された例は極めて少なく、単純な形状である線や管などの形状でしか利用されていない。そこで、超弾性合金の用途拡大のため、優れた加工性と性質を持つ銅系超弾性合金の量産技術の開発が切望されていた。

※常温、もしくは材料の再結晶温度未満で行う加工。金属に過度の温度をかけないので、精度の良い加工が可能になる。

図2

通常の金属(左)と形状記憶合金の超弾性効果(右)

本研究グループは1994年から銅系超弾性合金の研究開発を続けてきた。その結果、銅系超弾性合金中のアルミの濃度を低下させることで冷間加工性が飛躍的に向上し、形状記憶効果を保ちながら実用ニッケル-チタン合金の2倍である約60%の冷間加工が可能になることを突き止めた。さらに、線径(D)に対する結晶粒径(d)の比d/Dを大きくすることで、8%の歪みを与えてもほぼ完全に形状が回復する良好な超弾性を得ることができた。これらの研究結果をもとに、加工しやすく超弾性にも優れた銅系超弾性合金を実現し、巻き爪矯正デバイスや外反母趾矯正装具の開発につなげることができた。

金属分野の常識を打ち破る発見も

銅系超弾性合金は、優れた加工性と特性によりこれまで実現が困難だった形状記憶合金製品が製造出来るようになった面とは別に、900℃以下の温度域で冷却と加熱を繰り返すと、金属の結晶粒が急激に成長する特異なメカニズム(異常粒成長現象)も解明した(2013年Scienceに掲載1))。

図3

異常粒成長直後のEBSDで得たGRODマップ1)(白線は結晶粒の境界)

異常粒成長現象の知見を基に、銅系超弾性合金の単結晶部材を量産できる、単純な熱処理のみからなる製造プロセスを開発している。これまでに最大で直径1.5センチ、長さ70センチの単結晶棒材の製造に成功しており、この棒材がすぐれた超弾性特性を示すことを確認している(2017年Nature Communicationsに掲載2))。これを制震部材として用いれば、連続した強い揺れでも変形や損傷が残らず、耐震性が劣化しない建物の実現が期待できる。

本技術に関してはすでに8つの特許を出願し、国内外で権利化されている。数年以内の実用化に向けた具体的な試験を行い、安全で安心して暮らせる社会の実現に貢献したいと考えている。

図4

熱処理により巨大単結晶化した銅系超弾性合金棒2)

図5

引用文献
1) Omori, T., Kusama, T., Kawata, S., Ohnuma, I., Sutou, Y., Araki, Y., Ishida, K. & Kainuma, R.: Science, 341 (2013) 1500-1502
2) Kusama, T., Omori, T., Saito, T., Kise, S., Tanaka, T., Araki, Y. & Kainuma, R.: Nature Communications 8 (2017) #354