事業成果

エタノール・酢酸処理で塩害・乾燥に強く

農作物のストレス耐性を高める2019年度更新

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関 原明(理化学研究所 環境資源科学研究センター チームリーダー)
CREST
二酸化炭素資源化を目指した植物の物質生産力強化と生産物活用のための基盤技術の創出「エピゲノム制御ネットワークの理解に基づく環境ストレス適応力強化および有用バイオマス産生」研究代表者(2013-2018)

モデル植物でメカニズムを解析

CRESTの一環として、研究代表者の関原明チームリーダー率いる研究グループは、モデル植物であるシロイヌナズナを用いてさまざまな解析を行い、塩害と乾燥という代表的な環境ストレスに対する農作物の耐性を高めるために、家庭に普通にある酒とお酢が役に立つことを突き止めた。

塩害に関しては、耐塩性強化のメカニズムを明らかにするために網羅的な遺伝子発現解析を行ったところ、塩分にさらされたストレスによって発生する活性酸素の除去に働く遺伝子群の発現が、酒の成分であるエタノールで処理することによって増加することが分かった。また活性酸素の一種である過酸化水素を分解する、アスコルビン酸ペルオキシダーゼの活性も増加することが明らかになった。

乾燥に関しては、まずはシロイヌナズナが乾燥ストレスにさらされた時に、体内でどのように代謝が変化するのかを調べた。その結果、乾燥時には生命活動に必要なエネルギーを得るための中心的な代謝経路である解糖系※1が抑制されるだけでなく、お酢の成分である酢酸の生合成量が増加することを発見した。さらに酢酸の作用メカニズムを明らかにするため、シロイヌナズナを酢酸処理した時に生じる変化を調べたところ、ジャスモン酸※2が合成されてストレス耐性に関与する下流遺伝子ネットワークが活性化され、乾燥に強くなるという機構が発見された。

※1 ほとんどすべての生物が持っている代謝経路。グルコース(ブドウ糖)をピルビン酸などの有機酸に分解し、グルコースの化学エネルギーを生物が使いやすいアデノシン三リン酸(ATP)などの形に変換する。

※2 傷害応答に関わる植物ホルモンで、果実熟成や老化促進、および傷害ストレス応答のシグナルとして機能する。

植物の新規乾燥耐性機構:酢酸-ジャスモン酸経路

図1

水分がたくさんある通常時には、シロイヌナズナのヒストン脱アセチル化酵素HDA6は酢酸合成遺伝子に直接結合し、酢酸の生合成を抑制している。このため、中心代謝経路はグルコース→ピルビン酸→TCAサイクル(クエン酸回路)へと流れる。一方で乾燥に応答して、HDA6はこの酢酸合成遺伝子から乖離し、遺伝子発現の抑制が解除される。この結果、植物体内で酢酸が合成される。合成された酢酸は、傷害応答に機能する植物ホルモンであるジャスモン酸の合成を誘導する。酢酸を基質とするヒストンアセチル化により、傷害応答に機能する下流遺伝子ネットワークが活性化され、植物は乾燥に強くなる。

課題は持続的な食糧生産

世界的に人口が増え続けるなか、持続的な食糧生産を維持するためには、塩害や乾燥などの環境ストレスに強い作物や肥料の開発などが求められている

塩害は、かんがい農業による塩類集積や海沿いの地域で生じ、農作物の生産に大きな悪影響を及ぼす。植物は高濃度の塩によるストレスにさらされると、根からの水分の吸収の阻害や光合成の低下などが生じ、さらに活性酸素が蓄積されると、細胞が死んでしまうこともある。世界のかんがい農地のうち、約20%で塩害が発生しているというデータもある。

また地球温暖化などの環境変動による急激な乾燥や干ばつの発生は、トウモロコシやコムギをはじめとする作物生産量の低下や砂漠化の拡大など、世界規模で大きな問題となっている。これまでに植物の乾燥耐性を強化するための方法としては、遺伝子組み換え技術が用いられてきた。しかし遺伝子組み換え作物の生産には時間や費用がかかり、各国で規制のあり方も異なることから、より簡便かつ安価に利用できる、植物への乾燥耐性強化技術の開発が求められている。

イネなどでも耐性強化を確認

これまでの研究の結果、エタノールを投与する処理によって耐塩性が強化され、酢酸を与えることで乾燥耐性が強化されることがわかった。

実際に、何も処理をしていないシロイヌナズナとエタノール処理をしたシロイヌナズナに高塩ストレスを加える実験を行ったところ、何もしていない方は白く枯死した。一方、エタノール処理をした方は塩ストレス下でも生存でき、エタノール処理が活性酸素の蓄積を抑制することが示された。また、イネもエタノール処理をすることで活性酸素の蓄積が抑制され、耐塩性が強化されることを見いだした。これらの結果から単子葉植物・双子葉植物いずれも、エタノールが活性酸素の蓄積を抑制することで耐塩性を強化できることがわかった。

次に、シロイヌナズナにさまざまな酸溶液を与えて乾燥処理を行ったところ、酢酸を添加したもののみが強い乾燥耐性を示した。シロイヌナズナ以外のイネ、トウモロコシ、コムギ、ナタネなどの有用作物についても、酢酸を与えることにより乾燥耐性が強化されることを確認できた。この酢酸-ジャスモン酸経路を介した植物の乾燥耐性機構の発見は本研究の大きな成果であり、さらにこの機構が幅広い植物種に進化的に保存されていることを示した意義も大きい。

エタノール処理は耐塩性を高める

図2

高塩ストレスを加えるとシロイヌナズナは白く枯死した。一方、エタノール処理をした植物は塩ストレス下でも生存できた。

世界規模での問題解決に可能性

今回の研究では、安価で入手も容易な化合物を外部から植物に投与するだけで、塩害や乾燥などの環境ストレス耐性が高まることを発見できた。この成果を応用することによって、塩害対策としては、かんがい設備の設置が経済的に困難な地域などで農作物を塩害に強くする肥料の開発や、それに伴う収量の増産が期待できる。

乾燥への対策としても、遺伝子組み換え植物に頼らず、植物に酢酸を与えるだけで急激な乾燥や干ばつに対処できる簡便・安価な農業的手法として役立つことが期待される。今後はモデル植物だけでなく、実際の作物やフィールドで実験を展開していく。また、今回発見された酢酸-ジャスモン酸経路を介した植物の乾燥耐性機構の研究を続けることで、さらに多くの重要な遺伝子・物質の発見や、植物が環境刺激を記憶するメカニズムの解明につながりそうだ。

本研究は新聞などに多数記事が掲載され、海外メディアでも取り上げられるなど大きな注目を浴びており、成果が実用化されれば、世界規模での食糧問題の解決に貢献しうる可能性を秘めている。