事業成果

重要文化財の耐震補強材に!

革新的な構造部材を開発2022年5月更新

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池端 正一(プロジェクトリーダー/大和ハウス工業株式会社 理事)
鵜澤 潔(研究リーダー/金沢工業大学 革新複合材料研究開発センター 所長・教授)
センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム
「革新材料による次世代インフラシステムの構築拠点」 (2013-2021)

炭素繊維複合材の耐震補強用引張材として初めてJIS規格制定

今、日本中で問題になっているのが、1950年代から70年代初頭の高度成長期に造られた道路や橋、ビルなど数多くの建築物の劣化である。これらは維持費も高額となり、さらには将来事故等につながる可能性もある。地震大国日本にとって、建築物の耐震強化は今後の重要課題だ。そこで求められるのが、環境性能に優れ、軽量・高強度・長寿命・低コストの革新素材である。

この課題に対して、小松マテーレ株式会社(本社:石川県能美市)は、JSTのセンター・オブ・イノベーション(COI)プログラムで、金沢工業大学と共同して、ロープ状の炭素繊維複合材「カボコーマ・ストランドロッド®」を製品化することに成功した。また、「耐震補強用引張材‐炭素繊維複合材料より線」として2019年11月20日にJIS(日本産業規格)に制定されている(JIS番号:A5571)。これは炭素繊維の製品規格として日本で初めてのことである。

革新的な熱可塑性炭素繊維複合材「カボコーマ・ストランドロッド」

「カボコーマ・ストランドロッド」は日本の伝統産業である組紐の技術と、現代の炭素繊維の技術を融合した強さとしなやかさを併せ持つロープ状の材料だ。炭素繊維をガラス繊維などで覆い、熱可塑樹脂に浸して含ませた後にねじってロープ状にした熱可塑性炭素繊維複合材で、軽く、強く、錆びないのが大きな特徴だ。軽さは鉄の約5分の1、引っ張りの強さは鉄の約10倍にもなる。

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カボコーマ・ストランドロッド

重要文化財・善光寺「経蔵」の耐震補強に採用

「カボコーマ・ストランドロッド」は、特に木造建築の耐震補強に適しており、2017年には、重要文化財である長野市・善光寺「経蔵」(建立1759年)の保存修理事業で耐震補強材に採用されている。歴史的な建造物の耐震補強では、補強部分が目立ったり、建造物本体を傷つけてはならない。しかも、最大限の補強が求められる。「カボコーマ・ストランドロッド」はこの条件を見事にクリアし、古い建造物を支えることに成功したのだ。さらに、国宝・世界遺産である富岡製糸場「西置繭所」や箱根宮ノ下・富士屋ホテルの耐震改修工事での採用が進むなど、補強材としてその価値は高まるばかりである。

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重要文化財善光寺「経蔵」の保存補修事業でも耐震補強を実現。(設計-江尻建築構造設計事務所 監理-公益財団法人 文化財建造物保存技術協会 写真提供:善光寺)

生みの親は拠点型の産学連携プロジェクト

「カボコーマ・ストランドロッド」を生んだセンター・オブ・イノベーション(COI)プログラムは、10年後の近未来を見通し、産業界と大学が協力して拠点を形成、革新的な研究に取り組んでいる公募型研究開発プログラムだ。素材の開発から実用化までを異分野・異業種融合の一貫体制でその実現をめざしている。

金沢工業大学を中核とする拠点では、近未来のビジョンを「活気あふれる持続可能な社会の構築」と位置付けている。それに向けて「革新材料による次世代インフラシステムの構築拠点」の中核機関として、池端正一プロジェクトリーダー、鵜澤潔研究リーダーの指揮のもと、さまざまな構造材料の開発を積極的に行っている。

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日本がめざすべき10年後の社会。革新素材によって新しいインフラが造られる。

期待される今後の普及と市場拡大

建築材料として普及が進まないままになっていた炭素繊維だが、今回のJIS化によってその性能特性評価が標準化され、より安全・安心で使いやすい建築材料として認められることだろう。これからは歴史的建築物の補強はもちろんのこと、多くの劣化した建築物の耐震補強材として大きな役割を果たすことは間違いない。さらに正式に耐震工法として認定を得られれば、その普及は加速度的に進むことだろう。