事業成果

量子ドットを核にイノベーションのパイプライン化

量子ドットレーザーを実用化2017年度更新

画像
荒川 泰彦(東京大学 ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構 特任教授)
先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラム
「ナノ量子情報エレクトロニクス連携研究拠点」拠点長(H18-27)

量子力学で情報通信に変革を

あらゆるモノがインターネットにつながるIoT社会や、人間の知能を越えて難題を解くAI(人工知能)社会が到来し、超ブロードバンド、超安全性、超低消費電力による情報化社会の実現が求められている。それに向けてナノ科学と量子情報科学の融合をうたい、量子ドットを核に、イノベーションに挑戦してきたのが荒川泰彦教授を中心とした産学連携の研究チームだ。

量子ドットとは、10nm(ナノメートル)程度の電子の波長サイズの半導体の微小な粒をいう。このナノサイズの微小な粒の中に電子を閉じ込めることで、いわゆる量子力学に基づいた様々な特異な現象を生み出す。この量子ドットを用いた半導体レーザーを1982年に提案したのが、荒川泰彦、榊裕之の両助教授(当時)である。当時の最先端トランジスタでも最小寸法が数マイクロメートルの時代に、ナノサイズで加工することは夢物語といわれていた。1980年代半ばに自己形成量子ドット構造が偶然発見されてから、この論文の引用回数が著しく伸び、現在でも伸び続けている。それほど旬の研究テーマであり続けているのだ。

論文引用回数推移グラフ

論文引用回数推移グラフ

様々な原理で量子ドットの応用が進む

量子ドットでは、電子が原子の核外電子と同じように飛び飛びの離散エネルギーをもつ。量子ドットが人工原子とも呼ばれるゆえんだ。このエネルギーの離散性により、量子ドットを用いた半導体レーザーは温度安定性やスペクトル純度に優れるなどの特徴をもつ。量子ドットに電子1個のみ入れて発光させれば、単一光子を発生できる。この単一光子源は、量子暗号通信の基本素子となるほか、量子コンピュータなど、量子情報処理にも用いられる。さらに、量子ドットの飛び飛びのエネルギー準位を利用すれば、禁制帯を越えられない長波長側の光も利用でき、太陽スペクトルの高効率利用が可能となり、将来の高効率太陽電池の原理として期待される。強いキャリア閉じ込めが可能な量子ドットによる高感度・低暗電流な赤外線検出器など、量子ドットの応用展開は広範にのぼる

量子ドットの応用展開図

量子ドットの応用展開図

先端融合領域イノベーション創出拠点での取り組み

こうした特徴を持つ量子ドットを核に、様々な量子ドットデバイスの開発が進展したのは、荒川教授が2006年から文部科学省・JSTの「先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラム」に基づく「ナノ量子情報エレクトロニクス連携研究拠点プロジェクト」に統括として取り組んだのが契機だ。

とくに富士通研究所とベンチャー企業である株式会社QDレーザとの産学連携研究では、量子ドットの結晶成長の高密度化を図るなどにより、半導体レーザーの第3の波として温度依存性が極めて少ない量子ドットレーザーを実現し、すでに300万チップ以上の量産出荷を果たしている。また、量子ドットの温度特性の優れた性質から、220℃高温動作も実現しており、過酷条件下で使用されるセンシング用途など、これまでの半導体レーザーでは想定できない新市場も開拓してきた。さらに膨大な市場が見込まれるLSIチップ間の光配線モジュール用集積光源としても期待されている。すでに量子ドットレーザーのアレイ素子をシリコン光配線回路チップ上に集積化、125℃までの高温環境で20Gbps高速変調動作、15Tbps/cm2という単位面積当たりの高速伝送密度動作を達成し、世界を驚かせた。この業績は、荒川教授が中心研究者となった「最先端研究開発支援プログラム(FIRST)」のプロジェクトにおいて、光電子融合基盤技術研究所(PETRA)・東大・QDレーザ3者の共同研究により実証したものである。演算やメモリーは電子によるLSIが担い、早晩、ボトルネックとなるLSI間のデータ転送を光信号が担うという電子機器のパラダイム・シフトを実現しようとしている。荒川教授は、20年後の野球ボール大のスパコンを夢として描く。

シリコン光配線回路チップ

シリコン光配線回路チップ

膨大な市場が見込まれる網膜直描型レーザアイウェア

可視半導体レーザーモジュールを眼鏡型アイウェアに装着して、網膜に直接描画する新タイプのレーザアイウェアの開発も株式会社QDレーザと荒川教授らとの共同研究により進み、全世界で膨大な人口を数える弱視者(ロービジョン)向け医療用として、現在、治験段階にある。このレーザアイウェアを装着すれば、弱視者にとって、日々の生活視認性を改善する福音となる。このレーザアイウェアの世界市場として、2020年ごろには約1500億円が見込まれるほどだ。これもイノベーションの一つである。

網膜直描型レーザアイウェア

網膜直描型レーザアイウェア

単一光子源型量子暗号通信において世界最長記録を実現

量子情報分野では、まさに量子ドットデバイスが本領を発揮する。量子ドットを用いた通信波長帯単一光子源による量子暗号鍵配付通信で画期的成果を実現した。単一光子源方式で初めて都市間通信をカバーできる世界最長の量子暗号鍵配付距離120kmを達成した。東大の拠点に株式会社富士通研究所および日本電気株式会社(NEC)の競合企業同士の研究者が同じ実験テーブルに実験系を構築する稀有な産産学連携で研究開発を加速することができた。通常の量子暗号通信では、連続波のレーザーを極限まで減衰して疑似的に単一光子を発生させる。しかし量子ドットを用いると、単一光子を高純度に発生できる。この単一光子源方式量子暗号は、システムの運用や管理が簡便という、実用化のうえで欠かせない長所を持ち、実用レベルを達成できた意義は大きい。

単一光子源による世界最長距離量子暗号鍵配付実験

単一光子源による世界最長距離量子暗号鍵配付実験

高感度量子ドット赤外検出器や量子ドット太陽電池にも応用展開

ドット構造による波長選択性や高感度化を武器に中・遠赤外領域のリモートセンシングなどへの応用を目指して量子ドット赤外検出器の開発でもNECと連携研究を進めた。すでに256×320アレー素子化による赤外線撮像デバイスを作製し、シャープな赤外線画像も得られ、衛星搭載のリモートセンシングデバイスとして実用化も間近だ。

量子ドットによる中間バンド型太陽電池の研究にもシャープ株式会社と連携して取り組み、理論的な光電変換効率は75~80%に達することを初めて示した。実験的にも中間バンド型量子ドット太陽電池の原理を裏付ける単一量子ドットからの2段階光吸収を確認するなど、基礎基盤から着実な研究開発を積み重ねている。

量子ドットを用いた赤外線撮像デバイスと画像

量子ドットを用いた赤外線撮像デバイスと画像

ナノ科学によるイノベーションのパイプライン化

ナノ量子情報エレクトロニクス連携研究拠点プロジェクトの基盤研究でも大きな成果を生み出した。量子ドットレーザーで最小となる量子ドット単一ナノワイヤレーザーの室温発振に世界で初めて成功したほか、さらに小型化可能なプラズモニックナノワイヤレーザーの室温発振に成功するなど、次世代のレーザアイウェアへの搭載に向けた成果を輩出した。

さらに、ワイドギャップ半導体である窒化ガリウム量子ドットを用いた単一光子源も開発し、室温を越え、70℃以上(350K)の高温動作を達成した。この成果は、室温における量子情報処理集積回路の可能性を拓くものである。

量子ドットが電子1個を制御するならば、これとアナロジーと対比されるのが光子を制御するフォトニック結晶だ。1次、2次元に加え、あらゆる方向から光を制御可能な3次元フォトニック結晶も作製し、この技術を用いた3次元フォトニック結晶ナノ共振器レーザーの発振にも世界で初めて成功している。

これら基盤的研究成果を含め、量子ドットレーザーの通信応用に限らず、チップ間光配線用光源、レーザアイウェア光源、量子暗号通信、量子情報処理など、超高速・超安全・超低消費電力を追求する先端技術を次々生み出している。荒川教授によるイノベーションのパイプライン化への挑戦が続く。

窒化ガリウム量子ドットを用いた単一光子源

窒化ガリウム量子ドットを用いた単一光子源