事業成果
薄くて柔らかく
人間と調和する有機デバイス2019年度更新
- 染谷 隆夫(東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻 教授)
- CREST
- 大面積ナノシステムのインタフェース応用「プロセスインテグレーションによる 機能発現ナノシステムの創製」研究代表者(2009-2012)
- ERATO
- 「染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクト」 研究総括(2011-2017)
- SICORP
- 「皮膚貼り付け型センサーによる高齢者健康状態の連続モニタリング」 日本側研究代表者(2016-2018)
- ACCEL
- 「スーパーバイオイメージャーの開発」研究代表者(2017-2021)
生体と調和する柔らかいエレクトロニクス
生体と調和する柔らかいエレクトロニクス
スマートフォンの例を挙げるまでもなく、情報通信・エレクトロニクス分野はめざましい発展を遂げており、ポータブルセンサーを備えたウェアラブルデバイスやスマートフォンなど、電子機器を用いた健康管理も急速に普及しつつある。そんな中で、生体が発するさまざまな情報を読み取り、利用する技術に対する期待はますます大きくなっている。
これまでのエレクトロニクスは、ほとんどが無機の硬い材料でできており、柔らかい生体との適合性が低く、医療・バイオ分野への応用は限定的であったが、近年、この分野では、シリコンに代表される無機材料に代わり、低コストで、軽くて柔らかく、かつヘルスケア分野で活用できる生体適合性の高い有機材料に注目が集まっている。
染谷隆夫教授は、人間と調和する有機デバイスの開発にいち早く着目し、材料と素子化の研究を積み重ねてきた。細胞などの生体組織は、硬い素材に触れると炎症反応を起こすことが多々ある。そこで染谷教授が着目したのが、柔らかく、かつ生体と調和する有機半導体分子など分子性ナノ材料だ。「伸縮性エレクトロニクス」と呼ばれる新たな領域のフロントランナーとして走り続ける。ナノテクノロジーを駆使し、これまでに独自のデバイス技術により、曲げたり、伸ばしたり、捻ったりできるさまざまな電子デバイスを作り上げてきた。CREST では、有機トランジスタを用いて、大面積性に優れ伸縮性のあるシート状のセンサーを製作する技術を開発。ERATO では、厚さ1 マイクロメートルという極薄の高分子基材上に高性能有機トランジスタ集積回路を作製する技術を確立。小さく丸めても壊れず、人間の肌のような曲面に貼り付けて使用できるシートセンサーを開発した。
有機デバイスで身体が出す情報を読み取る
染谷教授らは、生体表面の動きに追従し、生体が発する情報を読み取る装置「生体プローブ」を実現しようと考える。生体組織との密着性が増せば、あらゆる部位からの微細な電気信号を低ノイズで測定できる。この技術は、健康状態をモニターするセンサーから、生体内への埋め込みを想定したデバイスまで、あるいはウェアラブルやインプランタブルなセンサー等、さまざまな分野、用途に広く展開できるものになる。
染谷教授らの作る「有機デバイス」は、印刷により作製可能で、柔軟な高分子フィルム上に容易に作り上げることができる。有機材料ならではの特異的な機能を生かせば、生体と調和し、融合する新しいデバイスを簡便な方法で開発できる。ただ、そのままの形では医療には応用できない。より生体に適合した有機材料を用いて生体プローブの開発を進めている。
世界最軽量・最薄の柔らかい電子回路を開発
2013年、染谷教授らは世界最薄(2 μm)で最軽量(3 g/m2)の柔らかい電子回路の開発に成功した。厚さ1.2 μmの高分子フィルム上に作り込んだ高性能な電子回路は、厚さ2 μmと一般的なラップの5分の1の薄さだ。その重さは羽よりも軽い。しかも、くしゃくしゃに丸めても壊れない。
染谷教授らは、この技術を用いて、湿布のように体に貼り付けるだけで生体計測ができるシート型電子回路を実現した。高分子フィルムに、高性能な有機トランジスタの集積回路を作り、生体と直接接触する電極部分だけに粘着性のあるゲルを盛った。表面は粘着性があるため、ずれたり取れたりしない。計測対象となる人の皮膚やラットの心臓の表面に直接貼り付けたところ、皮膚や心臓の動きなどの生理電気信号を測定できた。
ここで開発した、伸縮性基材に有機トランジスタを実装する技術は、染谷教授独自の技術の一つであり、さまざまな展開が図られている。くしゃくしゃに曲げられる超柔軟有機LEDや、薄型で伸縮自在なスキンディスプレイの開発等に応用されている。
さらに、1回のプリントだけで高い伸縮性と導電性を持つ微細なパターンを形成できる新型インクの開発にも成功している。このインクにはフッ素ゴムが含まれており、元の長さの5倍以上に伸ばしても世界最高の導電率を達成している。またインクを用いてスポーツウェア用の布地両面に印刷し、腕に巻くサポータータイプのセンサーを試作したところ、微弱な筋電位を計測できた。いつでもどこでも筋電位を含むさまざまな生体情報を全身から同時に計測することができれば、服のように身につけられるウェアラブルデバイスとしてさらに幅広い応用に繋がる。
世界最軽量・最薄の柔らかい電子回路
スキンディスプレイ ~貼るだけで人の肌がディスプレイに~
ナノ粒子の自然形成による伸縮性配線
生体計測による生活の質の向上を目指して
染谷教授らが目指すのは、柔らかいエレクトロニクスで私たちの日々の暮らし、特にヘルスケア・医療・福祉などの分野に革新を起こすことだ。そのために、プロジェクトでは多種多様な応用を模索している。伸縮性有機LEDの医療分野への応用としては、貼るだけで血中酸素濃度等の測定が出来るセンサーを開発した。有機光検出器と有機LED を実装したデバイスだ。
また、一週間皮膚に貼り付けても炎症反応を起こさない生体適合性材料によるスキンセンサーの開発にも成功している。生体適合性の高い金とポリビニルアルコール(PVA)のナノメッシュ構造体で、シート状に作製したものを皮膚の上に載せ、霧吹き等を用いて水を拭きかけることにより簡単に装着できる。ナノサイズの微細な構造が指紋等の肌の凹凸にぴたりと追従し、身体からの電気信号を低ノイズで測定できる。微細構造は汗腺を塞ぐこともなく皮膚呼吸が可能で装着感を感じさせない。これらの技術を応用すれば、装着感のないヘルスケアセンサーや、ストレスフリーの福祉用の入力装置、医療電子機器用のセンサー、衝撃に強いスポーツ用のセンサーなど多方面で画期的な機器が開発できる。医療分野への応用事例として、ナノメッシュセンサーと伸縮性銀配線、無線モジュールを組み合わせた心電計測システムの開発にも成功した。
血中酸素濃度/脈拍数センサー
ナノメッシュ電極
心電計測への応用
誰もが簡単に生体情報をモニターし健康を守ることのできる社会へ
少子高齢化社会を迎えるわが国では、国民の生活の質の向上や、医療コストの軽減が喫緊の課題になっている。これまでに開発したバイオ有機デバイスを最先端の情報基盤やエレクトロニクス技術に融合し、ヘルスケア・医療分野で活用することにより、少子高齢化社会に伴うさまざまな問題の解決が期待される。
現在、染谷教授は、ACCEL事業において、CREST、ERATO両事業を通じて得られた技術を統合・発展させ、1枚のシートを皮膚に接触させるだけで誰もが簡単にさまざまな生体情報を計測できるスーパーバイオイメージャー(伸縮性イメージセンサー)の開発に取り組んでいる。皮膚に貼り付けても装着感やストレスがなく健康状態を24時間モニターし続けられるウェアラブルなセンサー、システムの開発により、健康管理や疾患予防など、さまざまな場面で人々の生活を支え、安心・安全で快適な社会の実現を目指しているのだ。誰もが簡単に自分の生体情報をモニターし、自分の健康を守ることに役立てられる。そんな日が近づいている。
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