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50年来の難問であった抗生物質の薬効メカニズム本体を解明
―アムホテリシンBの副作用軽減および新規抗真菌薬開発の足がかりとして期待―

ERATO村田脂質活性構造プロジェクト

大阪大学大学院理学研究科の梅川雄一助教(元ERATO村田プロジェクト特任助教)と山本智也特任研究員(現・理研基礎科学特別研究員)らは、岡山大学異分野基礎科学研究所の篠田渉教授らとの共同研究により、ポリエンマクロライド系抗真菌性抗生物質であるアムホテリシンB が、薬効を示すために真菌の細胞膜で形成するイオンチャンネル複合体の構造を明らかにしました。この成果は、2022年6月18日に「Science Advances」で報告されました。(DOI: 10.1126/sciadv.abo2658)

アムホテリシンB(AmB)は、カンジダ属などの複数の真菌(カビ)に対して優れた抗真菌活性をもつことから、頼りになる真菌感染症治療薬として長年使われています。例えば、免疫機能が低下した新型コロナウイルス感染者は、しばしばカビなどに感染しますが、特に、黒色真菌感染によって、発熱や頭痛、せき、呼吸困難、血まみれの嘔吐症状を示すムコール症と呼ばれる真菌感染症は致死性が高く、インドでは大問題になっています。その治療にAmBが広く用いられ、多くの人命を救っています。一方、この強い抗真菌作用とは裏腹に、AmBには腎毒性などの重篤な副作用があり、それが臨床上問題となることがあります。この臨床上の問題の解決には、AmBの薬理作用と副作用のメカニズムを解明しなければならないので、世界中で多くの研究者がこの難題に取り組んできました。最初の仮説は50年前に提唱されたもので、真菌細胞膜に含まれるエルゴステロール(Erg)と共に複数のAmB分子が集合して形成されるイオンチャネルが抗真菌活性の本体であるとされましたが、それを直接裏付ける実験結果は得られませんでした。その後も多くの研究者が様々なアプローチで取り組んできましたが、50年以上にわたりAmBのイオンチャネルの構造は不明なままでした。その大きな理由は、これまでこのイオンチャネルの形を分子、原子レベルで解析する手段がなく、また、電子顕微鏡などで直接見ることができないためです。

大阪大グループは、この難問を解くべく固体核磁気共鳴(固体NMR)と呼ばれる特殊な装置に着目しました。この装置もイオンチャネルの構造を直接見ることはできませんが、そのかわりに分子の数や特定の部位間の距離といった断片的な情報を得ることができます。梅川助教らはERATO村田脂質活性構造プロジェクトでJSTの支援の下に最先端の固体NMR装置を導入し、この断片的な情報を少しずつ地道に収集していきました。そしてその情報から分子を3次元的に組み立てていくことでイオンチャネル全体の構造を推定しました。

構造の推定はできましたがまだ大きな問題、すなわち本当にこの構造が存在しうるのか、またイオンチャネルとして機能しうるのかという問題があります。そこで、篠田教授らと共にコンピュータの力を借りて、固体NMRから推定した構造の安定性とイオンチャネルとしての機能を調べました。すると驚くべきことに、固体NMR測定から推定した構造は非常に安定に存在しうること、そしてこれまでに報告されていたイオンチャネルの性質とぴたりと一致することが明らかになり、ここに50年来の難問であったイオンチャネルの構造を解くことに成功しました。

本研究成果により、AmBの薬効メカニズムの本体であるイオンチャネルの構造が明らかになったので、副作用を抑えたAmB誘導体や新規抗真菌薬の開発の足掛かりとなる可能性があります。また、本研究で用いたアプローチは、薬理活性物質の作用機構に関する残された難問、例えば創薬のターゲットにもなっている膜タンパク質の阻害剤開発などに対しても重要なヒントとなると期待されます。

【大阪大学プレスリリース】https://www.sci.osaka-u.ac.jp/ja/topics/10582/

  • AmBとErgの化学構造(上)と、これらが真菌細胞膜中で形成するイオンチャネル構造の模式図(下)。AmB分子が複数集まることで、細胞膜に親水的な穴を形成する。この穴をカリウムイオンやナトリウムイオンが透過することで細胞のイオンバランスが崩れ、真菌を死滅させる。また、Ergやリン脂質と相互作用することで、イオンチャネル構造を安定化する。

    AmBとErgの化学構造(上)と、これらが真菌細胞膜中で形成するイオンチャネル構造の模式図(下)。AmB分子が複数集まることで、細胞膜に親水的な穴を形成する。この穴をカリウムイオンやナトリウムイオンが透過することで細胞のイオンバランスが崩れ、真菌を死滅させる。また、Ergやリン脂質と相互作用することで、イオンチャネル構造を安定化する。

  • 固体NMR装置(左)を用いてイオンチャネル構造に関する断片的な情報を取得した。それらをもとに分子の3次元的な配置を考えることで、イオンチャネルの全容を明らかにした(右)。

    固体NMR装置(左)を用いてイオンチャネル構造に関する断片的な情報を取得した。それらをもとに分子の3次元的な配置を考えることで、イオンチャネルの全容を明らかにした(右)。