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これからヒーロー!Vol.09

生き物マネして医療を救う?!の巻/阿部博弥さん(東北大学)

#生物#医療・医学#物理・化学#材料・産業

運命のいたずらは、“マジピタヒエトレール”から始まった…。
水中接着剤がくっつける、ひと夏の恋。

それは、穏やかに晴れた夏の午後のことだった。
岩場を気持ちよく歩いていた少年は、足を滑らせ、腕をざっくり切ってしまう。
傷口をふさがなくては。でも、転んだときに濡れてしまったせいで、絆創膏を貼っても、すぐに剥がれてしまう。
「ぼくは……ここで終わってしまうのか……」
痛みと不安に打ちひしがれる少年。
そのときだった。
「そんなときには、マジピタヒエトレールよ!!」
どこからともなく現れた何者かが、少年の傷口に何かをそっと貼りつける。
濡れているのに、剥がれない。ずれない。マジでピタッとくっついている。
そして、傷口にやさしく貼り付けてくれた何者かの正体は――
なんと、ムール貝。
こうして少年は窮地を救われ、そしてなぜか、ムール貝に恋をした。
……ところで、「マジピタヒエトレール」とは、一体何なのか?
ムール貝の接着の仕組みにヒントを得て作られた、医療現場での活用も目指す水中接着剤の研究を紹介。

研究者名:阿部 博弥(東北大学 学際科学フロンティア研究所 准教授)

【アフタートーク】
〜ムール貝に学ぶ水中接着剤のヒミツ〜

ゲスト
ムール貝(学名:ミティルス・ガロプロヴィンキアリス)
女神のような姿。優しさと強さを併せ持つ貝。人間がけがをすると、「マジピタヒエトレール」という黒いゲル状の物質を貼って手当てしてくれる。マジピタヒエトレールは、血液や汗などでぬれた皮膚にしっかりくっつくのに、冷やすだけですっと剝がれる不思議な接着剤。

〜ムール貝の接着の秘密とは?〜
ワン:今日は、水の中でもしっかりくっつく「水中接着剤」のヒントになったミティルス・ガロプロヴィンキアリスさんをお迎えしました。ミティルス・ガロプロヴィンキアリスさん、ヒーロー認定おめでとうございます!

猫田:え、ミティルス?アリス?なになに、なんて名前?

ムール貝:ふふふ、長いから「ムール貝」と呼んで。ヒーローだなんてそんな柄じゃないけど、みなさんのお役に立てるならうれしいわ。

ワン:ムール貝さんのすごいところは、荒波に打たれても岩場や船の底にくっついてびくともしないところなの。そのヒミツは・・・。

猫田:はいはい!!ぼく知ってる!ムール貝さんの足の先から出ているそのフサフサした糸みたいなやつのおかげだよね。

ムール貝:ふふふ、正解。足糸(そくし)といって、これが私の命綱。足糸の先にある接着たんぱく質のおかげで、海水の中でもしっかり岩にくっついていられるの。

ワン:その接着たんぱく質には、DOPA(ドーパ)という特殊なアミノ酸が多く含まれていて、DOPAには「カテコール基」というベタベタする特殊な化学構造があるのよね。

ムール貝:そう。カテコール基は、酸素原子と水素原子が結びついた水酸基(–OH)を2つ持つ構造で、岩とかの表面にある水酸基との間に「水素結合」を作ることができるの。

ワン:水素結合って、分子同士が“弱い手”をつないでいる感じだけど、それがたくさん集まるとすごい力になるって聞いたわ。

ムール貝:それに、カテコール基は水素結合だけじゃなくて、岩に含まれる鉱物や金属の表面にある金属原子と「配位結合」という強い結びつきを作ることもできるの。まるで岩の表面に“錨(いかり)”を下ろすように、しっかり固定されるのよ。

ワン:でも、そんなに頑丈にくっついていても、すっと離れることもできるのよね。

ムール貝:そう、今いる岩場が暮らしづらいと思えば、体と足糸がつながっている部分をゆるめて、足糸の束をその場に残して離れることもできるのよ。

猫田:なんて自由自在なんだ!

~医療の未来を変える水中接着剤~
ワン:そんなムール貝さんをヒントに、東北大学の阿部博弥さんたちがすごい技術を開発したのよね。

ムール貝:そう。私たちの足糸が岩場にくっつく仕組みを参考に、「ドーパミン」と「温度に反応する高分子」を組み合わせた新しい接着剤を作ったの。

猫田:マジピタヒエトレールだ!ん?ドーパミンって聞いたことあるぞ。

ワン:ドーパミンは私たちの脳にもある「神経伝達物質」。気分を良くしたり、やる気を出させたりする働きを持っているものだけど、ドーパミンにもベタベタするカテコール基の化学構造があるんだって。阿部さんたちの研究ではドーパミンを使っているのよ。そんな身近な分子が接着剤にも応用されているなんて、科学って面白いわね!

ムール貝:阿部さんのチームは、ドーパミンを弱アルカリ性の水溶液で2日間化学反応させて、上下で性質の異なる二層構造のハイドロゲルを作り出すことに成功したの。上の層は硬い「タフゲル層」、下の層はしっかりくっつく「接着層」。まるで私の足の糸の構造みたいでしょう。

ワン:「水中接着剤」という名前だけど、上のタフゲル層はくっつかないから、片面テープみたいな使い方なのよね。その接着力は、1cm2あたりで約1kgの重さを持ち上げられるほどだそうよ。すごいわね!

猫田:えぇ!めちゃくちゃ強力!でもそんなにがっちりくっついたら、一生くっついたままだね。

ワン:ここで接着剤に入っている「温度に反応する高分子」がいい仕事をするのよね。

ムール貝:そうなの。この接着剤は、「温度に反応する高分子」の働きで、人間の体温に近い35度くらいになると水を追い出して硬くなって、接着力がぐんと強くなる。逆に35度より低い温度では水を吸ってぶよぶよに柔らかくなるから、接着層が簡単に裂けて、剥がせちゃう。剝がすときは、くっついていたときの1,000分の1くらいの力でOKなのよ。

猫田:そんなに弱い力で!体温くらいになるとピタッとくっついて、35度より低い温度でスッと剥がせる。まるでスイッチつきの接着剤みたいだね。

ムール貝:ふふふ、良いことを言うわね。

ワン:阿部さんの研究は、「ぬれた場所でも使える接着剤を作りたい」という社会課題から始まったのよね。

ムール貝:ええ、そうよ。医療の現場では、血液や汗などでぬれた皮膚に貼る必要があるけれど、普通の接着剤だとすぐ剝がれてしまう。だから私たちの足糸の仕組みをヒントに、新しい接着剤を作ることに挑戦したそうよ。

猫田:具体的には、この水中接着剤をどんなふうに使おうとしているの?

ワン:例えば、皮膚に貼る医療用パッチや、体の中の臓器にセンサーを貼るときに使うことが考えられているの。体の中にセンサーを取り付けることができれば、外側からの測定では分からなかったより詳しい生体情報が得られて、医療に役立てることができるのよ。

ムール貝:それに、測定が終わったらその部分の体温を下げるだけで接着力が弱まり、簡単に剥がせるから、患者さんの体にやさしいの。

ワン:通常の接着剤は一度つけてしまうと、ずっとくっついたままのものがほとんどで、剝がすときに、くっつけたものの表面を壊してしまうことがある。それが皮膚だったり、体の中の臓器だったりすると、組織を傷つけることになってしまうから、できるだけやさしく剥がせることも重要と言われてきたの。阿部さんの水中接着剤は、そんな課題を解決する可能性を持った画期的な接着剤なのよ。

猫田:強いけどやさしい。まるでムール貝さんみたいだ。

ムール貝:ありがとう。私たちの足糸をまねた仕組みが、未来の医療に役立つ可能性があるなんてうれしいわ。

~自然から学ぶバイオミメティクス~
猫田:こんなふうに自然の仕組みをまねて開発することって、なんて言うんだっけ?

ワン:「バイオミメティクス」!生物(バイオ)をまねる(ミメティクス)って意味よ。自然の仕組みを科学で理解して、技術に応用するの。

ムール貝:例えば、ハスの葉の水をはじく性質を利用したはっ水素材や、ヤモリの足裏の構造をまねた接着テープもそうよ。私たちムール貝は、荒波の中でも流されないようにがんばっているのだけれど、その「粘り強さ」が水中接着剤につながり人の役に立つなんて、思いもしなかったわ。

猫田:でもバイオミメティクスって、ただまねするだけじゃなくて、生き物の仕組みを深く理解して、そこから新しいアイデアを生み出すんだから、すごく難しそう。

ワン:そうね。阿部さんも「自然の複雑な機能を一つ一つ解き明かして、自分たちの技術に生かしている」って話していたわ。

ムール貝:自然は何億年もかけて進化してきた“巨大な研究所”みたいなものなの。私たちの足糸も、その中の一つの発明品と言えるわ。

猫田:なるほど~。そういえば、阿部さんがバイオミメティクス分野に興味を持ったのは、高等専門学校生だったときに、数学の先生から「フィボナッチ数列」の話を聞いたのがきっかけなんだって。

ワン:花びらの枚数やヒマワリの種の並び方にも出てくる数列ね。

ムール貝:阿部さんはその時に初めて、自然に潜む秩序や美しさに気付いたそうよ。それからは、「花はただ咲いているのではなく、そこにはきっと“偶然ではない法則”が隠れているんだ」という視点に切り替わるようになったとか。

ワン:自然を観察することは、科学を学ぶことでもあるということね。自然は最高の先生なのかもしれないわね。

~自然と料理が育てた研究のヒント~
猫田:そうそう、阿部さんの実家はフレンチレストランを経営しているんだよね。

ムール貝:ふふふ。子どもの頃からお父さんが料理をする様子を見たり、盛り付けを手伝ったりしていたみたい。ちなみに、お店のおすすめメニューは、ムール貝のガーリックバター焼きだそう(笑)。この料理の写真が、阿部さんの学会発表資料の表紙になったこともあるとか。

ワン:ムール貝さん、あっちこっちで大活躍ね!

猫田:料理と科学って全然違うように思えるけど、材料の組み合わせやちょっとした手順の違いで結果が変わるところが似ているかも。

ワン:確かにそうね。阿部さんが親しんできた「自然の観察」と「料理」。その両方が阿部さんの豊かな感性を育んでくれたのね。だからムール貝さんの足糸からこんな素敵な研究が生まれたんだわ。

猫田:社会課題と自然界の仕組みを結び付けるのは、阿部さんの科学者としての腕の見せどころかもしれないね。

ワン:自然の力を信じてどんどんすばらしい研究を生み出していってほしいわ。ムール貝さん、これからも阿部さんと一緒にがんばってね。

ムール貝:ええ、これからも海の中でしっかりくっついて、阿部さんと一緒に自然の力を生かせるようにがんばるわ!


企画・制作:科学技術振興機構(JST)
アドバイザー:村松 秀(近畿大学 総合社会学部 教授)、早岡 英介(和洋女子大学 AIライフデザイン学部 教授)