「冬眠」が病人を運ぶ?の巻/砂川玄志郎さん(理化学研究所)
「病人を安全に遠くの病院に運べるヒーローを探して」という本部からの指令の下、“ワン”が連れてきたヒーロー候補は、なんとマウスとその鼻から飛び出した怪しげな妖精(?)。妖精は、とある神経の化身で、「私を刺激すると冬眠しないはずのマウスが、まるで冬眠のような状態になる」と語り出した。いずれこの能力を人間にも活かしたいという。一体どういうことなのか!?そして「病人を安全に遠くへ運ぶ」ことと冬眠にどんな関係が?!人工的に冬眠を誘導する研究の最前線を紹介。
研究者:砂川玄志郎(理化学研究所 生命機能科学研究センター 冬眠生物学研究チーム チームリーダー)

ヒーロー認定おめでとう!
~Q神経とワンのアフタートーク~
ワン:Q神経さん、今日は急な呼び出しだったのに、来てくれてありがとう!そして、ヒーロー認定おめでとう。
Q:いえいえ、暇してただけなんで、呼び出してもらって楽しかったわ。ヒーローの認定までしてもらっちゃって。なんかやる気でた~。
ワン:それにしても、冬眠しないマウスを冬眠みたいにできちゃうなんて、Q神経さん、ほんとすごい仕事してるよねー。
Q:ただ、冬眠みたいにさせられるってだけだけどね。
ワン:いやいや、世界中の研究者たちをめちゃくちゃ驚かせた研究成果なんだから。自信持って!!
Q:確かに~。私の能力が人を救急搬送することに使えて、命を救えるかもしれないってすごいことよね。自分のことながらちょっと感動した~。
Q神経発見のきっかけ
ワン:ところでQ神経の「Q」って、なにか意味があるの?
Q:Qは「QRFPペプチド」という物質の頭文字をもらってるのよ。ペプチドは、アミノ酸がつながったもののことなんだけど、私がQRFPペプチドを含んでいる神経細胞の集まりなもんで、そう呼ばれているわ。
ワン:Q神経さんが、冬眠みたいになることと関係しているってよく発見できたよね?
Q:私の能力の発見には、実はもうひとりキーパーソンがいるのよ。筑波大学に「睡眠」を専門に研究している「国際統合睡眠医科学研究機構(IIIS:トリプルアイエス)」っていう研究所があるんだけど、そこで研究していた大学院生が、私の能力に“ムムム?”と気がついてくれたことがきっかけだったわ。
ワン:と、言いますと?
Q:IIISでは、脳内でのペプチドの働きについて研究していて、QRFPもその対象だったそうよ。QRFPは食欲に関わるペプチドと考えられていて、マウスの脳にQRFPを注入すると食事量が増えて、QRFPを体から取り除くと食べなくなり、おとなしくなるという研究結果が過去に報告されていたの。じゃあ、QRFPを含むQ神経を直接刺激して「興奮」させたら、どうなると思う?
ワン:めっちゃ食べまくるとか?
Q:そう。食事量が増えそうだと考えられていたんだけど、実験して起こったのはその真逆!マウスは飲まず食わずになって、28度の体温で2日も寝続けたのよ。その実験を進めていた大学院生は、もしかして何か特別なことが起こっているのでは?と思って教授に相談したところ、教授が「これはもしや、冬眠なのでは?」とピン!ときて、砂川さんに連絡をしたの。そこから一緒に詳しい研究が始まって、私の能力が見いだされたってわけなのよ。
ワン:へぇ~!!!予想と全然違うことが起こると困ってしまいそうだけど、そこを“ムムム?”と気がつけるのはすごいわねぇ。Q神経さんの力に気がついてもらえてよかったね。
Q神経の発見で、研究のスピードアップ!
Q:脳みその端っこでそーっと暮らしていたのに、急に表舞台に押し出されちゃって、ありがたいやら、恥ずかしいやら。でも、私の発見のお陰で、冬眠の研究スピードが大幅にアップしたみたいよ。
ワン:え、そうなの?
Q:病気と冬眠の関係を研究するには、前もってマウスを病気にしてから冬眠状態にする必要があるの。今では研究者がマウスを病気にしてから、好きなタイミングで私を刺激して、冬眠状態を誘導できるようになったから、お目当ての研究ができるようになったんだって。でもそれまでは冬眠動物が年に1回冬眠するのをじーっと待って、冬眠したところで研究を進めるスタイルだったから、冬眠動物をタイミング良く病気にして研究を行うことはとても難しかったのよ。
ワン:確かに、なかなか研究が進まなそうね・・・。
Q:そう、だから劇的に研究がしやすくなったそうよ。冬眠状態にすると病気の進行がどんなふうに変わるのかとか、手術するとき臓器へのダメージがどうなるのかとか、今ではいろんな研究がされていて、医療現場で応用できそうな成果が生まれているみたい。
ワン:Q神経さんは、未来の救急搬送だけじゃなくて、もうすでに活躍しているのね。
Q:いやー、それほどでも(ニヤリ)。
冬眠で宇宙旅行や未来にワープも?!
ワン:砂川さんたちは、2040年までに、人を数日間眠らせて救急搬送することを目指しているみたいね。
Q:そう、もう少しね。実は砂川さんたちは、短時間の冬眠状態が実現できれば、その時間を何年も延ばせるだろうと考えているのよ。将来は地球から離れた遠い宇宙を旅したり、何年も先の未来で目を覚ましたり、そんなことができるようになるかもしれないんだって。ゾクゾクするぅ~!
ワン:えー!!宇宙や未来まで見えてくるの~!!冬眠研究って夢が膨らむわね。
Q:面白い研究でしょ。ただね、みんなで考えないといけないこともあるのよ。冬眠状態の人は、意識がなくてずっと眠っているような状態よね。将来目が覚めるとはいえ、何年も寝続けている間、社会の側ではこの人をどう扱ったらいいんでしょう?例えば、税金は払ってもらってもいいの?とか、保険はどうするの?とか、人権はどうなるの?とか。科学技術ができたときに慌てないように、話し合っておく必要がありそうよ。
ワン:なるほど、科学技術だけに留まらない話なんだね。
Q:そうなの。とはいえ、冬眠研究もまだまだ分からないことがいっぱい。ヒーロー認定ももらったし、私も砂川さんと一緒に頑張るわ!
ワン:未来が楽しみだね。Q神経さん、影ながら応援してるわ!
理化学研究所プレスリリース「冬眠様状態を誘導する新規神経回路の発見-人工冬眠の実現へ大きな前進- Science Portal 「理研など、人工冬眠の医療応用に向けてマウスで成果 心臓手術時に腎臓への負担を軽減」 理化学研究所 生命機能研究センター 砂川玄志郎(2022)『人類冬眠計画-生死のはざまに踏み込む-』岩波書店 岩波科学ライブラリー 砂川さんの研究を支援するプログラム「創発的研究支援事業」
アドバイザー:村松 秀(近畿大学 総合社会学部 教授)、早岡 英介(羽衣国際大学 現代社会学部 教授)