1.総括責任者
北野宏明((株)ソニーコンピュータサイエンス研究所 シニアリサーチャー)
2.研究の概要
生命現象は、多くの要素の複雑な相互作用のもとに成り立っている。一般に、このような系は、一まとめに「複雑系」として扱われるが、実際には、多くの多様性を持った要素が選択的な相互作用をしている広義の共生系(1)と捉えたほうが適切である。この見方においては、生物学とは、このような共生系の理論と具体的形態・動態の理解の学問であると言える。
現在の生物学は、ヒトゲノム計画に代表される一連のゲノム解析プロジェクトなどによって、生命現象に関わる要素(遺伝子、酵素など)の特定を非常な勢いで進めている。また、一連の遺伝子操作技術により、多くの突然変異体が作られデータを供給している。さらに、発生段階において時期特異的・位置特異的に発現する遺伝子などに関して、おびただしい量のデータが生み出されようとしている。しかし、選択的に相互作用する膨大な数の要素が作り出す、ダイナミクスの理解に関しては、ほとんど手がついていないというのが現状である。
本研究は、生命現象を広義の共生系と捉え、遺伝子発現の調節、代謝、神経回路網の形成等に対しシステム工学としての解析を加えるとともに、それによってもたらされる新たな知見を工学的に応用する新概念の提唱を目的とする。まず、分子生物学の分野では、遺伝子発現調節と代謝ネットワークの大規模かつ精密なコンピュータ・シミュレーション・モデルの構築、及びそれに付随する解析手法の探究を行う。具体的には、まず、酵母、線虫、及びショウジョウバエを主な対象に、数万遺伝子規模の形態形成・分化・神経発生のシミュレーション・モデル、及び、シミュレーション・モデルと連動し、未知の遺伝子・代謝回路を(半)自動推定する知的仮説生成システムの構築を図る。このシステムは、酵母に関しては全遺伝子と現在知られている代謝回路を全て実装し、色々な遺伝子実験が仮想的に行うことができるシステムとする。線虫とショウジョウバエに関しても、現在知られている遺伝子と代謝回路を全て実装し、発生過程を詳細にシミュレーションし、色々な仮想的遺伝子操作やその他の仮想実験を行うことができるシステムとする。当然、現象の正確な再現には、多くの生物学的情報が不足である。そこで、このシステムを利用し、情報の不足している具体的な現象に対して予測・仮説の提示を行う。その上で、実際の生物実験を行い検証を行う。これら、モデルの構築と検証を通して、複雑な生命システムのもつ基本的構造の理論的研究および遺伝子や発生という概念を内包した新たな工学システムの体系を提唱する。
また、遺伝子のレベルと同様に、高度な知能の発現に関しても、多様性と選択性がキーであり、多様な感覚入力とそれをもとに制御可能な大自由度運動系(2)の選択的かつダイナミックな結合を研究することが重要であるとの視点に立ち、高度な移動ロボットと精密なシミュレーターを用いて多様な感覚入力と非常に大きな自由度を持つ体を統合した系の挙動と制御の研究を行う。
この一連の研究は、分子生物学の研究に、理論予測という側面を強く加えることとなり、生命現象に対するより精密な理解を推進する可能性を含んでいる。また、この生命をシステムとして捉えるアプローチはシステム・デザインに新たな道を拓くものと期待される。
用語解説
3.研究の進め方
本研究では、(1)システム・バイオロジー、(2)共生系知能の2グループを設置し、相互に緊密な連携を保ちつつ研究を展開する。それぞれのグループでは、モデル動物のシミュレーション・解析システム構築、共生システムの理論構築及び検証実験、共生システムを具体化した工学システムについて有機的に組み合わせて研究を行う。
4.研究事項
(1)システム・バイオロジー
酵母、線虫、ショウジョウバエなどの代表的モデル・システムの詳細なシミュレーション・システムの構築と、連動して使用されるパラメータ推定システム、仮説生成システムなど一連のシステムの構築を行う。さらに、モデル構築及び予測などで得た知見をもとに、理論構築を行うとともに、その理論に基づき、未知遺伝子や代謝ネットワークなどの予測と制御を試みる。具体的には、多細胞系の発生過程や酵母の詳細モデルの作成などが主な研究対象となる。また、本研究の基礎データ獲得及び予測の検証に必要な基礎実験を行う。
(2)共生系知能
多様な感覚入力と大きな自由度を有するロボット及びそれと等価なシミュレーターを開発し、知能の発現というレベルで、多様性と選択性の概念の役割を追求する。
5.研究期間
平成10年10月1日〜平成15年9月30日
This page updated on September 30, 1998
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