科学技術振興事業団報 第335号
平成15年7月10日
埼玉県川口市本町4-1-8
科学技術振興事業団
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「地球環境における林冠の役割を明らかに」

 科学技術振興事業団(理事長 沖村 憲樹)の戦略的創造研究推進事業の研究テーマ「熱帯林の林冠における生態圏-気圏相互作用のメカニズムの解明」(研究代表者:中静(浅野)透 総合地球環境学研究所 教授)で進めている研究の一環として、森林の林冠(注1)が生態系で果たす役割や、地球規模の気候変動が林冠を通じて生態系に与える影響をまとめ、総説として発表した。この総説は、総合地球環境学研究所の中静透教授、吉村充則助教授らによって、サーレイ大学(University of Surrey, 英国)のオザーネ教授(Ozanne, C.M.P.)をはじめとする林冠の全球的研究プログラム(Global Canopy Program、注2)実行委員メンバーとの共同執筆で、平成15年7月11日付の米国科学雑誌「Science」で発表される。

【内容】
 森林は地球上の陸上生物量の90%を有する生態系であり、地球規模の気候変動の影響を受けて変化しつつあると同時に、二酸化炭素の吸収や水循環、生物多様性の維持などで地球規模の環境にも重要な役割を果たしている。この森林の働きの重要な部分が、林冠で行われているといわれてきた。林冠には森林のほとんどの葉が集中し、光合成や呼吸を通じて二酸化炭素や水蒸気などのガスを大気との間で行っている。また生産された葉や花、果実を食べる多様な動物が生活する生物多様性の高い部分でもある。このような重要性にもかかわらず、地上数十メートルの高さへのアクセスの困難さがあって、最近まで詳細な解明が行われずにきた。
 近年、タワー、林冠ウォークウエイ、クレーン、バルーンなどの林冠アクセス方法が発達し、研究者が林冠にアクセスし、林冠の生物を直接観察したりその活性を測定したりすることが容易になった。戦略的創造研究推進事業では、マレーシアのサラワク州に高さ80mの林冠クレーンを建設して研究を行ってきた。これを含み、すでに世界で12基の林冠クレーンが建設されており、それらの調査地間での共同研究もはじめられている。それらの研究の結果、これまで知られていなかった林冠の実態とその生態系における役割、さらに大気圏との相互作用を通じた地球環境との関係が明らかになりつつある。
 これまでの報告を総合すると、地球上の陸上現生生物の約40%が森林の林冠に生息し、うち10%は林冠にのみ生息していることになる。また、森林の植物のうち10%は林冠で樹木に着生する植物である。このような生物の多様性は、林冠が光合成の場所であると同時に、複雑な三次元構造をもつことに原因の一端がある。
 森林のガス交換を世界各地で測定するネットワーク研究(FLUX-NET)により、多くのデータが集積されつつあるが、林冠クレーンなどを用いた研究では、さらに詳しい反応が研究されている。樹木の光合成や呼吸による二酸化炭素や水蒸気などのガス交換は、葉・枝レベルで詳細に測定されているが、その反応は種のもつ性質(葉の構造、枝や幹の形と水や光合成産物の移動)によって大きく異なっている。これらの活性や反応を森林全体、さらには地球規模での推定へと統合してゆく研究が進んでいるが、そのために、森林の三次元構造がLIDAR(レーザーの反射から三次元構造を測定する方法)などによって解明されつつある。この手法は、さらに衛星によるリモートセンシングデータと結びつけることによって、広域の林冠構造やその活性を推定する手法へと発展される。パナマやマレーシアのクレーンサイトは、このような目的のためにリモートセンシングの検証サイトとして指定されている。
 森林が持続的に維持されるためには、樹木の繁殖活動(開花・結実することで種子を生産する)の継続が重要である。開花や結実は、低温や乾燥など気候条件によって引き起こされる。したがって、地球規模での気候変動が、樹木の繁殖活動に大きな影響をおよぼす。今後予想される温暖化や伐採などが、樹木と送粉昆虫の相互作用系に影響し、森林の持続性にかかわる重大な変化が起こる可能性もあるだろう。
 森林が炭素のシンクかソースかは、未だに結論が出ていない。いろいろな実験が行われているが、成熟した樹木の反応は成長途中の樹木とは異なる可能性があり、林冠での実験が必要である。スイスで行われている林冠での高CO2実験によれば、その影響が菌根や昆虫に現れている。また、大気中の微少粒子によって光合成に有効な光の量が減少すると、林冠での二酸化炭素吸収が減少する可能性も指摘されている。森林からの蒸発散はアマゾン流域の中心で1日に3-5mmの降水量に相当すると推定されている。今後、高CO2環境や伐採などが樹木の蒸散量やひいては流域の水循環に影響する可能性がある。一方、林冠から放出される揮発性有機物が雲の形成に影響するという予測もあるが、この放出量には樹種による差が大きい。
 このように、林冠が地球規模の環境に重要な役割を果たしている可能性があるものの、依然その研究は不十分である。現在、林冠研究の国際的ネットワーク(Global Canopy Programme, International Canopy Networkなど)が形成され、研究が進められようとしている。


この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。
研究領域:地球変動のメカニズム(研究総括:浅井 冨雄 東京大学名誉教授)
研究期間:平成10年度~平成15年度


(注1) 林冠(Canopy)
 森林の頂部で枝葉の茂った部分をさす。一本一本の樹木の枝葉の広がりは樹冠(crown)とよび、それらの集合を林冠という。Canopy は天蓋という意味だが、森林で用いる場合には林冠と訳している。日本の温帯林では地上20-30m、マレーシアの熱帯林では50-70mの高さに達する。
(注2) 林冠の全球的研究プログラム(Global Canopy Program)
 林冠研究を世界的に推進する目的で、結成された国際的ネットワーク。各地の林冠研究サイトを結んだ共同研究の提案、国際林冠会議(過去3回開催、2001年にはオーストラリアで開催)などを行う。本部はオックスフォード大学。総合地球環境学研究所の中静が実行委員として参加している。


【詳細説明】

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【本件問い合わせ先】
 中静(浅野)透(なかしずか とおる)
  総合地球環境学研究所
   〒606-8502 京都市上京区丸太町通河原町西入る高島町335
   TEL:075-229-6159 
   FAX:075-229-6151    

 森本 茂雄(もりもと しげお)
   科学技術振興事業団 研究推進部 研究第一課
   〒332-0012 川口市本町4-1-8
   TEL:048‐226‐5635
   FAX:048‐226‐1164    

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