科学技術振興事業団報 第205号
埼玉県川口市本町4−1−8
科学技術振興事業団   
電話(048)226−5606(総務部広報室)

若手個人研究推進事業における成果について
「染色体DNA複製開始の制御に関わるCdkの基質の解明」

 科学技術振興事業団(理事長 沖村 憲樹)の若手個人研究推進事業(さきがけ研究21)において、研究課題「DNA複製開始からDNA鎖伸長過程への移行機構」(研究者 荒木 弘之 国立遺伝学研究所 教授)に関して行われた研究で、染色体DNA複製開始の制御に関わる因子(Cdk:サイクリン依存性キナーゼ)の基質を解明することに成功した。この成果は細胞増殖の制御につながることが期待され、新たなガンの治療法に結びつく可能性をも秘めている。 
 本件は、英国科学雑誌「Nature」に発表されるが、印刷版に先立ち1月23日(日本では24日)付けでホームページ上に公開される。

 真核生物の正常な細胞周期は、染色体DNA(遺伝情報)の複製(倍化)[S期]と細胞の分裂 [ M期] が交互に調和して繰り返されている。また生理条件によっては、細胞は分裂を停止するように厳密に制御されている。この制御に異常が生じると、細胞1個あたりのDNA含量が変動して遺伝子発現に関わりがあるとされる病気になったり、細胞が異常な分裂を続けガン化へと繋がることがある。
 この細胞周期の制御を担う主要な酵素の一つがリン酸化酵素であるサイクリン依存性キナーゼ(Cdk)であり、Cdk活性の変動が細胞周期を制御していると考えられている。*1 遺伝情報の担い手である染色体DNAは、S期に一度だけ正確に複製され、娘細胞に伝えられていくが、Cdkの活性は、この染色体DNAの複製の開始にも必要であると長く信じられてきた。しかし、これまでCdkが染色体複製に直接必要であることを示す証拠はなく、CdkがS期にどのように複製開始を活性化するのかはまったく分かっていなかった。
 本研究は、出芽酵母を真核生物のモデル系として、染色体DNA複製開始の制御に関わるCdkの基質(Cdkにリン酸化されるタンパク質)を初めて明らかにしたものである。
 すなわち、DNA合成を行うDNAポリメラーゼが染色体DNAの複製を開始する領域に結合するためには、Dpb11タンパク質が必要であることを明らかにするとともに、このタンパク質と複合体を作るSld2タンパク質を同定し、Dpb11とSld2が複合体を形成することが染色体DNAの複製に必須であることを示した。 さらに今回、Dpb11とSld2の複合体形成にはS期CdkによるSld2のリン酸化が必要であることを明らかにした。このことは、S期にSld2がCdkによりリン酸化されるとDpb11と複合体を作り、DNAポリメラーゼを染色体DNA複製開始領域へ結合させ、染色体DNAの複製が開始されることを意味する。(補足説明資料 図1参照)
 動物等の高等真核生物ではSld2と同じ働きをするタンパク質は現在見い出されていないが、同様のタンパク質が存在する可能性も示唆されている。そして、Sld2様タンパク質の機能制御による細胞増殖の制御が可能になれば、ガンの治療に結びつく可能性をも秘めている。

*1 2001年度のノーベル医学生理学賞受賞者T. Huntらも細胞周期の研究者であり、Cdkの発見や機能の解析に貢献した人達である。
 
〈論文名〉 
S-Cdk-dependent Sld2 phosphorylation essential for chromosomal DNA replication in budding yeast
(S期Cdkに依存したSld2のリン酸化は出芽酵母の染色体DNA複製に必須である)
doi:10.1038/nature713
 
〈概要〉
科学技術振興事業団 若手個人研究推進事業 
「素過程と連携」 研究領域 (領域総括:大島 泰治)
研究課題名:DNA複製開始からDNA鎖伸長過程への移行機構
研究者:荒木 弘之(国立遺伝学研究所 教授)
研究実施場所:国立遺伝学研究所
研究実施期間:平成10年10月〜平成13年9月

 補足説明資料

【問い合わせ先】
蔵並 真一(クラナミ シンイチ)
科学技術振興事業団 戦略的創造事業本部
研究推進部 若手個人研究課
〒332-0012 埼玉県川口市本町4−1−8
TEL:048−226−5641,FAX:048−226−2144

荒木 弘之(アラキ ヒロユキ)
国立遺伝学研究所 細胞遺伝研究系微生物遺伝研究部門
〒411-8540 静岡県三島市谷田 1111
TEL: 0559-81-6754,FAX: 0559-81-6762

This page updated on January 24, 2002

Copyright©2002 Japan Science and Technology Corporation.