科学技術振興事業団報 第193号

埼玉県川口市本町4―1−8
科 学 技 術 振 興 事 業 団
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「魚毒シガトキシン CTX3C の化学合成に成功」

 科学技術振興事業団(理事長 沖村憲樹)は、戦略的基礎研究推進事業の研究テーマ「超天然物の反応制御と分子設計」(研究代表者:平間正博 東北大学大学院理学研究科教授)で進めている研究の一環として、サンゴ礁周辺の魚介類によって引き起こされる海産物食中毒(シガテラ中毒)の原因毒シガトキシンを人工的に全合成することに成功した。これにより、毒を含む魚の簡便な検出方法の開発や、中毒・メカニズムの解明に向けた研究への貢献が期待される。この研究成果は、東北大学大学院理学研究科の平間正博教授、大石徹講師(現、大阪大学大学院理学研究科講師)、井上将行助手、大栗博毅助手、東北大学大学院生命科学研究科の佐竹真幸助教授、東北大学大学院理学研究科博士後期課程3年生の上原久俊氏、同2年生の丸山潤美氏によって得られたものであり、11月30日付の米国科学雑誌「Science」で発表される。

 主に熱帯亜熱帯のサンゴ礁海域で起こるシガテラ中毒は、毎年2万人を越える人達がかかる世界最大規模の海産物食中毒である。その原因毒シガトキシンの毒性は、フグ毒(テトロドトキシン)より百倍近くも強いが、一匹の魚に含まれる量が極微量なので中毒しても死亡することは少ない。しかし、神経(ナトリウムチャネル)に作用するので、知覚・温覚異常、目まい、倦怠感、掻痒、関節痛、下痢、嘔吐、腹痛、脈拍・血圧低下、マヒ、昏睡などに苦しむことになる。しかも回復が遅いのが特徴で症状が数ヶ月以上続く。シガテラ中毒は、フグ毒とは違って、本来無毒な沢山の種類の食用魚が突然毒化して発生する。しかもシガトキシンを含む魚の味も匂いも全く正常魚と変わらないので、今後益々魚介類の輸出入が盛んになると、シガテラ中毒の温帯地域での発生が増加する危険が指摘されている。しかし、魚から抽出できるシガトキシンの量が極微量なので、毒を含む魚の簡便な検出法が開発されておらず、しかも神経薬理学上の研究や、作用のしくみ等の研究も大変立ち遅れている。
 そこで、有機化学の総力を結集したシガトキシンの人工合成が世界中で検討されて来た。しかし、シガトキシンは、環状エーテル(注1)が13個(ABCDEFGHIJKLM 環)つながった3ナノメーターの長さの巨大分子であり、それだけでも合成が難しい8,9員環(注2)を有し、57個の炭素、16個の酸素原子、30個を越える不斉炭素(注3)を持ち、通常の化合物に比べて大変複雑な構造を持っているため、合成は極めて困難であった。
 今回、平間らは、左右2つのフラグメントを連結する際に、間に新たに2個の環を作りながら連結する画期的な分子構築法(注4)を考案して、AB + E = ABCDE, (H)I + LM = (H)IJKLM, ABCDE + HIJKLM = ABCDEFGHIJKLM の様にして、小さな単環または2環の簡単なフラグメントから13個の環構造を効率良く収束的に全合成することに世界で最初に成功した。
 今回全合成されたのは、CTX3C と呼ばれる草食魚に多く含まれるシガトキシンであるが、平間らの分子構築法(注4)は、少しづつ構造の異なった仲間のシガトキシン類3種や様々な関連化合物の合成にも適用できる。この研究は、現代有機合成化学の最も困難な課題に挑戦して解決したランドマークであり、当該基礎研究分野の一層の発展を促すばかりでなく、シガトキシンの人工供給が実現されると、今後自然生態系を破壊(注5)することなく、以下のような科学他分野や社会への貢献が期待される。
 
1) 抗シガトキシン特異的抗体の作製が容易になるので、公衆衛生や魚類資源有効利用の観点から急務の課題である魚に含まれる微量な毒を検定する方法と中毒治療法(ワクチン)の開発。
2) 環状ポリエーテル毒の神経ナトリウムイオンチャネルへの結合に必須の要件の解明と、チャネルタンパク質のどこにどのように結合して神経毒作用を発揮するのか、その原理の解明。更に中毒治療(特効薬)への展開。
3) 電位依存性ナトリウムチャネル作用へのしくみを研究するための試薬として薬理・医学的研究の発展等。
 
この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。
    研究領域:単一分子・原子レベルの反応制御
           (研究統括:山本 明夫 早稲田大学理工学総合研究センター 顧問研究員)
    研究期間:平成9年度〜平成14年度
 
補足説明
 
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本件問い合わせ先:
    (研究内容について)
        平間 正博(ひらま まさひろ)
        東北大学大学院理学研究科化学専攻
        〒980-8578 仙台市青葉区荒巻字青葉
        TEL:022-217-6563  Fax : 022-217-6566
    (事業について)
        小原 英雄(おはら ひでお)
        科学技術振興事業団 戦略的創造事業本部 研究推進部 戦略研究課
        〒332-0012 川口市本町4-1-8
        TEL:048-226-5635  Fax : 048-226-1164
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This page updated on November 30, 2001

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