近赤外域微弱光検出装置


本新技術の背景、内容、効果は次の通りである。

(背景)
近赤外域における微弱光検出が望まれていた。

 自然科学の研究はもとより、医療診断、環境計測や光通信技術の高度化に向けて、光子レベルの微弱光の計測(注4)が必要となっている。このような光子レベルの光計測は既に精密な分光分析、天体観測などに利用されているほか、生体発光の検出あるいは血中微量物質の光化学的分析、光通信関連製品の開発や評価、レーザレーダによる環境監視など、各種応用が期待されている。従来、微弱光計測は主に可視領域付近において利用されてきたが、より長波長の近赤外領域においても、生体内での働きが注目される活性酸素の近赤外発光(1.3μm)、光ファイバーの低損失領域(1.3または1.5μm帯)、眼に安全なレーザの領域(1.4μm以上、注4)などが含まれるために重要性が増すと期待される。
 このような微弱光の検出には、個々の光子が異なる電気パルスとして区別できるような精度で光を電気に変換する必要があり、従来この変換素子(光検出素子)として、光電子増倍管やSi-APD(シリコン−アバランシェ・フォトダイオード)(注2) が使用され、微弱光検出装置も実用化されてきた。しかし、これら素子においては、光の波長が1μmを越える領域では、光を電気パルスに変換できる効率が著しく低下する。このため、1μm以上の近赤外域に適した微弱光検出装置の開発が望まれていた。

(内容)
半導体光検出素子の冷却、低雑音増幅などにより近赤外領域での微弱光を検出可能にする装置

 本新技術は、近赤外線での微弱光を検出する装置に関するもので、InGaAs-APDなど1.0−1.6μmの波長領域で感度の高いAPD を用いるものである。 APDは、降伏電圧に近い逆バイアス状態で光吸収により鋭敏に電子なだれを引き起こすダイオードである。微弱光の計測においては、逆バイアス状態において受光しなくとも流れる暗電流や増幅過程での雑音を抑える必要があり、近赤外で感度の高いAPDにおいては暗電流が大きくなりやすい(注3)。APD を冷却することにより暗電流は低下するが、本研究者は、その効果を微弱光検出の立場から総合的に評価し、1μm以上の波長領域においてもAPDを用いた光子計数が可能なことを示しており、本装置はこの研究成果に基づくものである。
 本装置は、APD のほか、集光系、増幅器、冷却器、電源部などより構成される。

(1) APD と集光系
APD としてはできるだけ暗電流の小さな素子を用いる。光学レンズや光ファイバーにより検出すべき光を集めてAPD の小さな受光面に低損失で接続し、APD に入る光量を高めて、微弱光の検出を容易にする。
(2) 増幅器
APD からの微小な電気信号を扱うため低雑音の増幅器を備える。
(3) 冷却器
液体窒素などにより比較的容易に得られる範囲で、暗電流や増幅の熱雑音を低減するための冷却を安定に行う。
(4) 電源部
APD へ印加する電圧により APD内部での信号の増幅率が変化するので、これを安定に制御する。

本装置を必要な分光系や計数器に接続することなどにより、従来困難であった1.0 ─1.6 μmの近赤外域での光子レベルの微弱光計測を行うことができる。

(効果)
期待されるレーザレーダ計測、光通信関連評価や医療診断、研究への利用

 本新技術による近赤外域微弱光検出装置により、近赤外域(波長 1.0-1.6μm)での微弱光検出が可能である。
 従って、以下の利用が期待される。

(1) 近赤外域の光を用いる環境監視や光通信分野における利用:
レーザレーダによる大気環境計測、光通信製品の評価、光通信技術の研究開発など
(2) 近赤外域での分光分析などによる医療診断、学術研究などへの利用:
微量物質の分析、生体発光の検出など。




(注1) 光電子増倍管
 光が金属などの物質面(光電面)に衝突し電子(光電子)を物質から叩き出す現象を利用して光を電気信号に変える真空管(光電管)の一種。
(注2) APD (アバランシェ・フォトダイオード)
 光を電気信号に変換する光半導体素子の一種。ダイオードは通常、一方向のみに電流を良く通す。APDでは、電流を通しにくい方向に大きな電圧を掛けた状態(逆バイアス状態)で使用される。この状態でAPDに光をあてると、光を吸収することでAPD 内で電子が励起されて、この励起された高いエネルギーの電子が移動する際に他の電子を励起する。そして、この現象が繰り返されることで(電子なだれを引き起こすことで)、増幅された電気信号が得られる。
 半導体材料にInGaAs(インジウム・ガリウム・ヒ素)の化合物半導体を用いたInGaAs-APDは約1.0-1.6μm の波長の光に感度が高く、Si(シリコン)を用いたSi-APDは約 0.4-1.0μmの光に感度が高い 。
(注3) 暗電流
 逆バイアス状態のAPD においては、光が入射しなくても、僅かながら電流が観測される。光検出素子において、このような入射光に起因しない電流(電流成分)を暗電流と呼ぶ。特に光子一つあたりのエネルギーが小さな長波長の光に対して感度の高い光検出素子においては、熱などにより容易に暗電流が生じるので、波長の長い光の検出の障害になりやすい。
(注4) 光子レベルの微弱光の計測
 光を電気に変換する光検出素子からの出力を観測するとき、光を弱くしていくと、出力がパルス状になり、出力の平均の大きさではなく、光子検出に対応する信号パルスを数えることにより、光量が精度よく測定できるようになる。(光子計数法)
(注5) アイセーフ・レーザの領域
波長1.4μm以上の光は、目の前面の浅い部分で吸収されやすく、強い光が目に入射しても比較的障害を受けにくい。大気伝播中の事故を防止するためにレーザを用いた遠隔計測などにおいてはこのアイセーフ(目に安全な)領域の光を用いるのが好ましいとされている。



This page updated on April 16, 1999

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