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科学技術振興機構報 第981号

平成25年9月12日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報課)
URL https://www.jst.go.jp

生活の質の向上に向け、咀嚼能力を正確で簡便に
評価するシステムの開発に成功(JST委託開発の成果)

ポイント

JST(理事長 中村 道治)は、独創的シーズ展開事業「委託開発」の開発課題「咀嚼能力評価システム」の開発結果をこのほど成功と認定しました。

この開発課題は、大阪大学 野首 孝祠 特任教授らの研究成果をもとに、平成20年1月から平成24年8月にかけてユーハ味覚糖株式会社(代表取締役社長 山田 泰正、本社住所 大阪府大阪市中央区神崎町4-12、資本金 1億円)に委託して、企業化開発(開発費 約2億円)を進めていたものです。

咀嚼にはたくさんの重要な役割があります。食べ物からの栄養の確保をはじめ、風味や噛み応えなどの認知、唾液分泌の促進、嚥下機能注1)や消化吸収の円滑化、口腔内の清掃効果に加えて、食生活の豊かさの確保や生活の質(QOL)注2)日常生活動作(ADL)注3)の向上などがあげられます。高齢化時代を迎え、咀嚼能力注4)の評価の重要性はますます高まっており、歯科治療の支援、人の生涯の健康管理への支援にとって欠かせないツールとして期待されます。

従来は咀嚼能力を、ピーナッツなどの豆類を一定回数咀嚼し、吐き出し、砕かれた豆の粒径を測定、統計的に処理することで定量評価してきました。近年は、咀嚼後のグミゼリー咬断表面積を測定しています。これらの手法はいずれも、測定プロセスの再現性やグミゼリーの品質に問題があり、標準的手法にはなっていません。

今回開発した咀嚼能力の評価システムは、検体の開発から検査法の全自動化に取り組み、全自動咀嚼能力測定装置と咀嚼能力評価のマーカーとして天然由来色素を加えた咀嚼能力測定専用グミゼリーの開発に成功しました。その結果、従来の方法と比較して、測定時間を半分以下(30~40秒)に短縮し、繰り返し誤差5.0%以下で測定ができるようになりました。

今回開発した評価システムは、歯科治療や高齢化社会における食事の選択、および健康の状態を知る上での指標として使用されることが期待されます。現在、グミゼリー年間300万個(売上10億円規模)が供給可能な生産体制の整備が完成しており、研究機関や一般向けの市販を進めていきます。

独創的シーズ展開事業・委託開発は、大学や公的研究機関などの研究成果で、特に開発リスクの高いものについて企業に開発費を支出して開発を委託し、実用化を図っています。本事業は、現在、「研究成果最適展開事業【A-STEP】」に発展的に再編しています。詳細情報 https://www.jst.go.jp/a-step/

<添付資料>

別紙:開発を終了した課題の評価

本新技術の背景、内容、効果の詳細は次の通りです。

(背景)咀嚼能力を定量的に評価する方法はなく、咀嚼能力そのものを規格化し表現できる再現性が高い測定技術の開発が強く望まれていました。

日常の食生活の中で行われる咀嚼の生理学的意義は、摂取した食品を細分化してその表面積を増加させ、消化酵素と十分に反応させて分解し、必要な栄養素の吸収を促進するとともに、生活の質の向上や健康寿命の延長にもつながることです。従って、国民の健康のために咀嚼の意義が強く認識されはじめており、学校や家庭における児童の食育注5)、成人の肥満と咀嚼との関係、高齢者の咀嚼・嚥下障害への対応など全ての年齢層においてさまざまな取り組みが求められています。

現在、多くの研究機関で咀嚼能力の測定・評価方法が検討されています。ピーナッツや米の粉砕粒子の分布状態を測定する方法やグミゼリーやガムの内容物の溶出量を測定する方法やワックスキューブやガムの混合状態、食塊形成を測定する方法などがあります。被験食品としては、通常、嚥下を行うピーナッツや米、グミゼリーのような食品と、嚥下しないガムやワックスキューブのような食品があります。嚥下が可能な被験食品は、嚥下直前の食品の状態を分析することが可能であり、生理学的意味に近い咀嚼能力を評価することが可能です。しかし、嚥下が可能なピーナッツや米、グミゼリーのような被験試料においては、形状、重量、成分、物理的性質など規格化されていないことや、これまで検討されている方法は、操作性の煩雑さによる測定の再現性が得られにくいことなどにより、定量的な測定・評価が困難でした。また、測定結果が得られるまでに要する時間が長く、臨床で使用する上で大きな課題がありました。

そのため、いつでも、どこでも、誰に対しても正確で簡便に測定できる咀嚼能力の評価システムが求められています。

(内容)咀嚼能力評価のマーカーとして、天然由来色素を加えた咀嚼能力測定専用グミゼリーと全自動咀嚼能力測定装置を開発し、定量的に咀嚼能力を評価することに成功。

咀嚼能力の評価システムは、咀嚼能力測定用グミゼリー(グミゼリー)(図1)と測定プロセスを全自動化した咀嚼能力測定装置(図2)を用い、グミゼリーの表面積増加量を解析するシステムです。

咀嚼能力の評価は、咀嚼後の粉砕グミゼリー片の表面積増加量を咀嚼能力としています。グミゼリーの表面積増加量を測定するためのマーカーとして、天然由来色素であるβカロチン色素を配合しており、咀嚼後のグミゼリー片の表面積から溶出されるβカロチン色素の濃度を測定することで表面積増加量を算出します。

咀嚼能力測定用グミゼリーは、形状、重量、成分、物理的性質を規格化しており、咀嚼能力の測定の精度や再現性に優れています(図3)。また、一般的なグミゼリーの製造方法とは異なり、形状の安定性に優れたポリプロピレン型を用い、定量性に優れた充填機でグミゼリーを精度高く充填し、すぐにアルミ材で個別包装し、ゲル化させています。使用時まで外気に触れることはなく衛生的な配慮をしているほか、冷蔵で2年間保管しても、成分や物理的性質の変化は、測定結果に影響を及ぼさない範囲にとどめています。

また、測定誤差の大きな要因の1つである試料の処理について、操作を全て機械的に行う全自動咀嚼能力測定装置を開発しました。この装置では試料採取の操作を除き、洗浄、攪拌、測定の一連の工程を自動化しており、人為的な誤差の入る可能性の少ないシステムになっています(図4)。

咀嚼能力測定用グミゼリー1個を被験者が取り出し、自由に30回咀嚼した後、その咬断片をガーゼの上に全て回収します。回収した咬断片を咀嚼能力測定装置の測定セルに全て移し、測定部にセットします。セットが完了すると咀嚼能力測定装置が自動的に測定セルに洗浄水を注入し、洗浄のために攪拌を行います。攪拌後、洗浄水と咬断片に付着した唾液を除去し、測定水を注入します。注入後、7秒攪拌を行い咬断片の表面積からマーカーであるβカロチン色素を溶出させ、透過光から濃度を測定し、表面積増加量を算出します。咀嚼後のグミゼリーを測定セルにセットし測定結果が出るまでに要する時間は、30秒です(引用文献1)。

咀嚼能力を測定するためには、色素抽出と濃度を機械的に測定する必要がありますが、このグミゼリーは測定器が普及していない現場での評価に用いることも可能なように設計されています。大阪大学の野首 孝祠 特任教授との共同開発の結果、咀嚼したグミゼリーの咬断片の粉砕状況を、あらかじめ10段階(スコア0~9)にスコア化した視覚資料と照合し咀嚼能力を推定する方法です(引用文献2)。

(効果)いつでも、どこでも、誰に対しても正確で簡便に定量的な咀嚼能力の測定・評価が可能となりました。

咀嚼能力の評価システムは、定量的な咀嚼能力の測定・評価が可能になります。これにより、咀嚼能力の客観的な評価を行うことができ、歯科治療の支援、人の生涯の健康管理への支援にとって欠かせないツールとして期待されます。

これまでに、大阪大学を通じてさまざまな咀嚼に関連する研究機関への試作品の頒布を行っております。さらに、研究機関への拡大および一般向けの市販を可能にするため、グミゼリー年間300万個(売上10億円規模)が供給可能な生産体制の整備が完成しました。

また、開発企業はグミゼリーを応用した展開として、嚥下食の選定の指標となるグミゼリーの開発や咀嚼能力を向上させるトレーニング用のグミゼリーなどの研究を進めています。

<参考図>

測定方法 咀嚼試料 測定時間 克服すべき問題点としたもの
篩分け法 ピーナッツ 約1時間 試料規格化が困難、時間がかかる点
変色法 専用ガム 即時 定量判断が困難、嚥下する危険性
グルコース法 専用グミゼリー 約2分 試料品質の安定性と繰り返し誤差を小さくする必要
色素法 専用グミゼリー 約2分 試料品質の安定性と繰り返し誤差を小さくする必要

表1 従来の咀嚼能力測定方法の問題点について

これらの問題点を以下のようにとらえ、各々を新技術では解消し、商品化しました。

比較項目 代表的な従来技術[J1] 新技術
検査試料 ピーナッツ専用ガム専用グミゼリー
検査試料の規格化 天然物のため規格化が困難。
実施されていない
規格化可能 形状、重量(5.5g)、 一定の硬さで規格化
評価対象 咀嚼から嚥下直前の試料を評価試料の混合状態を評価咀嚼から嚥下直前の試料を評価
測定時間 約1時間即時即時(スコア法)
約30秒(色素法)
定量評価 定量的な評価が困難定量的な評価が困難 定量的な評価が可能

表2 従来技術との比較表

図1

図1 咀嚼能力測定用グミゼリー

図2

図2 全自動咀嚼能力測定装置

図3

図3 咀嚼能力測定用グミゼリーの動的粘弾性の経時変化の検証

咀嚼能力測定用グミゼリーを製造後、冷蔵で保管し物性の安定性を検証した。保管期間が1週間、1ヵ月、1年、3年経過したサンプルを用いて測定した(N=5)。その結果、損失正接(tanδ)の標準偏差は±0.024となり、保管期間の違いによる動的粘弾性の変化は検出されず、動的粘弾性は安定していることが示唆された。

図4

図4 全自動咀嚼能力測定装置を用いた測定工程

(a)温度を一定に保つ (b)測定セルを置いた状態でスタンバイ
(c)グミゼリーの咬断片を回収 (d)グミゼリーの咬断片を測定セルに移す
(e)測定部に測定セルをセットする (f)グミゼリーの咬断片を洗浄する
(g)グミゼリーの表面から色素を溶出させる (h)受光部電圧を測定する
図

咀嚼能力測定用と市販のグミゼリーを規定回数切断することにより、切断面の面積を同一にした試料を作成し評価した。咀嚼試料と同様のプロセスを用いて本開発で作成した全自動咀嚼能力測定装置で測定した結果、測定の誤差の指標となる変動係数(CV)注6)は咀嚼能力測定用グミゼリーでは市販品と比較して有意に低い値となり、測定精度の高さが確認できた。

図5

図5 咀嚼能率スコア法

咀嚼能力測定用グミゼリーを30回自由咀嚼後、グミゼリーを吐出し、スコア0から9までの10段階に分けたグミゼリー咬断片のモデル画像と比較して咀嚼能率のスコアを求める方法。

監修:大阪大学 産学連携本部 VBL咀嚼評価開発センター 特任教授 野首 孝祠

<用語解説>

注1) 嚥下機能
嚥下は食物を飲み込むこと。嚥下機能は、口腔—咽頭—食道—胃と続く一連の食物の輸送過程。
注2) 生活の質(QOL)
QOLは「quality of life」の略。人々の生活を物質的な面から量的にのみとらえるのではなく、精神的な豊かさや満足度も含めて、質的にとらえる考え方。
注3) 日常生活動作(ADL)
ADLは「activities of daily living」の略。食事、排泄、着脱衣、入浴、移動、寝起きなど、日常の生活を送るために必要な基本動作全てを指す。高齢者の身体活動能力や障害の程度をはかるための重要な指標となっている。
注4) 咀嚼能力(本文で使用された意味)
食物を切断、破砕、粉砕し、唾液との混合を行いながら、嚥下動作を開始するまでの一連の能力を指すが、本文では咀嚼後、一連の作業結果である粉砕グミゼリー片の表面積増加量を咀嚼能力とした。
注5) 食育
食育とは、さまざまな経験を通じて「食」に関する知識と「食」を選択する力を習得し、健全な食生活を実践することができる人間を育てることである。
注6) 変動係数(CV)(本文で使用された意味)
変動係数(CV)は、標準偏差を平均値で割ったもの。測定値のばらつきをみる指標とした。CVが小さければ測定値のばらつきが小さいと見なした。

<引用文献>

1)Nokubi T, Yasui S, Yoshimuta Y, Kida M, Kusunoki C, Ono T, Maeda Y, Nokubi F, Yokota K, Yamamoto T. Fully automatic measuring system for assessing masticatory performance using β-carotene-containing gummy jelly. J Oral Rehabil2013;40:99-105.
doi: 10.1111/j.1365-2842.2012.02344.x

2)Takashi Nokubi, Yoko Yoshimuta, Fukuko Nokubi, Sakae Yasui, Chie Kusunoki, Takahiro Ono, Yoshinobu Maeda, Kazunori Yokota. Validity and reliability of a visual scoring method for masticatory ability using test gummy jelly. Gerodontology 2013;30:76-82.
doi: 10.1111/j.1741-2358.2012.00647.x

<お問い合わせ先>

<開発内容に関すること>

ユーハ味覚糖株式会社 開発ディビジョン
鈴木 潔(スズキ キヨシ)、塚本 慎平(ツカモト シンペイ)
〒540-0016 大阪府大阪市中央区神崎町四番十二号
Tel:06-6767-6025 Fax:06-6763-0622

<JSTの事業に関すること>

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