JSTトッププレス一覧科学技術振興機構報 第906号別紙2 > 研究領域:「炎症の慢性化機構の解明と制御」
別紙2

平成24年度 新規採択研究代表者・研究者および研究課題の概要

さきがけ

戦略目標:「炎症の慢性化機構の解明に基づく、がん・動脈硬化性疾患・自己免疫疾患等の予防・診断・治療等の医療基盤技術の創出」
研究領域:「炎症の慢性化機構の解明と制御」
研究総括:高津 聖志(富山県薬事研究所 所長)

氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究型 研究
期間
研究課題概要
大塚 基之 東京大学 医学部附属病院 助教 炎症に伴うmicroRNA機能不全が引き起こす炎症性発がんの病態解明と制御法の開発 通常型 3年 慢性胃炎や慢性肝炎などの持続炎症は、当該臓器のがんを高率に引き起こします。近年、遺伝子発現制御に関わるmicroRNAという分子群が炎症や発がんに関わる可能性が示唆されています。本研究では、microRNAの機能を制御する薬剤と炎症発がんマウスモデルを用いて、持続炎症に伴って生じるmicroRNAの機能変化と発がんとの関連に着目し、炎症に続発するがんの原因を解明し予防法や新規治療法の開発を目指します。
加藤 博己 京都大学 ウイルス研究所 准教授 慢性腎炎発症マウスモデルを用いた発症機序の解明 通常型 3年 炎症の慢性化は自己免疫疾患など様々な病気を引き起こしますが、その実態解明まで至っていません。これまでに、ウイルスセンサー分子MDA5に点変異を持ちループス腎炎様病態を示すマウスが得られています。本研究ではこのモデルマウスを用い、自然免疫機構の欠陥による炎症の慢性化、ウイルス感染との関わりという2つの切り口から炎症慢性化機構の解明に取り組みます。さらにヒトのループス腎炎に対する予防、治療法の新たな確立を目指します。
倉石 貴透 東北大学 大学院薬学研究科 助教 内因性リガンドによる進化的に保存された自然免疫活性化機構の解明 通常型 3年 がんや肥満などの生活習慣病には「慢性炎症」が深く関与しています。慢性炎症の発生・維持には、NF-κBタンパク質の活性化が重要です。これまでに、NF-κBを活性化する新しいシグナル伝達経路を見いだしており、本研究では、その経路に関わるすべての因子を明らかにします。それにより、生活習慣病につながる未知の要因が見いだされるとともに、新たな疾患予防薬のターゲットの発見が期待されます。
幸谷 愛 東海大学 創造科学技術研究機構 特任准教授 がん細胞由来小分子RNAによる炎症細胞の制御 通常型 3年 EBウイルスが引き起こすがんでは、ウイルス感染に伴う炎症ががん発生に深く関与します。炎症細胞がないと腫瘍細胞は生存できません。元来ウイルス感染細胞を排除しようと集まった炎症細胞が、いつの間にかウイルス感染がん細胞を支持するように変化しますが、その原因はいまだ明らかではありません。本研究では、新しい細胞間コミュニケーターである「分泌性小分子RNA」からそのメカニズムの解明を試みます。
斉藤 貴志 (独)理化学研究所 脳科学総合研究センター 副チームリーダー アルツハイマー病の病態悪性化と炎症反応の相互作用の解明 通常型 3年 脳という特殊環境下における炎症反応の慢性化は、加齢に伴い高次機能へ様々な影響を及ぼしていると考えられます。本研究では、新規アルツハイマー病モデルマウスと炎症関連遺伝子改変マウスとの交配マウスの解析により、アルツハイマー病の病態悪性化における炎症反応の役割について、分子レベルでの解明に取り組みます。最終的には、アルツハイマー病の予防・治療・発症遅延に貢献する創薬標的を見出すことを目指します。
佐野 元昭 慶應義塾大学 医学部 講師 炎症の制御に基づく心不全の予防と治療 通常型 3年 心不全は全ての心疾患の終末像であり、日本人の主たる死亡の原因の1つです。肺うっ血による呼吸困難は、生活の質を著しく低下させます。従来の神経体液性因子の阻害、利尿剤だけでは、心不全の予防、治療に十分とは言えません。本研究では、心筋梗塞による心不全モデルを用いて、心筋梗塞後の炎症過程を増悪させる機序、終焉に向かわせる機序、肺うっ血の機序を明らかにして、免疫学的介入による新規心不全治療法の開発を目指します。
菅波 孝祥 東京医科歯科大学 難治疾患研究所 准教授 代謝ストレスによる炎症の慢性化機構の解明 通常型 3年 動物性脂肪に多く含まれる飽和脂肪酸は、代表的な代謝ストレスであり、メタボリックシンドロームの病態基盤となる「脂肪の過剰蓄積」と「慢性炎症」をつなぐ鍵分子です。すなわち、脂肪組織に蓄えきれない過剰な飽和脂肪酸が、血中を介して全身に作用し、様々な臓器の機能障害をもたらすと考えられます。本研究では、生体内における「飽和脂肪酸の流れ」に注目して、飽和脂肪酸により誘導される慢性炎症の分子機構を明らかにします。
中村 能久 ハーバード公衆衛生大学院 遺伝子及び複雑疾患学部 研究員 慢性炎症性疾患における病因性二重鎖RNAの解析 通常型 3年 肥満・2型糖尿病やアルツハイマー型認知症では、疾患発症の一因として、肝細胞や神経細胞といった実質細胞において炎症性反応が誘導され、細胞機能に障害が起きることが挙げられています。本研究では、内在性二重鎖RNAの機能に注目し、両疾患における炎症性反応の共通・相違点を精査し、慢性炎症性疾患に共通する分子基盤の解明を目指します。将来的には、内在性二重鎖RNAを標的にした新しい治療の開発が期待されます。
華山 力成 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター 特任准教授 炎症性マクロファージによるリソソームの開口放出機構 通常型 3年 免疫細胞のマクロファージは慢性炎症の発症に中心的な役割を担います。マクロファージは炎症時に死細胞や細菌を貪食し、リソソームという細胞小器官で融解するものの、融解できない残渣をリソソーム内の酵素とともに細胞外に放出します。放出された酵素が周囲の細胞を壊死させ、慢性炎症を引き起こすと考えられます。本研究では、マクロファージによるリソソームの開口放出の分子機構を同定し、慢性炎症発症との因果関係を明らかにします。
丸山 玲緒 札幌医科大学 医学部 助教 ピロリ菌感染の慢性胃炎において中心的な役割を果たす長鎖ncRNAの網羅的探索の試み 通常型 3年 タンパク質に翻訳されることのない長鎖非コードRNA(ncRNA)が細胞活動において重要な役割を担っていることが、近年の研究から分かってきました。本研究ではピロリ菌感染胃炎から胃がんへの発がん過程を研究モデルとして、次世代シークエンサーを用いて多数の臨床検体をゲノム網羅的に解析することにより、慢性炎症および発がんにおいて中心的な役割を果たす長鎖ncRNAを同定することを目指します。

(五十音順に掲載)

<総評> 高津 聖志(富山県薬事研究所 所長)

本研究領域は、国の戦略目標「炎症の慢性化機構の解明に基づく、がん・動脈硬化性疾患・自己免疫疾患等の予防・診断・治療等の医療基盤技術の創出」に基づいて、炎症慢性化の維持機構、および炎症の慢性化が疾患を惹起・進行・重症化する機構の時空間的な解明に挑戦する研究を対象としています。このような研究を推進することにより、炎症の慢性化が関与するさまざまな疾患や臓器不全の予防や治療、創薬につながる医療基盤の創出を目指します。具体的には下記の視点を持った研究を推進します。

1)分子や細胞の階層から迫る研究に加え、組織や臓器の階層から迫る視点

2)細胞や組織、臓器間の相互作用、個体全体でのダイナミクスなど、慢性炎症を複雑系として捉える視点

3)エピジェネティクスや機能性非コードRNAなど、他生命科学分野からの視点

4)遺伝子産物、生理活性物質、細胞やそれらの動態を検出・測定する技術的な分野からの視点

5)慢性炎症の制御による関連疾患を標的とした創薬などの医療応用を見据えた視点

選考に当たっては多様な分野と方法論、また多様な研究者を糾合することにより、相乗効果を生み出すことも目指します。

最終となる本年度の公募には、125件(その中で大挑戦型の提案は12件)の応募があり、ユニークなアイデア、意欲的な研究計画、新技術の開発なども数多く見受けられました。応募総数はこれまでより減少したものの、全体として研究提案の質は高いレベルに保たれました。研究分野の内訳を見てみますと、さまざまな分野から幅広い応募をいただきました。これらの研究提案について、免疫学、炎症学、生化学・分子生物学、病理学、内科学、構造生物学などの広い分野にわたる領域アドバイザー・外部査読者のご意見を求め、それに基づく書類選考会での検討を経て、特に優れた研究提案24件(その中で大挑戦型の提案は4件)を選出し、これらの提案者に対して面接選考を行いました。

書類・面接選考では、研究構想の意義、研究計画の妥当性と独創性、準備状況と提案課題の実現性、ブレークスルーを感じさせるもの、世界での競争力のあるものを考慮し、またさきがけの趣旨に照らして、研究課題とその実施体制の独立性、ならびに新課題への挑戦性などを重視しました。当然ながら、「炎症の慢性化機構の解明と制御」の発展にどれだけ貢献していただけるかという原点を念頭において選考に当たりました。また、応募者と利害関係にある評価者の関与を避け、公平な判断を期しました。残念ながら、前回同様に、優れた業績を背景に提案されているものの提案の趣旨は炎症の慢性化制御の研究がメインとは思われない提案もありました。

面接選考と質疑応答の内容に関する領域アドバイザーのコメントも参考にして、最終的に10件を採択するに至りました。今回の女性研究者の採択は1件でした。また採択課題の研究実施場所は、北海道、東北、東京、大阪、京都、さらには米国と広範です。

採択課題を概観しますと、がん、メタボリックシンドローム、心不全、慢性胃炎、腎炎、アルツハイマー病など広範な慢性炎症関連疾患を対象としており、また炎症の慢性化に関与すると考えられる、機能性非コードRNAの探索や機能解析、自然免疫系の新規内因性リガンドの探索、新たなマクロファージ機能の解析など挑戦的な研究提案が選ばれました。

今回が最終選考となりましたが、改めてこれまでに採択された研究提案の全体を見渡しますと、当研究領域発足当初に目指していた自然免疫系、獲得免疫系、炎症性ストレス/細胞や組織そして臓器間の相互作用、発がんとその悪性化、老化・肥満・心血管障害・糖尿病、そして新規手法による測定・解析といった主題に、分子・細胞・組織・個体レベルで迫る研究提案がバランスよく配置されたと考えております。

炎症の慢性化に関する研究の裾野は広くその頂も高いものと想定されますが、当領域の研究者間での情報・課題の共有・研究協力はもとより、関連する他のJST事業の領域研究者との相互交流をも図りながら、関係者の理解と支援を得て、その目指す頂上に登り詰められるよう研究を推進していきたいと考えております。