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別紙2

平成24年度 新規採択研究代表者・研究者および研究課題の概要

さきがけ

戦略目標:「生命現象の統合的理解や安全で有効性の高い治療の実現等に向けたin silico/in vitroでの細胞動態の再現化による細胞と細胞集団を自在に操る技術体系の創出」
研究領域:「細胞機能の構成的な理解と制御」
研究総括:上田 泰己((独)理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター プロジェクトリーダー)

氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究型 研究
期間
研究課題概要
池ノ内 順一 京都大学 大学院工学研究科 准教授 人工細胞作出に向けた人工脂質二重膜と生体膜の違いの解明 通常型 3年 脂質分子は、細胞膜を構成する主たる構成成分ですが、脂質分子の化学的性質・物理的性質の多様性の意義や、細胞膜上での分布や動態の制御について未解明な点が数多く残っています。本研究では、生きた細胞の細胞膜の構築に関わる分子を、試験管内で人工脂質二重膜に組み込み、それによって生じる膜の質的変化を調べることによって、どのような原理で、生きた細胞の細胞膜が持つ膜の性質が再現され得るかを明らかにします。
井上 圭一 名古屋工業大学 大学院工学研究科 助教 光で“創る”オプトジェネティクスへの挑戦 通常型 3年 細胞内のタンパク質の発現を自由にコントロールすることは、分子生物学の究極の目標の1つです。本研究では、微生物の持つロドプシンを利用し、光を使ってタンパク質の発現を誘導する新たな分子システムにより、必要な時に必要なだけ好きなタンパク質の発現を可能にする技術の創出に挑みます。そして、将来的に特定のタンパク質の発現が細胞のさまざまな生理活動に及ぼす影響を簡便かつ定量的に研究する手法の確立を目指します。
井上 尊生 ジョンズホプキンス大学 大学院医学系研究科 アシスタントプロフェッサー 細胞走化性の再構築 通常型 3年 本研究では、細胞走化性の分子機序のうちで最難関かつ最後の課題として認識されている極性化プロセスの分子機序を解明します。その際に新たな摂動ツールの開発も行います。これらの知見・技術に基づき、細胞走化性をコンピューター上、および試験管内で再構築し、更なる細胞走化性の理解を深めることが本研究の目的です。将来は、血管新生、胚発生、創傷治癒、免疫防御、がん転移など、細胞走化性が関与するさまざまな生命現象の理解と医療への応用につなげていきます。
梅原 崇史 (独)理化学研究所 生命分子システム基盤研究領域 上級研究員 「エピヌクレオソーム」の精密な再構成による遺伝子発現制御解析 通常型 3年 ヒトの遺伝子発現は塩基配列情報だけでなく、エピジェネティック情報によって制御されています。しかしこれまで、エピジェネティック情報を含むゲノム(エピゲノム)の再構成は技術的に困難でした。本研究では生化学と遺伝子工学の技術革新を通して、さまざまなエピジェネティック情報を含んだ「エピヌクレオソーム」を試験管内で精密に再構成します。これにより、エピゲノムの物性と遺伝子発現等に及ぼす影響を定量的に理解します。
戎家 美紀 京都大学 生命科学系キャリアパス形成ユニット グループリーダー 細胞間フィードバック回路による細胞運命の制御 通常型 3年 多細胞生物の発生過程では、もとは均質であった細胞達が異なる細胞運命を辿りはじめます。そのきっかけの1つが、隣接する細胞間で正のフィードバックが働いて、わずかな差を増幅し、細胞間の対称性を破ることです。本研究では、この細胞間フィードバックを再構成し、細胞運命の非対称化の定量的条件や最小限の遺伝子回路を同定します。またその発展形として、分化する細胞の比率の制御を目指します。
岡部 弘基 東京大学 大学院薬学系研究科 助教 細胞内局所温度が司る細胞機能発現の解明 大挑戦型 3年 本研究では、「従来の生理活性分子の働きを主体とした細胞機能の制御機構に、細胞の局所温度が重要な役割を果たしている」という仮説の実証を目指します。具体的には、重要な生体分子としてmRNAに着目し、独自の生細胞高感度イメージング法や細胞内局所加熱法を用いて、生細胞内の温度によるmRNAのダイナミックな状態変化とそれに伴う翻訳の調節を詳細に観察することにより、実際に温度がどのように細胞機能に関与するかを解明します。将来は、細胞機能の制御技術として、生命科学・医工学などへの応用につなげていきます。
佐藤 正晃 (独)理化学研究所 脳科学総合研究センター 研究員 脳内情報を担う動的回路としての「細胞集成体」の計測と制御 通常型 3年 脳の情報表現を担う動的回路の理論として、カナダの心理学者Hebbは協調的に働く神経細胞の集団が随時形成する機能回路である「細胞集成体」の概念を提唱しました。本研究では、場所の記憶を担う海馬の神経回路を対象に、仮想現実環境における学習課題を遂行中の動物において、高解像度のin vivo深部脳神経活動イメージングを行うことで、この「細胞集成体」様回路の時空間的活動パターンを網羅的に計測かつ制御し、その動作原理の解明を目指します。
島本 勇太 ロックフェラー大学 化学・細胞生物学研究所 ポストドクトラルアソシエイト 有糸分裂紡錘体におけるミクロな力学反応の再構成 通常型 3年 有糸分裂紡錘体は、細胞増殖や分化に必須の遺伝情報分配装置であり、その動作原理の解明はバイオロジーの中心的課題の1つです。本研究では、紡錘体の主構成要素である分子モーターと細胞骨格フィラメントの相互作用を顕微鏡下で再構成し、そのミクロな力学特性を明らかにします。これにより、紡錘体の駆動メカニズムを要素間の力学反応の組み合わせとして理解し、正確な遺伝情報の継承を支えるシステムの解明につなげることを目指します。
杉 拓磨 京都大学 大学院工学研究科 研究員 記憶の具現化 通常型 3年 これまで記憶について多くのメカニズムが見いだされましたが、記憶の実体は何かという問いに明確な答えは得られていません。本研究では、線虫C. elegansの神経回路を1ニューロン単位で分子操作することで人工的に記憶を構築し、その実体に迫ります。構築の指標として記憶過程の分子状態および神経活動状態の定量化を行い、構築原理を検証します。記憶の具現化の試みは、同時に多細胞生物への構成的アプローチの試金石になりうると考えます。
野村 真 京都府立医科大学 大学院医学研究科 准教授 進化的・構成的アプローチによる哺乳類型大脳皮質層構造の再設計 通常型 3年 複雑な形態を持つ哺乳類の大脳皮質は、よりシンプルな爬虫類型の皮質から進化したと推測されていますが、どのような胚発生システムの変更が進化の過程で行われたのかについては、謎に包まれたままです。本研究では、実際に爬虫類皮質の構成要素を人為的に改変し、試験管内、あるいは発生する胚の中で、爬虫類皮質を哺乳類型皮質に転換することを試みます。この操作を通して、2億年前に遡る哺乳類皮質の起源と進化の過程を明らかにすることを目指します。
別役 重之 東京大学 大学院理学系研究科 特任助教 細胞挙動の解析から構成的に理解するその集合体としての植物過敏感反応誘導機構 通常型 3年 植物の過敏感反応(HR)は強力で重要な耐病性システムですが、その制御機構はまだよく分かっていません。本研究では、HRが起きている組織中の個々の細胞の挙動に注目し、異なる活性を持つ細胞の相互作用としてHRを捉え直します。具体的には、生細胞で防御応答を可視化する技術や、1細胞レベルで標的細胞の遺伝子発現を誘導する技術を組み合わせることで、最小単位でのHR再構成系を構築し、数理モデル化を通して、HR誘導機構を構成的に理解し、解明することを目指します。

(五十音順に掲載)

<総評> 研究総括:上田 泰己((独)理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター プロジェクトリーダー)

本研究領域は、細胞機能の設計や制御を試みることを通じて生命の本質に迫ろうとする研究を対象とし、生命システムの理解や広範な応用をもたらすコンセプトや基盤技術の創出を目指します。

2年目の今年度の公募では、186件(3年型のみ、大挑戦型の提案は29件)もの応募がありました。生命科学を対象にしたさきがけ研究が6領域ある中にも関わらず、多くの方から応募をいただきました。応募いただいた皆さんには、提案書等の作成にご尽力いただき、お礼申し上げます。これらの応募に対し、10名の領域アドバイザーに加え、12名の外部評価者のご協力を得て書類選考を行い、28件の面接対象を選考しました。2日間にわたる面接選考の結果、領域アドバイザーのご意見も参考にし、最終的に11件を採択しました。選考では、全過程を通して利害関係にある評価者の関与を避け、厳正な評価を行いました。

昨年度の選考と同様に、今回の選考でも、下記の点を、特に重視しました。

○ 生命現象の単なる「記述」や因子の単なる「同定」を越えた、生命現象の「制御」や「設計」につながるような研究提案であること。

○ 次の2点のいずれかを有していること。
・ 生命システムの設計・制御を通じてアドレスしようとする「科学的な疑問の面白さ」
・ 生命システムの設計・制御を実現・促進するような「基盤的な技術(や枠組み)の重要さ」

○ 研究者個人の独創的で挑戦的な将来性のある研究提案であること。

採択課題は、構成的アプローチを応用した興味深い生命現象の理解を目指した課題、細胞機能の操作の実現に向けた技術や方法の開発を目指した課題、また合成生物学や制御生物学の基盤となる様な技術や方法の開発を目指した課題など、多彩な提案が採択されました。昨年度の13名に、今回の2期生11名が加わることにより、対象としては、細胞、その構成成分から動物、植物、微生物など生物全般に、技術、工学面でも、電気化学、温度計測、光工学、力学、流体工学、システム工学などの多彩な専門分野に広がり、益々、多面的な思考やアイデアを生み出せるヘテロな集団になってくると期待しております。

今回も、採択率、約5.9%という非常に厳しい選考となりました。当然、採択できなかった提案の中にも優れたものが数多くありました。是非とも来年度の応募に再チャレンジしていただきたいと思います。というのも、今回採択された課題の中には前回不採択であった研究課題があり、1年間の準備期間の中で、前回指摘された問題点を克服して今回採択された研究課題が含まれているからです。

最後に、次回の公募にあたっていくつか以下にコメントをしたいと思います。

・ 先述のとおり、本研究領域としては、生命現象の単なる「記述」や因子の単なる「同定」を超えた研究提案を求めています。次回の応募を機に、これまでに積み重ねてきたものを土台により構成的な視点から研究計画を考えてみてください。

・ 革新的な技術の開発や高度な技術に立脚したテーマを提案される場合には、その技術により「何が」新しくできて、それが生命現象や細胞機能の理解に「どのように」つながるのかについて、より具体的に記述してください。

・ 作業仮説の手がかりとなる予備的データや用いる実験手法の準備状況を提示することができると研究提案・計画に説得力が増します。

・ また次回再チャレンジをされる研究課題に関しては、今回の選考での指摘に対して、どのように答えているかを重視して選考を行う予定です。1年間の準備の中で得られた実験データやより深められた作業仮説をなるべく具体的に記述すると良いかと思います。