JSTトッププレス一覧科学技術振興機構報 第906号別紙2 > 研究領域:「海洋生物多様性および生態系の保全・再生に資する基盤技術の創出」
別紙2

平成24年度 新規採択研究代表者・研究者および研究課題の概要

CREST

戦略目標:「海洋資源等の持続可能な利用に必要な海洋生物多様性の保全・再生のための高効率な海洋生態系の把握やモデルを用いた海洋生物の変動予測等に向けた基盤技術の創出」
研究領域:「海洋生物多様性および生態系の保全・再生に資する基盤技術の創出」
研究総括:小池 勲夫(琉球大学 監事)

氏名 所属機関 役職 課題名 課題概要
岡村 寛 (独)水産総合研究センター 中央水産研究所 グループ長 海洋生態学と機械学習法の融合によるデータ不足下の生態系評価手法の開発 海洋資源を持続的に利用していくためには、環境や漁業などの人間活動が海洋の生物多様性にどれだけ影響を与えるのかを知る必要があります。しかし、海洋生態系の評価に利用できるデータは限られており、また大きな不確実性を持っています。本研究では、新しい統計学的手法や機械学習手法と呼ばれる柔軟な方法を用いることにより、不確実で限られたデータのもとでも生態系の評価・予測を行えるような生態系モデルの開発を目指します。それにより、生態系の保全・再生に大きな貢献ができることが期待されます。
小松 輝久 東京大学 大気海洋研究所 准教授 ハイパー・マルチスペクトル空海リモートセンシングによる藻場3次元マッピングシステムの開発 藻場は、水産資源の供給、栄養塩のリサイクルなど多くの生態系サービスを提供しています。持続的な沿岸域の発展には藻場が減少しないように適切に管理する必要があります。そのためには、藻場の種類、分布、バイオマスを正確に計測できる装置の開発が望まれています。本研究では、これらのデータを、様々な波長の光で検出できる光ハイパースペクトルセンサーと超音波で検出できる超音波マルチビームセンサーとともに、それらの装置を搭載して自動取得でき、陸上でモニターできる水陸離発着可能な小型無人機と無人小型艇を開発します。
スミス シャーウッド (独)海洋研究開発機構 地球環境変動領域 研究員 北太平洋域における低次生態系の動的環境適応に基づいた新しい生態系モデルの開発 海洋生態系モデルの現状の課題は、多様で複雑な生態系をいかに現実的に表現するかにあります。しかし、そのためにモデル構造を複雑にすれば、結果の不確実性が増すだけでなく、大きな計算機資源を要することから地球規模でモデルを動かすことは困難です。この研究では、プランクトンの適応戦略を考慮することにより、単純な構造でありながら地域から全球規模の生態系変動をより現実的に再現できる、画期的で新しい生態系モデルの開発を目指します。
竹山 春子 早稲田大学 理工学術院 教授 シングルセルゲノム情報に基づいた海洋難培養微生物メタオミックス解析による環境リスク数理モデルの構築 海洋生態系を健全に維持するためには、生物・化学・物理因子の大規模な情報をもとにした海洋生態系の正確な把握とともにリスク予測を可能とするモデル構築が必要です。そのために、本研究では、多様な環境を有する沖縄浅海領域生態系を対象に、高解像度な海洋微生物情報として難培養微生物のシングルセルゲノムを取得して、そのデータを基にした次世代型のメタオミックス解析を行います。これらのデータと、ほかの環境因子を総合して環境リスク数理モデルを構築します。
仲岡 雅裕 北海道大学 北方生物圏フィールド科学センター 教授 海洋生物群集の非線形応答解明のためのリアルタイム野外実験システムの開発 現在の海洋では、乱獲、水質悪化、水温上昇、海洋酸性化などの多数の要因による環境変動が同時に進行しているため、海洋生物の多様性の変化を正確に予測することが非常に困難な状況です。これを解決するためには、野外で実際に複数の環境要因を同時に操作して、生物群集の応答を連続的に観察する方法を開発することが有効です。私たちは、アマモ場を対象に、このようなリアルタイム野外実験システムFORTESを開発します。
山崎 秀勝 東京海洋大学 大学院海洋科学技術研究科 教授 黒潮と内部波が影響する沿岸域における生物多様性および生物群集のマルチスケール変動に関する評価・予測技術の創出 さまざまなスケールの物理現象が沿岸域の生態系にどのような影響を及ぼしているか定量的に評価するため、生物多様性を予測するモデルを構築します。対象とする生物は、主に植物プランクトンや動物プランクトンです。本研究課題は生物多様性統計モデル、新たなプランクトン生態モデルおよび高精度の3次元水理モデルの開発と、これらのモデル開発に必要なデータを収集するためのモニタリングシステムを構築します。さらに、これらを融合させて、生物多様性の予測と検証を行います。

(五十音順に掲載)

<総評> 研究総括:小池 勲夫(琉球大学 監事)

生物多様性を維持しながら海洋生態系を保全・再生するためには、必要な生物・環境情報を収集し、それらのデータを適切に解釈することで、その現状を把握することが重要です。本研究領域では海洋の生物多様性および生態系を把握するために必要な「計測技術」と「生態系モデル」についての基盤技術の開発に主眼を置いています。

平成23年度に発足し、今年度が2回目の公募となる本研究領域では、昨年度と同様に9名のアドバイザーの協力のもと、選考を行いました。結果として総計38件の意欲的な応募があり、うち13件を面接対象に選定し、最終的に6件を採択しました。

今年度は「より研究の焦点を絞った、コンパクトな研究提案を優先」「観測が中心の研究は対象外」「工学、ライフサイエンスなど異分野の研究者、企業が技術開発の中核を担っている提案を歓迎」「多様性・生態系モデルは国内外の研究者との共同研究を歓迎」「30代~40代の若手の研究者の提案も歓迎」という方針のもと、課題の選考を行いました。

今年度の提案は、昨年度の提案に多かった調査・観測を主体としたものは減り、本研究領域の主旨を汲み取った「焦点の絞られた研究提案」が増え、若手の研究者も含めた多数の優れた提案の応募がありました。しかし、計測技術や生態系モデルが既存のものの単なる組み合わせの提案や、要素技術として優れていても「海洋生物多様性・生態系の保全・再生に資する」という趣旨への説明が十分でない提案は残念ながら不採択とさせていただきました。今年度に不採択となった課題についても、以上の点に留意していただき来年度に再度応募いただくことを期待します。

採択に至った提案は、プランクトン群集の適応動態モデル、魚類生態系評価モデル、プランクトン動態モデルとモニタリングシステム開発、野外操作実験システムの開発、藻場のリモートセンシング、シングルセル・ゲノミクスなど、様々な分野にわたっています。

来年度が本研究領域の最後の募集・選考となりますが、引き続き「海洋生物多様性・生態系研究」の「ボトルネック」解消のため、研究の目的・焦点を明確にした提案を期待します。特に、生態系モデルに関しては、プランクトン、魚類、哺乳類などそれぞれの栄養段階をつなぐようなモデルや、高次生物の生物多様性を評価するためのモデルの提案を、計測技術開発においては多様な新規センサや、光学的計測技術、画像解析法、既存の動物行動学を超えたバイオロギング手法など、最先端の技術を駆使して海洋での生物多様性の観測の枠を大きく広げるような提案を求めます。以上に例示した内容でなくても、全く新しいアイデアのチャレンジングな研究提案は大いに歓迎します。このような提案を準備するため、特に計測技術開発においては、工学系研究者と海洋に関わる生態学者とで議論を重ねることで、生物多様性・生態系を捉える革新的な技術の着想が生まれることを期待します。