JSTトッププレス一覧科学技術振興機構報 第906号別紙2 > 研究領域:「ライフサイエンスの革新を目指した構造生命科学と先端的基盤技術」
別紙2

平成24年度 新規採択研究代表者・研究者および研究課題の概要

CREST

戦略目標:「多様な疾病の新治療・予防法開発、食品安全性向上、環境改善等の産業利用に資する次世代構造生命科学による生命反応・相互作用分子機構の解明と予測をする技術の創出」
研究領域:「ライフサイエンスの革新を目指した構造生命科学と先端的基盤技術」
研究総括:田中 啓二((公財)東京都医学総合研究所 所長)

氏名 所属機関 役職 課題名 課題概要
遠藤 斗志也 名古屋大学 大学院理学研究科 教授 ミトコンドリアをハブとする構造機能ネットワークの解明 細胞内のエネルギーを産生する小器官であるミトコンドリアは、その構成タンパク質をサイトゾルから取り込み、その構造と機能を維持します。近年、ミトコンドリアの内部構造が従来考えられていた以上に複雑に制御されていること、分泌経路の入り口として働く小器官の小胞体とも物理的に結合して連携するなど、新しい発見が相次いでいます。本研究では、構造生物学の様々な手法を用いて、ダイナミックに働くミトコンドリアの構造と機能ネットワークの全貌とその制御機構の解明を目指します。
千田 俊哉 (独)産業技術総合研究所 バイオメディシナル情報研究センター 主任研究員 ピロリ菌の感染と発がん機構の構造学的解明 ヘリコバクター・ピロリは、胃粘膜上皮細胞に感染する細菌で、胃がんを始めとする胃疾患の最大のリスク因子です。このような胃疾患の原因は、ピロリ菌がCagAと呼ばれるタンパク質を胃粘膜上皮細胞に打ち込み、細胞内の正常なシグナル伝達をかく乱するためと考えられています。本研究は、ピロリ菌病原因子であるCagA、並びにCagAと複合体を形成するタンパク質の立体構造に基づき、ピロリ菌感染が胃の病気を引き起こすメカニズムを明らかにすることを目的としています。
月原 冨武 兵庫県立大学 大学院生命理学研究科 特任教授 ミトコンドリア呼吸鎖の構造生命科学―構造がもたらす正確さ 細胞の中にあるミトコンドリアでは、呼吸によって獲得した酸素を還元することによって、生きるために必要なエネルギーを獲得しています。このエネルギー獲得には複数のタンパク質が関わっています。これらの呼吸鎖複合体の構造や働いている時に、時々刻々変化する構造を正確に決定するとともに、呼吸鎖複合体群が集合して働く構造を決定します。これらのことによって正確で無駄のないタンパク質の働きの仕組みを明らかにします。
樋口 芳樹 兵庫県立大学 大学院生命理学研究科 教授 生物酵素による水素エネルギー利用システムの構造基盤解明 水素は、エネルギー源として利用しても有害物質を一切出さないため、次世代のクリーンエネルギー源としてその有効利用法が模索されてきました。微生物が持つヒドロゲナーゼと呼ばれる酵素は、水素から電子を取り出したり、水素を合成する能力を持ちます。本研究では、3種類のヒドロゲナーゼの立体構造研究を通して、その卓越した能力の本質を解明します。そして、得られた原理を応用して、新しいバイオ電池や燃料電池、さらには水素製造装置の開発につなげることを最終の目標としています。
深井 周也 東京大学 放射光連携研究機構 准教授 シナプス形成を誘導する膜受容体複合体と下流シグナルの構造生命科学 脳を構成する無数の神経細胞は、シナプスと呼ばれる細胞構造を介して接続され、複雑で多様な神経ネットワークを形成しています。本研究では、シナプス形成を誘導するタンパク質複合体を解析することでシナプス形成のメカニズムを原子レベルの解像度で明らかにし、その情報に基づいてシナプス形成を制御する方法を開発します。シナプス形成の異常は神経発達障害と深く関係しますが、本研究の成果は、有効な治療法がほとんど無い神経発達障害の治療法の開発に革新をもたらすことが期待されます。
山口 明人 大阪大学 産業科学研究所 教授 異物排出輸送の構造的基盤解明と阻害剤の開発 異物(多剤)排出タンパク質が原因となる多剤耐性菌感染症の克服は喫緊の課題です。本研究は、世界で初めて異物排出タンパク質の構造を決定するなど、この分野の研究で世界をリードしてきた実績をもとに、タンパク質複合体である排出マシナリー全体像の完全構造解析を目的とするとともに、異分野研究グループとの連携により、異物認識・排出機構の動態解析や異物排出タンパク質群に対するユニバーサル阻害剤の開発を目指しています。

(五十音順に掲載)

<総評> 研究総括:田中 啓二((公財)東京都医学総合研究所 所長)

構造生命科学は、現在、まだ揺籃期にあります。これを確固たるものにするためには、独創的な研究を展開する幅広いライフサイエンスの研究者たちと卓越した構造生物学的技術を持った研究者たちの叡智を結集した包括的な研究組織を構築・整備することが必要です。本研究領域ではこれまで個別に推進してきたタンパク質の構造解析研究とライフサイエンスの機能解析研究が連携することを主眼に置いています。

今年度に発足した本研究領域では、構造生物学、ライフサイエンスなどの専門家に領域アドバイザーとして参画し、助言をもらいながら、初めての募集・選考を行いました。総計82件の意欲的な応募があり、これらの提案課題の中から、研究総括が、9名の領域アドバイザーの協力のもと、課題の選考を行いました。まず、書類選考では、各提案課題に近い研究分野を専門とする領域アドバイザー3名ずつが第1次査読を実施し、ピックアップされた注目すべき提案課題についてさらに領域アドバイザーの全員が第2次査読を行いました。それらの査読結果に基づいた討議を行い、12件の面接選考対象課題を選定しました。次いで、面接選考を行い、最終的に6件の提案を採択しました。なお、書類選考、面接選考では利害関係者を排除して、厳正・中立な選考を行いました。選考の観点としては、タンパク質の「構造を解く」研究からタンパク質の「構造を使う」研究への飛躍を最も重視しました。選考では、研究成果の社会還元を目指す実践的な応用研究と、生命現象の解明など未来を志向した基礎的研究の双方を重視しました。採択に至った提案は、新治療法・予防法、バイオ燃料などの分野と生命現象の分子基盤の解明に資する課題であり、構造生物学者だけでなくライフサイエンス系の研究者の参画が得られています。残念ながら、食品安全性分野やタンパク質研究以外の課題の採択はありませんでした。一方、野心的・挑戦的な研究計画ではありますが、計画の裏付けとなる予備実験が不十分であるために、提案課題の実現性や実効性について確信が得られない提案が多くありました。また「構造生命科学」が目指す目標とは方向性が異なる提案や、CREST研究の基盤である研究代表者がリーダーシップを取って研究を推進するという研究体制に不備がある提案も見受けられました。

来年度の選考では、イノベーションが期待できる医薬・医療分野、採択の少なかった食品安全分野の提案を歓迎します。また、構造生命科学の発展に資する先導的で独自の視点からの提案を促進し、構造生命科学の新技術の創出、要素技術の高度化および複合化などに寄与する提案などを期待します。今年度は結果として約14倍の難関となり、不採択となった研究提案においても優れたものが多くありました。当該領域の目指す、先導的な研究を推奨するという趣旨をご理解いただき、今後一層の優れた研究提案を期待いたします。