近年の生物科学の進歩により創薬ターゲットの分子機構が解明されてきている一方で、優れた薬理作用が期待できる分子でも複雑な構造を持つために合成コストが高くなり、医薬品の開発候補から除外されてしまうことがあります。分子構造の多様性は本来無限であるにもかかわらず、合成技術の問題から医薬候補になる分子構造は限定されています。
また現在の医薬の中心である低分子医薬は、いくつかの顕著な欠点も明らかになっており、抗体や核酸といったバイオ医薬や、幹細胞を利用した再生医療などの新しい医薬や治療の概念が提唱されはじめています。低分子医薬だけに頼るのではなく新しい医薬や治療の概念を模索していくことが、医療の進歩につながると考えられます。
本研究領域では、「触媒」をキーワードに2つの方向性により医薬開発に貢献します。
第1の方向性としては、複雑な構造を持つ医薬候補物質を短い工程で、かつ地球環境を汚染せずに合成できる革新的触媒を開発し、合成技術の問題で排除されてきた分子も医薬候補物質として利用可能にすることです。これまでの多くの合成法では、反応性の高い官能基がある場合、意図しない反応により触媒の活性が失われることを避けるため、その官能基を保護する手法を取ってきた結果、合成効率が著しく低下していました。本研究領域では、銅や鉄などの汎用金属を用いた遷移金属触媒の活性が極性官能基により失われにくいことに着目し、官能基の保護が不要となる合成法の確立を目指します。
第2の方向性としては、生体内の酵素機能と置き換えられる人工触媒システムを開発し、細胞内に導入することで、触媒自体が医薬となるという新しい概念を提唱することです。生命活動は触媒の一種である酵素の活性によって支えられています。極めて単純化した表現を用いると、病態とは酵素活性が適正値より低下あるいは亢進しすぎた状態であるといえます。これまでの多くの医薬は、この酵素活性を調節することで薬理作用を発揮してきました。本研究領域では、これまでのように酵素の活性を調節するのではなく、酵素の機能を丸ごと人工触媒システムに置き換えることで治療するという新しい概念を提唱します。
本研究領域では、複雑な構造を持つ医薬候補物質の合成に利用する触媒や、細胞内に導入可能な人工触媒システムにおいて、主に汎用金属の触媒を利用することを目指すものであり、その研究成果は、戦略目標「レアメタルフリー材料の実用化及び超高保磁力・超高靱性等の新規目的機能を目指した原子配列制御等のナノスケール物質構造制御技術による物質・材料の革新的機能の創出」に資するものと期待されます。
1.氏名(現職) | 金井 求(カナイ モトム) (東京大学 大学院薬学系研究科 教授) 44歳 |
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2.略歴 |
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3.研究分野 | 有機合成化学、触媒、不斉触媒、医薬科学、化学/生物学境界領域 | ||||||||||||||||||
4.学会活動など |
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5.業績など | 金井 求 氏は、医薬やそのリード分子の効率合成への展開を目指し、新規不斉触媒の開発および触媒を活用した効果的な合成法の開発において業績を上げている。平成12年に多点認識型触媒を用いて世界初の触媒的不斉ライセルト反応を確立。その後、抗アルツハイマー病作用を有する天然物ガルスベリンAの世界初の全合成を達成(平成17年)。また、立体的に極めて混み入った位置での連続4置換-3級炭素の触媒的不斉を構築することで、抗結核薬リードR207910の世界初の触媒的不斉合成に成功(平成22年)。さらに同年、抗うつ作用を有する天然物ハイパーフォリンの触媒的不斉合成を世界で初めて確立するなど、次々と新たな触媒的不斉合成を開発している。 | ||||||||||||||||||
6.受賞など |
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