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科学技術振興機構報 第736号

平成22年6月2日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報ポータル部)
URL https://www.jst.go.jp

麹菌を利用したレモン果皮由来の新たな機能性ポリフェノールの製造技術の開発に成功

(JST委託開発の成果)

JST(理事長 北澤 宏一)はこのほど、独創的シーズ展開事業・委託開発の開発課題「レモン果皮醗酵ポリフェノールの製造技術」の開発結果を成功と認定しました。

この開発課題は、愛知学院大学 心身科学部 大澤 俊彦 教授(元 名古屋大学 大学院生命農学研究科 教授)らの研究成果を基に、平成17年3月から平成21年9月にかけて株式会社 ポッカコーポレーション(代表取締役社長 堀 雅寿、本社住所 名古屋市中区栄4-2-29、資本金23億7675万円)に委託して、企業化開発(開発費 約8300万円)を進めていたものです。

従来から果汁を搾った後のレモン果皮には多くのポリフェノール注1)成分が含まれていることが知られていました。また、JSTの支援を受けた大澤教授らの研究により、レモン果皮から醗酵によって得られる新規ポリフェノールが醗酵処理前に比べより高い抗酸化作用を有することが明らかになっていました。しかし、安定的な醗酵処理を行うことが困難なため、これまで食品素材として利用されることはありませんでした。

この技術では、レモン果皮中に糖と結合した配糖体として含まれるポリフェノールを、酵素処理によって糖部分を分離したアグリコン注2)型ポリフェノール(ヘスペレチン、エリオディクティオール)に変換し、さらに麹菌の1種であるアスペルギルス・サイトイ(学名:Aspergillus saitoi)を用いて醗酵処理を行い、より高い抗酸化作用が期待される8-ヒドロキシヘスペレチン注3)を含む新規ポリフェノールの製造を可能にしました。このように、比較的製造条件の難しい醗酵処理の前に酵素処理によってあらかじめアグリコン型ポリフェノールに変換することで、新規ポリフェノール素材を工業レベルで安定的に製造できる技術を確立しました。

その上で、新規に生成されたポリフェノール素材の安全性と有効性を確認しました。動物実験において新規ポリフェノール素材の主成分であるエリオディクティオールによる血圧の低下作用と一酸化窒素注4)合成酵素の発現促進作用が示唆されました。さらにヒト臨床試験を行った結果、新規ポリフェノール素材の摂取によって血管内皮機能注5)改善作用が見られることが明らかになりました。

委託先企業では新たな機能性食品素材として1~2年後の商品化を目指しています。

血管内皮機能改善作用はメタボリックシンドロームなどの生活習慣病に関わりのある血管疾患の予防につながる可能性が注目されています。よって本技術によって開発された新規ポリフェノール素材は、レモンの果皮部を利用した天然由来のもので、抗酸化作用の高い、健康の維持・増進に役立つ新たな機能性食品の素材として期待されます。

独創的シーズ展開事業・委託開発は、大学や公的研究機関などの研究成果で、特に開発リスクの高いものについて企業に開発費を支出して開発を委託し、実用化を図っています。本事業は、現在、「研究成果最適展開事業【A-STEP】」に発展的に再編しています。詳細情報 https://www.jst.go.jp/a-step/

本新技術の背景、内容、効果の詳細は次の通りです。

(背景) レモン果皮に含まれる豊富なポリフェノール成分の有効な利用方法と生活習慣病のリスクを低減する食品素材の開発が望まれていました。

従来から果汁を搾ったあとのレモン果皮には豊富にポリフェノール成分が含まれることが知られていました。また、JSTの支援を受けた大澤教授らの研究によって、レモン果皮をもとに醗酵によって得られる新規ポリフェノールが醗酵処理前に比べより高い抗酸化作用を有することが明らかになっていました。しかし、安定的な醗酵処理を行うことが困難なため、これまで食品素材として利用されることはありませんでした。

一方で、近年、消費者の健康志向が高まり、特定保健用食品、機能性食品をはじめとした健康食品が注目されています。新技術により得られる素材は、その高い抗酸化作用からメタボリックシンドロームをはじめとする生活習慣病の予防効果が示唆され、健康食品用の素材として有用性が期待されていました。

(内容) 酵素処理と醗酵処理の組み合わせにより新たな機能性ポリフェノールの製造技術を確立し、血管内皮機能改善作用について有効性を確認しました。

本新技術では第1に、これまで麹菌を用いて醗酵によって研究室レベルで製作していた新規ポリフェノールを工業レベルで安定的に製造できる技術を確立しました。

麹菌による醗酵によって、レモン果皮に配糖体として含まれているポリフェノールがアグリコンに変換され、さらに水酸基が付加した、より作用の高い新規ポリフェノールに変換されます。そこで、この新規ポリフェノールを効率的に生成させる方法として、あらかじめ酵素処理によりポリフェノール配糖体をアグリコン化させた後に醗酵処理を行う方法を採用しました(図1)。酵素処理においては、レモン果皮抽出物のアグリコン化の最適反応条件、精製条件を見いだし、純度が60%以上と高いポリフェノール素材を製作しました。

また、酵素処理によりアグリコン化させたレモン果皮抽出物をもとに、あらかじめ選定されたアスペルギルス・サイトイを用いて醗酵処理の最適条件を見いだし、工業レベルで8-ヒドロキシヘスペレチンを含む新規ポリフェノールを製造することができました。

第2に、新規に生成されたポリフェノール素材の安全性と有効性を確認しました。

安全性の評価注6)では、急性毒性試験としてマウスによる単回投与毒性試験を、また亜急性毒性試験としてマウスに反復投与毒性試験を行った結果、いずれも異常は認められませんでした。変異原性試験でも問題がないと判定され、飲料・食品素材としての安全性が確認されました。

また、有効性については、メタボリックシンドロームに関連して、最近、高血圧や動脈硬化の発症・進展と関わりが深いといわれている血管内皮機能に着目し、有効性を確認しました。動物実験において、新規ポリフェノール素材の主成分であるエリオディクティオールによる血圧の低下作用(図2)、一酸化窒素合成酵素の発現促進作用、酸化ストレス低減作用が示唆されたことから、ヒト臨床試験による有効性の評価を行いました。

ヒト臨床試験はカイユウ診療所(院長 矢島 洋一)にて、新規ポリフェノールを含む素材を試料として、健常成人12名に血流依存性血管拡張反応検査(FMD検査)注7)により行いました。その結果、FMD値が有意に高くなり、血管の拡張作用がみられ、血管内皮機能を改善する作用が見られました(図3)。また、血中ポリフェノール濃度との関係から、血管内皮機能改善作用が素材に含まれるポリフェノールによるものと示唆されました。

以上の結果から、本技術により新規に生成されたポリフェノールは、天然由来で安全性が高く、血管内皮機能改善作用に関してその有効性が示されたといえます。

(効果) メタボリックシンドロームなどの生活習慣病のリスク低減につながる機能性食品への利用が期待されます。

本技術を用いて製造された新たな機能性ポリフェノール(図4)は、血管内皮機能改善作用が見られることから、メタボリックシンドロームなどの生活習慣病に関わりのある血管疾患の予防につながる効果が期待されます。

また、レモンの搾汁残渣としての果皮部から機能性食品の素材を生産することによって廃棄資源の有効活用に貢献できます。

<参考図>

図1

図1 新規ポリフェノールへの変換技術

図2

図2 動物実験 : 血圧に及ぼす影響

図3

図3 ヒト臨床試験 : 血管内皮機能に及ぼす影響

図4

図4 新規ポリフェノール素材

<用語解説>

注1) ポリフェノール
フェノール性水酸基を同一分子内に2個以上有する物質の総称。植物に含まれており、抗酸化作用をはじめとしてさまざまな機能性が明らかにされている。
注2) アグリコン
ポリフェノールの多くは糖と結合した配糖体として存在しているが、糖部分が分離したものをアグリコンという。
注3) 8-ヒドロキシヘスペレチン
麹菌により発酵処理することで生成されるヘスペレチンの8位に水酸基が付加した新規のポリフェノール成分で、ヘスペレチンと比べより高い抗酸化作用を持っている。
注4) 一酸化窒素(NO)
血管の平滑筋を弛緩させる作用があり、それにより動脈を拡張させ血流量を高める働きがある。
注5) 血管内皮機能
血管内側表層にある血管内皮細胞のもつ血管の拡張性、血流、血液の凝集性などの調節機能で、血管内皮機能と生活習慣病の発症・進展と関わりがあることが明らかにされている。
注6) 安全性の評価
物質を動物に投与し、投与後の一般性状の観察、血液検査、解剖検査などを行うことで、その物質の安全性を評価する。具体的には、物質を1回投与(単回投与)して毒性を評価する急性毒性試験、定められた期間連続して投与(反復投与)して毒性を評価する亜急性毒性試験および突然変異を引き起す性質を評価する変異原性試験の3つの試験を行う。
注7) 血流依存性血管拡張反応検査(FMD[Flow-mediated dilation]検査)
カフ(駆血帯と呼ばれる空気圧で締め付けるための帯)で上腕を締め、一定時間後に開放した時の動脈の血管径の変化を診ることにより血管内皮機能を評価する。血管内皮機能が低下しているとFMD値が低い値を示す。

開発を終了した課題の評価

<お問い合わせ先>

株式会社 ポッカコーポレーション 中央研究所
平光 正典(ヒラミツ マサノリ)
〒481-8515 愛知県北名古屋市熊之庄十二社45-2
Tel:0568-21-1074 Fax:0568-23-3127

独立行政法人 科学技術振興機構 イノベーション推進本部 産学連携展開部
平尾 孝憲(ヒラオ タカノリ)、成田 吉重(ナリタ ヨシシゲ)
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8995 Fax:03-5214-0017