研究領域「ガスバイオロジー」の概要
ガス分子(O
2、NO、CO、H
2S、CN、CO
2、アルデヒド類など)は、地球の太古における単細胞生物が外界の環境変化を感知する信号として利用してきたことが知られていますが、現代の哺乳類においても蛋白質、脂質や糖質などと同様に生体の構成成分として生物作用の発揮に重要な役割を果たしています。とりわけ、ストレス応答に伴うエネルギー代謝や組織の修復などの制御に使われ、その生体内における濃度などの異常が各種疾患に関与していることが示唆されています。このため、ガス分子を介した代謝機構に基づく細胞機能の制御技術が確立されれば、医療分野へ広く応用できると期待されます。
本研究領域は、ガス分子が関与する生物の代謝機構を解明し、これを基盤としてガス分子に由来する細胞機能の制御技術を創出するとともにその医療への応用を図る、すなわちガス分子による生体制御の生物学=ガスバイオロジーを開拓しようとするものです。
本研究領域では、バイオシミュレーションを活用した代謝システム予測や、細胞内におけるガス分子濃度解析などのマクロ的視点の研究と、細胞内におけるガス分子と代謝を促す分子(酵素)との結合における分子構造の変化の解析など、代謝システム内における化学反応の解明といったミクロ的視点の研究を相補的に行い、ガス分子が介在する代謝機構の解明を目指します。ガス分子には、生体内での挙動分析や定量化が困難であるなど、ガス分子の特性に由来する技術的課題が存在しますが、本研究においては、顕微質量分析や振動分光学技術の導入とその高度化といった技術開発により課題克服に取り組みます。
さらに、代謝機構の解析により得られた知見を活用しつつ、酵素や代謝変動の局在の細胞レベルでの精密な解析、体内特定部位での代謝作用におけるガス分子の役割のより詳細な解明を進め、特定の臓器のガス分子環境の人為的な制御・調節の実現といったガス分子の特性を利用した病態制御技術の基礎を確立し、がん研究や薬物代謝・毒性メカニズムといった応用研究への端緒を得ることを目指します。
本研究領域は、ガス分子の特性に由来する困難さ故に取り組みが遅れてきたガスバイオロジーを学際的な研究アプローチで開拓し、その成果を医療分野に応用することを目的としており、その研究成果は、戦略目標「代謝調節機構解析に基づく細胞機能制御に関する基盤技術の創出」に資するものと期待されます。
研究総括 末松 誠 氏の略歴など
1.氏名(現職) |
末松 誠(すえまつ まこと)
(慶應義塾大学 医学部 教授(医化学教室)) 51歳 |
2.略歴 |
昭和58年3月 | 慶應義塾大学 医学部 卒業 |
昭和59年4月 | 慶應義塾大学 医学部 医学研究科 入学(内科学専攻) |
昭和63年3月 | 慶應義塾大学 大学院医学研究科 所定単位取得退学 |
昭和63年4月 | 慶應義塾大学 助手(医学部 内科学教室) |
平成2年1月 | 慶應義塾大学 助手(医学部 中央臨床検査部) |
平成3年5月 | 慶應義塾大学 助手(医学部 内科学教室) 帰室後直ちにカリフォルニア大学 サンディエゴ校応用生体工学部 (Professor Benjamin W. Zweifach)に留学 |
平成8年4月 | 慶應義塾大学 助教授(医学部 医化学教室) |
平成13年4月 | 慶應義塾大学 教授(医学部 医化学教室) |
平成14年10月 | 21世紀COE生命科学「システム生物学による生命機能の理解と制御」拠点形成事業者 |
平成15年1月 | 慶應義塾大学 環境情報学部 教授(兼担) |
平成15年4月 | 文部科学省リーディングプロジェクト「生体・細胞機能シミュレーション プロジェクト」研究代表者 |
平成17年6月 | 文部科学省ライフサイエンス委員会 委員 |
平成19年4月 | 理化学研究所「次世代生命体統合シミュレーションソフトウェア研究開発 運営委員」 |
平成19年6月 |
文部科学省グローバルCOE生命科学「In vivoヒト代謝システム生物学拠点」 拠点代表者
慶應義塾大学ヒト代謝システム生物学センター長 |
平成19年10月 | 慶應義塾大学 医学部長 |
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3.研究分野 |
活性酸素とヘム代謝の病態生化学、ガス状メディエーターによる細胞機能調節機構の研究 |
4.学会活動など |
昭和59年~現在 | 日本微小循環学会(理事長) |
昭和59年~現在 | 日本消化器病学会 |
昭和63年~現在 | The European Microcirculatory Society |
平成元年~現在 | The Microcirculatory Society USA |
平成3年~現在 | The Oxygen Societ |
平成4年~現在 | 日本生化学会(評議員 関東支部幹事) |
平成6年~現在 | American Association for the Study of Liver Diseases |
平成7年~現在 | 日本血液代替物学会(理事) |
平成13年~現在 | American Society for Biochemistry and Molecular Biology |
その他、英文誌(Am J Physiol, Antioxid Redox Signal など) 編集委員など多数 |
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5.業績 |
慶應義塾大学 医学部 内科学教室に在籍中、細菌や血管内皮細胞に接着した白血球が活性化され活性酸素を放出する機構解明の研究に取り組み、高感度光子撮像生体顕微鏡によって、好中球が放出する活性酸素を化学発光により世界で初めてリアルタイムに撮影することに成功した。カリフォルニア大学留学中は、接着分子を介した好中球と血管内皮細胞の相互作用が酸化ストレスを惹起させることを明らかにした(Am J Physiol,1993、1994)。帰国後は、肝臓は恒常的にヘムオキシゲナーゼ(HO)を介したヘムの分解により一酸化炭素(CO)を生成しており、これを低下させると、血管抵抗が増加することを明らかにして、内因性のCOが肝血管抵抗の制御因子であることを証明し(J Clin Invest,1995)、肝細胞から生成されたCOがディッセ腔を挟んで対峙する伊東細胞の弛緩を惹起することにより、類洞血管血流が維持されることを明らかにした(J Clin Invest,1998)。一方COは脳においてはNOの生成阻害因子として作用し微小血管収縮物質として働くことをNOの生体内撮像技術を駆使して明らかにした。最近の研究で、ヒト赤血球が低酸素を感知して解糖系を活性化するメカニズムが明らかになった。グルコースの安定同位体を用いた網羅的代謝流速解析と、大規模代謝数理モデルを用いた予測実験の比較検討により、ヘモグロビンの構造変化をスイッチとして、解糖系の中間段階にあたる複数の酵素が同時に活性化されることがそのメカニズムの本体であり、低酸素に際して細胞のATPを維持しつつ酸素乖離に寄与する2,3-BPGの生成を最大限に保つ最も効率のよいメカニズムであることを明らかにした(J Biol Chem 2007)。またメタボローム解析によりストレス惹起性のCOが含硫アミノ酸代謝制御を起こすことを明らかにし、その機構にcystathionine β-synthaseが関与すること、この酵素が生成する硫化水素(H2S)が胆汁分泌の制御に重要な役割を果たしていることも解明した(Hepatology 2009)。 |
6.受賞など |
平成2年 | 第14回 ヨーロッパ微小循環学会Young Investigator’s Awar |
平成2年 | 第30回 科学技術映画祭 奨励賞 |
平成4年 | メキシコ麻酔学会感謝証(活性酸素生体内撮像の研究に対して) |
平成6年 | 第16回ヨーロッパ微小循環学会 Lafon Microcirculatory Award |
平成16年 | American Physiology Society/The Microcirculatory Society 50th Anniversary Historical Poster選定 (Free Radical Bioimaging in Microcirculation) |
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