JSTトッププレス一覧科学技術振興機構報 第676号 > 資料2
資料2

研究領域の概要及び研究総括の略歴

戦略的創造研究推進事業 (ERATO型研究)
平成21年度発足

四方動的微小反応場プロジェクト

四方 哲也 氏
【研究総括】四方 哲也 氏
(大阪大学大学院 情報科学研究科 教授)
研究領域「動的微小反応場」の概要
 細胞は、数千の非線形反応が協調的に進行する反応ネットワークであり、人工的なシステムにはない高性能の化学反応場と捉えることができます。実際、我々は天然物からの有用物質生産などを通じこの反応場を利用しています。しかしながら、反応ネットワークをデザインして新物質を創成するといった段階までには到っておらず、細胞という反応場の可能性を充分には活かしていません。このことは、細胞という反応場の全体像の物理化学的な理解がなされていないことに起因していると考えられます。細胞における反応場としての機能は、細胞内における遺伝子の自己複製や変異、細胞自体の分裂・増殖、そして細胞間相互作用により起きる多様化や進化といった階層ごとの複雑なネットワークと、階層間の相互作用といった生命現象の要ともいえる動的な特性と密接に関連していると考えられます。従って、細胞における生命科学的な特性を物理化学の視点から理解することができれば、細胞の特性を活かした新たな物質反応場設計モデルを構築していくことができるようになり、画期的な新技術が創出されることが見込まれます。
 本研究領域は、細胞のもつ自己複製や自己増殖、進化といった特性を付与した動的微小反応場を実験的に創造し、その過程で細胞のもつ特性について生物学と物理化学両方の立場から理解すると共に、これらに立脚して細胞の特性を活用した新たな反応場設計モデルを構築することを目指すものです。
 研究推進にあたっては、まず、効率よく自己複製反応が進行する反応場を作製し、自己複製ネットワークの要素間相互作用の解析と理論モデル構築を行います。また、増殖する微小反応場の創出のために、μmサイズでの融合分裂を進める手法を検討し、物性物理の知見と微細加工技術を駆使した実験および理論研究を並行して進めます。また、動的微小反応場と細胞の進化を人為的に進めて自己複製反応時の変異現象や時系列的な自己最適化現象について基礎的な知見を得ると共に、観測技術開発と自己最適化システムの理論構築を行います。そしてこれらを統合して、実社会への応用可能な動的微小反応場の設計モデル構築を目指します。これらの研究を進めることで、新物質探索・生成手法について新たな概念や技術基盤が創出されるだけでなく、再生医療にも応用可能な技術基盤の創出につながることが期待されます。また、自律的に増え進化するという細胞のシステムの物理化学的解明は生命現象の起源に対する基礎理論の構築にもつながると考えられます。
 本研究領域は、動的微小反応場の創出を通じ、生物界と非生物界という究極の異種物質間の接点の創出を目指すもので、戦略目標「異種材料・異種物質状態間の高機能接合界面を実現する革新的ナノ界面技術の創出とその応用」に資するものと期待されます。

研究総括 四方 哲也 氏の略歴など
1.氏名(現職)
四方 哲也 (よも てつや)
(大阪大学 大学院情報科学研究科 教授) 46歳
2.略歴
昭和63年3月大阪大学 大学院工学科 発酵工学専攻前期課程 修了
昭和63年9月~平成元年9月Beckman Research Institute City of Hope, U.S.A. 研究員
平成2年4月~平成3年4月日本学術振興会特別研究員
平成3年3月大阪大学 大学院工学研究科 醗酵工学専攻後期課程 修了
工学博士号取得(大阪大学)
平成3年5月~平成10年3月大阪大学 工学部 応用生物工学専攻 助手 
平成9年10月~平成12年9月 科学技術振興事業団 さきがけ研究者
平成10年4月~平成14年3月大阪大学 大学院工学研究科 応用生物工学専攻 助教授
平成12年10月~平成15年9月 科学技術振興事業団 さきがけ研究者
平成12年8月~平成17年3月東京大学 大学院総合文化研究科 客員助教授
平成14年4月~平成18年7月大阪大学 大学院情報科学研究科 助教授
平成14年4月~平成17年10月大阪大学 大学院工学研究科 助教授(兼任)
平成14年4月~平成18年7月大阪大学 大学院生命機能研究科 助教授(兼任)
平成18年8月~大阪大学 大学院情報科学研究科 教授
平成18年8月~大阪大学 大学院生命機能研究科 教授(兼任)
3.研究分野
人工細胞の創出、ゲノムネットワークの柔軟性、人工共生の創出
4.学会活動など
平成12年~平成16年日本生物物理学会 学会委員
平成13年~平成17年日本生物物理学会 分野別専門委員
平成16年~平成18年日本生物物理学会 会誌編集委員
平成16年~平成18年日本進化学会 評議委員
平成17年日本進化学会 学会賞選考委員
平成19年~平成21年日本生物物理学会 学会委員

国際学会などの組織委員
Physical biologyなどの編集委員 他
5.業績など
 1980年代より世界に先駆けて実験的な構成的生物学を提唱し取り組んできた。大腸菌進化実験系を用いた一連の実証実験では、従来の進化論の基本原理であった競争原理による最適化システムに対し、他者との相互作用により競争しながらも共存し、進化していく競争的共存システムを提唱(kashikagi et al.2001ほか)。この新たな進化系の構築が評価され、2002年にはZeckerKandl賞を受賞している。また、大腸菌-粘菌共生系の形成過程を解析し(Todoriki et al.2002)、その形態変化と遺伝子代謝ネットワークの再編成機構を解明して(Matsuyama et al.2004)、生物共生ネットワーク形成機構を解明。さらに、大腸菌適応実験系では、未知なる環境変化に対応して、生物が生き残るための「アトラクター選択」による適応応答機構を提唱(Kashiwagi et al.2006)。これは、遺伝子発現レベルの大きな確率的ゆらぎを細胞が利用する新規の適応機構であり、そのゆらぎは細胞自体の増殖速度が変動することによっていることを明らかにした(Tsuru et al.2009)。
 また2008年には、細胞内に存在する数千から数万の遺伝子から構成される複雑なネットワークを、144種類の生体高分子で実験的に再現し、世界で初めて人工細胞内における遺伝子情報の自己複製に成功した(Kita et al.2008)。タンパク質機能については、従来その発達が長い進化過程で獲得されてきたと考えられていたのに対し、わずか数十世代の変異と選択のサイクルで容易に進化することを明らかにする(Yomo et al.2002,Toyota et al. 2008)など、タンパク質分子から細胞集団レベルに至る様々な階層で実験進化と複雑系構成的アプローチを用いて生命ネットワークの進化適応に関する基礎的知見を明らかにしている。
 さらに、これらの実験進化をもとに、生物システムにおいても物理学的な揺動散逸定理が成り立つことを実証し(Sato et al.2003)、確率的ゆらぎと進化の関係を明らかにする(Ito et al.2009)など、一連の研究成果は生物学にとどまらず、他の分野にまで影響を与えつつある。
6.受賞など
平成 7年日本生物工学会 斎藤賞
平成13年日本生物工学会 論文賞
平成14年The Zuckerkandl Prize,Journal of Molecular Evolution
平成15年 日本進化学会 研究奨励賞
平成19年第10回細胞性粘菌研究会 優秀賞