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科学技術振興機構報 第588号

平成20年11月25日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報課)
URL https://www.jst.go.jp

肺がん発症マウス作製と、そのがん壊死に成功

(肺がん特効薬の実用化は近い)

 JST基礎研究事業の一環として、自治医科大学の間野 博行 教授らは、肺がん発症マウス作りに成功し、その腫瘍が特異的分子標的治療により消失することを確認しました。
 肺がんは最も死亡者数の多いがんであり、有効な治療法開発が待たれています。間野教授らは昨年、肺腺がんの臨床検体から新たな肺がんの原因遺伝子EML4-ALK注1)を発見しました(Nature 448:561-566)。肺がん細胞内においてALK遺伝子はEML4遺伝子と融合して活性型チロシンキナーゼ注2)EML4-ALKを産生しますが、EML4-ALKのがん化能は酵素活性依存性であることから、その酵素の特異的阻害剤がEML4-ALK陽性肺がんの新たな治療法になると期待されていました。
 本研究グループは、まずEML4-ALKが真に肺がんの原因であることを確認する目的で、同遺伝子が肺胞上皮特異的に発現するトランスジェニックマウス注3)を作製しました。その結果、EML4-ALK発現マウスは生後わずか数週間で両肺に数百個の肺腺がんを多発発症したことから、EML4-ALK陽性肺がんにおいては同遺伝子が発がんの主たる原因であることが証明されました。さらにALK酵素阻害剤を同マウスに1日1度経口投与したところ、1ヵ月の治療で肺内のがん腫瘤が速やかに壊死・消失しました。
 今回の結果から、これまで全く治療法のなかった肺がんの一部には、ALK酵素阻害剤が特効薬ともいうべき有効な分子標的治療法になることが確認されました。
 本研究は、自治医科大学 呼吸器内科学講座と癌研有明病院 病理部の協力を得て行いました。
 本研究成果は、米国科学雑誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」のオンライン速報版で2008年11月24日の週(米国東部時間)に公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域「テーラーメイド医療を目指したゲノム情報活用基盤技術」
(研究総括:笹月 健彦 国立国際医療センター 名誉総長)
研究課題名遺伝子発現調節機構の包括的解析による疾病の個性診断
研究代表者間野 博行(自治医科大学 ゲノム機能研究部 教授)
研究期間平成14年11月~平成20年3月
 JSTはこの領域で、ゲノム情報を活用した創薬・個々人の体質に合った疾病の予防と治療―テーラーメイド医療―の実現を目指し、その基盤となる研究に取り組んでいます。上記研究課題では疾患責任細胞の後天的な遺伝子変異を、発現調節機構の面から包括的に解析し、新規診断マーカー、薬剤感受性規程因子の同定と予後予測法の開発を通して上記医療の実現に貢献することを目的としています。

<研究の背景と経緯>

 肺がんは先進国におけるがん死因の第1位を占める予後不良の疾患であり、抗がん剤による化学療法ではほとんど延命が期待できないのが現状です。近年、上皮成長因子受容体(EGF受容体)注4)遺伝子の変異が一部の肺がん症例で発見され、この変異を有する肺がんにEGF受容体のキナーゼ活性阻害剤ゲフィチニブ注5)が有効であると確認されました。しかしEGF受容体変異のない肺がんには有効な治療法がなく、これらの症例の発がんメカニズムの解明とそれに基づく新たな治療法の開発が待たれています。
 本研究グループは昨年、肺腺がんの外科切除検体から新しいがん遺伝子EML4-ALKを発見しました(Nature 448:561-566)。EML4は細胞内骨格たんぱく質を、ALKは受容体型チロシンキナーゼをそれぞれコードします。
 しかし肺がん細胞においては、染色体転座が生じた結果両遺伝子が融合し、EML4のアミノ末端側約半分とALKの細胞内キナーゼ領域とが結合した異常キナーゼが作られることが明らかになりました。EML4-ALKはALK領域の酵素活性依存性に極めて強いがん化因子となることから、EML4-ALK陽性肺がんにはALK酵素阻害剤が有効な分子標的治療法になると期待されます。実際、本研究グループの昨年の発見を受けて、現在多くの製薬企業がALK阻害剤を開発しています。また、つい最近、米国でEML4-ALK陽性肺がんに対するALK阻害剤の臨床試験がスタートしました。
 本研究グループは今回、EML4-ALK陽性肺がんに対するALK阻害剤の治療効果を生体において検証する目的で、EML4-ALKが肺胞上皮で発現するトランスジェニックマウスを作り、このモデル動物を用いて治療実験を試みました。

<研究の内容>

 本研究グループは、ヒト肺がんの発症部位の肺胞上皮にEML4-ALKが発現するように実験を計画。肺胞上皮特異的に発現スイッチがオンになるsurfactant protein C遺伝子注6)のプロモーターによってEML4-ALK発現を誘導するユニットを作り、それをマウス卵細胞に注入しました。この卵細胞から生まれたマウスは、予想通りマウス肺胞上皮においてのみEML4-ALKが発現するマウスとなることが確認されました。そして同マウスは生後わずか1~2週で両肺に数百個の肺腺がん腫瘤を同時多発的に発症しました(図1)。生後間もない段階でこのように多発肺がんを発症することから、EML4-ALKは同遺伝子陽性肺がんにおいて鍵となるがん遺伝子であることが証明されました。
 次に本研究グループは、こうして樹立された肺がん自然発症モデル動物を用いて治療実験を行いました。生後1ヵ月後のマウスを2グループに分け、片方のグループのマウスにのみALK阻害剤を1日1度投与しました。両グループのマウスの肺がんの状態をマウスCT検査によって時系列的にフォローした結果、ALK阻害剤非投与マウスの肺内腫瘤は急速に増大しましたが、阻害剤投与マウスの肺内腫瘤は急速に消失し特効薬とも言うべき治療効果を有することが証明されました(図2)。一部のマウスにおいては肺内腫瘤が空洞化し嚢胞に変化しているものもあり、がん細胞の急速な壊死・消失が確認されました(図3)。さらにEML4-ALK陽性細胞を正常マウスに尾静脈から静注したところ、肺内に同細胞が播種、急速に死に至りましたが、1日1度ALK阻害剤を投与するだけで、肺内の播種が消失し全マウスが生存可能になることが確認されました(図4)

<今後の展開>

 今回の実験結果から、(1)EML4-ALK陽性肺がんにおいては、同融合遺伝子が発がんの主要な要因であること、(2)EML4-ALK陽性肺がんに対しては、ALKキナーゼ活性阻害剤が極めて有効な分子標的治療法となること――が証明されました。
 現在、複数の製薬企業がEML4-ALK陽性肺がんの治療を目指してALK阻害剤を開発していますが、本研究グループが作製したEML4-ALK発現マウスは、それら阻害剤が実際に体内で有効か否かを検証することのできる極めて優れたモデル動物と言えます。

<付記>

 本研究は、自治医科大学 呼吸器内科学講座の杉山 幸比古 教授、癌研有明病院 病理部の石川 雄一 部長および竹内 賢吾 研究員らの協力を得て行われました。

<参考図>

図1 EML4-ALK発現マウスの作製
図2 ALK酵素阻害剤による治療効果
図3 ALK阻害剤による肺がんの空洞化
図4 EML4-ALK陽性細胞の静脈注射実験
<用語解説>

<論文名>

"A mouse model for EML4-ALK-positive lung cancer"
(EML4-ALK陽性肺がんのモデルマウス作製)
doi: 10.1073/pnas.0805381105

<お問い合わせ先>

間野 博行(マノ ヒロユキ)
自治医科大学 分子病態治療研究センター ゲノム機能研究部
〒329-0498 栃木県下野市薬師寺3311ー1
Tel:0285-58-7449 Fax:0285-44-7322
E-mail:

瀬谷 元秀(セヤ モトヒデ)
科学技術振興機構 戦略的創造事業本部 研究領域総合運営部
〒102-0075 東京都千代田区三番町5 三番町ビル
Tel:03-3512-3524 Fax:03-3222-2064
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