研究領域「生細胞分子化学」の概要
生物が個体としての"生"を維持するために、個々の細胞の生死は厳密に制御されています。例えばさまざまな傷害により必要な細胞が死んでしまう場合にはネクローシス(壊死)とよばれるタイプの細胞死が観察される一方で、不要な細胞は自ら死ぬしくみ、アポトーシスとよばれる細胞死により除去されます。これらの細胞死に異常が生じると、がんや虚血性疾患、神経変性疾患などさまざまな疾患を引き起こすことが知られており、細胞死の制御による新たな治療法、予防法の確立が期待されています。そのためには、細胞死のしくみを分子レベルで明らかにする必要がありますが、未だその全貌は明らかになっていません。細胞死のしくみを明らかにするためには、細胞死に関与しているひとつひとつのたんぱく質を同定し、それらの相互作用の連鎖(細胞内情報伝達)を明らかにしていく必要があります。しかし、細胞を壊してしまったり、遺伝子工学的な手法によってそのたんぱく質の量を大きく変えると、本来の相互作用が失われてしまったり、逆に生理的な条件下では相互作用していない相手を間違って検出してしまったりという事があります。そこで、相互作用している複数のたんぱく質を生細胞中で直接検出する新しい手法が求められています。
本研究領域は、細胞死に関連するたんぱく質を同定し、生細胞中でそれらの相互作用を検出可能にする新しい化学的な手法の研究開発を行い、さらに同定したたんぱく質の働きを調べることで細胞死のしくみを解明し、低分子化合物によって細胞死を制御することを目指すものです。
具体的には、細胞死を抑制または促進する低分子化合物、すなわち"細胞死制御分子"を探索・合成し、生細胞中でこの分子が結合する標的たんぱく質を同定します。さらにその標的たんぱく質が相互作用している相手のたんぱく質を同定する必要がありますが、細胞を壊してしまうと本来の相互作用が失われてしまいます。そこで、細胞を壊さず、生細胞中で "細胞死制御分子"と直接または間接的に相互作用する複数のたんぱく質をラベルして検出する新しい化学的手法や、"細胞死制御分子"が細胞内のどこで働いているのかを調べる新規な生細胞イメージング技術の研究開発を行います。これらの技術といくつかの異なる細胞死制御分子を組み合わせ、細胞死の情報伝達の全容を解明することを目指します。また、研究過程で開発される新しい"細胞死制御分子"や生細胞解析手法は、細胞死の異常により引き起こされる疾患の治療薬創製や、ほかの生命現象の解明にも役立つことが期待されます。
本研究領域は、低分子化合物を用いて細胞内の代謝システムを解析・制御する技術の確立を目指すことにより、生物がかかわる分野にとって有効な基盤技術の創出へとつなげるもので、戦略目標「代謝調節機構解析に基づく細胞機能制御に関する基盤技術の創出」に資するものと期待されます。
研究総括 袖岡 幹子 氏の略歴など
1.氏名(現職) |
袖岡 幹子 (そでおか みきこ)
(理化学研究所基幹研究所 主任研究員) 49歳 |
2.略歴 |
昭和58年3月 | 千葉大学大学院 薬学研究科博士前期課程 修了 |
昭和58年3月~昭和61年10月 | 相模中央化学研究所 研究員 |
昭和61年10月~平成4年8月 | 北海道大学 薬学部 教務職員/助手 |
平成元年7月 | 薬学博士号取得(千葉大学 論文博士) |
平成2年9月~平成4年8月 | ハーバード大学 化学科 博士研究員 |
平成4年9月~平成7年12月 | 東京大学薬学部助手 |
平成8年1月~平成11年11月 | 相模中央化学研究所 副主任研究員/主任研究員 |
平成11年11月~平成12年3月 | 東京大学分子細胞生物学研究所 助教授 |
平成12年4月~平成13年3月 | 東北大学反応化学研究所 教授 |
平成13年4月~平成18年3月 | 東北大学多元物質科学研究所(改組) 教授 |
平成16年4月~ | 理化学研究所 主任研究員 |
平成17年4月~平成20年3月 | 東京大学 工学研究科 化学生命工学専攻 特定研究客員教授 |
平成18年4月~ | 埼玉大学 理工学 研究科 客員教授 |
平成20年4月~ | 東京医科歯科大学 連携教授 |
平成20年4月~ | 京都大学 客員教授 |
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3.研究分野 |
化学生物学、有機合成化学、遷移金属科学 |
4.学会活動など |
平成12年~ | 日本学術振興会審査委員(科研費など) |
平成17年~平成19年 | 文部科学省科学技術・学術審議会専門委員 |
平成18年~ | 日本化学会天然物化学・生命科学デビジョン幹事 |
国際学会などの組織委員 |
・OMCOS 2007, IUPAC Natural Product Meeting 2006, ICOS-15 2004 など |
・平成15年 | 第14回仙台シンポジウム組織委員長 |
・平成7年~平成9年 | 有機合成化学協会事業委員 |
・平成13年~平成15年 | 日本化学会 化学と工業編集委員 |
・平成13年~平成15年 | 日本薬学会創薬セミナー委員 ほか |
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5.業績など |
1980年代、プロスタグランジン誘導体の効率的合成法の開発(JOC1984; JACS1988, 1989)、クロムカルボニル錯体を利用した新規反応の開発(JACS1990)、触媒的不斉Heck反応の開発 (JOC1989) などに携わった後、ハーバード大学留学。転写因子NF-κBの大腸菌による大量発現系の構築を行い、DNAの相互作用に関する化学的解析やX線結晶構造解析研究に寄与した(PNAS1994; Nature1995)。
さらに不斉Heck反応など用いた生物活性物質の合成でも成果をあげるとともに(JACS1993, 1994, 1996)、パラジウムエノラートを経る新規な不斉アルドール反応の開発に初めて成功した(JOC1995)。その後、独自に開発したパラジウムアクア錯体、μ-ヒドロキソ錯体を触媒として用い、不斉マンニッヒ型反応(JACS1998, 1999, 2006; Angew. Chem. Int. Ed 2005)、不斉マイケル付加反応(JACS2002)、不斉フッ素化反応(JACS2002, 2005)、さらにはアセタールを用いる不斉アルドール反応(Angew. Chem. Int. Ed 2008)などを次々に開発し、これまでのアルカリ金属エノラートと異なり、水に寛容で中性または酸性条件下で高い反応性と選択性を示すキラルパラジウムエノラートの化学という全く新しいフィールドを開拓した。
一方、新しい生物活性をもつ化合物、特に細胞内情報伝達制御酵素阻害剤の設計と合成でも多く成果を上げている。発癌プロモーションに深く関与するプロテインキナーゼC(PKC)の全く新しいタイプの阻害剤の設計と合成(JACS1998; ChmMedChem2008)、免疫T細胞活性化の細胞内情報伝達酵素であるプロテインホスファターゼ2B(カルシニューリン)の選択的阻害剤の開発(JACS2003)などに成功した。また、酸化ストレスにより誘導されるネクローシス型の細胞死のみを選択的に阻害するユニークな化合物の開発に成功し(Bioorg. Med. Chem. Lett.2005)、作用機序の解明研究にとりくんでいる。
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6.受賞など |
平成5年 | 日本薬学会奨励賞 |
平成11年 | 有機合成化学協会研究企画賞 |
平成16年 | 日本化学会学術賞 |
平成17年 | ChemComm 40th Anniversary Award Lecturer, Switzerland |
平成19年 | Nagoya Medal Prize (Silver Medal) |
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