研究領域「感染宿主応答ネットワーク」の概要
世界中で2千万人以上が死亡したスペイン風邪や、いまだ記憶に新しい新型肺炎SARSなど、ウイルス感染症は時に多くの人命を奪い、世界経済にも重大な影響を与えることがあります。これまでの研究により、ウイルスを標的としたワクチンや抗ウイルス薬が開発され予防・治療に用いられていますが、ウイルスの変異や薬剤耐性ウイルスの出現、新興ウイルスへの有効性の問題など、既存の方法のみではウイルス感染症の克服には至っていません。一方で、ウイルス感染症の発症および病態は、ウイルスそのものの性状のみならず、被感染者(宿主)の生体変化(宿主応答)とのバランスにより決まることが知られています。最近の研究では、同種のウイルスでも、毒性の違いにより宿主における遺伝子発現に違いが生じるという知見が得られております。このことから、ウイルス感染症の制御において、宿主応答を標的とした新たな可能性が示唆されています。
本研究領域は、ウイルス感染に起因する宿主応答を分子、細胞、個体レベルで網羅的に解析し、情報統計学的手法を用いて宿主応答の全体像を宿主応答ネットワークとして体系化することで、ウイルス感染症の発症とその病態に影響を及ぼす宿主応答を解明すると同時に、予防・治療戦略の新たな基盤の創出を目指すものです。
具体的には、ウイルス感染症のひとつであるインフルエンザについて(1)インフルエンザウイルスのすべてのたんぱく質と相互作用する宿主たんぱく質を網羅的に解析・同定するとともに、発症・病態に関する個体レベルの変化(感染組織でのウイルス増殖、血液生化学的・病理学的所見など)の情報を集積します。また(2)毒性の異なるウイルスを用いて、各々の感染において発現が変動する宿主遺伝子を同定し、経時的かつ定量的に解析します。そして(3)これらの情報を統合し、情報統計学的手法で解析することで、ウイルス感染にともなう一連の変化を宿主応答ネットワークとして体系化します。ウイルス毒性と宿主の病態ごとに特有の宿主応答ネットワークを構築し、これらの経時変化の比較をもとに、症状重篤化を規定するネットワークの動的特性を把握・抽出を試みます。また、宿主応答ネットワークを用いた薬剤投与シミュレーション、バイオマーカーの探索など、新規治療法戦略への発展応用を目指します。インフルエンザで開発される新たな解析技術・手法はほかのウイルス感染症の宿主応答解析にも応用され、ウイルス感染症全般の解明に貢献し得ることが期待されます。
本研究領域は、ウイルス感染によって変動する宿主応答をシステム生物学の枠組みで分析し、そこから得られるネットワークの理解により、ウイルス感染症の新たな概念の確立と宿主応答に基づく新規治療戦略への発展的基盤の創出を目指すもので、戦略目標「生命システムの動作原理の解明と活用のための基盤技術の創出」に資するものと期待されます。
研究総括 河岡 義裕 氏の略歴など
1.氏名(現職) |
河岡 義裕(かわおか よしひろ)
(東京大学医科学研究所 感染・免疫部門、ウイルス感染分野 教授) 52歳 |
2.略歴 |
昭和53年 3月 | 北海道大学 獣医学部 卒業、獣医師免許取得 |
昭和55年 3月 | 北海道大学 獣医学部修士課程修了 鳥取大学 農学部 獣医微生物学講座 助手 |
昭和58年 6月 | 獣医学博士(北海道大学) セントジュード小児研究病院 ウイルス分子生物学部門 博士研究員 |
昭和60年 | セントジュード小児研究病院 ウイルス分子生物学部門 助教授研究員 |
平成元年 | セントジュード小児研究病院 ウイルス分子生物学部門 準教授研究員 |
平成8年 | セントジュード小児研究病院 ウイルス分子生物学部門 教授研究員 |
平成9年 | ウイスコンシン大学 獣医学部 教授 |
平成11年 | 東京大学医科学研究所 細菌感染研究部 教授 |
平成12年 | 東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 ウイルス感染研究分野 教授 |
平成16年 4月 | 北海道大学創成科学研究機構 客員教授 |
平成17年 4月 | 理化学研究所 客員主管研究員 |
平成19年 4月 | 神戸大学 客員教授 |
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3.研究分野 |
ウイルス感染症 |
4.学会活動など |
公職
平成11年~ | 国際ウイルス分類委員会オルソミクソ属委員長 |
平成14年~ | インフルエンザ塩基配列データベース、諮問委員会委員 |
平成14年~平成20年 | 国際微生物学会連合、諮問委員会委員 |
平成20年~ | 国際微生物学会連合、ウイルス部門、副委員長 |
研究費申請書の審査委員
平成4年 | 特別審査委員会、アメリカ国立衛生研究所 |
平成6年~平成10年 | ウイルス分科会、アメリカ国立衛生研究所 |
国際学術雑誌の編集委員
平成8年~ | Journal of Virology |
平成9年~ | Virus Research |
平成11年~平成13年 | American Journal of Veterinary Research |
平成13年~ | Virology |
平成15年~平成17年 | Virus Research (Editor) |
平成15年~ | Journal of General Virology |
平成16年~ | Journal of Clinical Investigation |
平成18年~ | PLoS Pathogens |
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5.業績など |
インフルエンザウイルスおよびエボラウイルスを中心として、ウイルス感染症における病原性の発現機序、ウイルス毒性、ウイルスワクチン開発などの研究を行い、リバース・ジェネティクスの手法を駆使し、ウイルス感染症の分野において先導的な研究を推進している。
1999年、インフルエンザウイルスのリバース・ジェネティクス法を開発し、世界で初めてインフルエンザウイルスをプラスミドから人工合成することに成功した(PNAS, 1999)。当該技術はインフルエンザの研究を飛躍的に促進させるとともに、特定のワクチンを短時間で製造することを可能とし、インフルエンザワクチン開発に大きく貢献している。
スペイン風邪のインフルエンザウイルス遺伝子から人工ウイルスを作成し、スペイン風邪ウイルスが高病原性を発現するメカニズムを解明した(Nature, 2004; Nature, 2007)。
また、鳥インフルエンザウイルスに関して高病原性発揮のメカニズムを明らかにするとともに(Science, 2001)、H5N1亜型の高病原性鳥インフルエンザウイルスが重篤な肺炎を起こす分子基盤および、本ウイルスが人で効率よく伝播しない理由を解明した(Nature, 2006a; Nature, 2006b)。
さらに、インフルエンザウイルスは容易に薬剤耐性を獲得することを明らかにし(Lancet, 2004; Nature, 2005; JAMA, 2007)、新規抗インフルエンザ薬開発のための基礎研究を推進している(Nature, 2006c; Nature 2008)。
インフルエンザウイルスの先駆的研究とワクチン製造手法の開発が高く評価され、2006年のロベルトコッホ賞を受賞している。 |
6.受賞など |
平成3年 | 日本獣医学会賞 |
平成14年 | 野口英世記念医学賞 |
平成18年 | 文部科学大臣表彰 科学技術賞(研究部門) |
平成18年 | ロベルトコッホ賞(ピーター・パレィジー博士との共同受賞) |
平成19年 | 武田医学賞 |
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