科学技術振興機構報 第51号
平成16年4月9日
埼玉県川口市本町4-1-8
独立行政法人 科学技術振興機構
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骨代謝を制御する新しい免疫受容体の発見

 独立行政法人 科学技術振興機構(理事長:沖村憲樹)の研究チームは、骨代謝を制御する新しい受容体群を発見した。この受容体は、免疫グロブリン(抗体)分子と似た構造をもち、骨を分解する細胞(破骨細胞)の形成を誘導するために必須であることが解明された。従来知られていた破骨細胞の分化を誘導する因子は単独では十分に機能できず、今回発見された受容体と協調して作用することが必要であることがわかった。またこの受容体群からの刺激が遮断されたマウスを作成すると、破骨細胞が形成されず骨形成の異常が現れることが判明し、骨代謝において不可欠であることが証明された。
 本研究成果は戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけタイプ)「生体と制御」研究領域(研究総括:竹田美文・実践女子大学生活科学部教授)における研究テーマ「自己免疫性関節炎における骨破壊の分子機構の解明とその制御法の確立」(研究者:高柳広・東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科分子細胞機能学特任教授)および同事業 チーム型研究(CRESTタイプ)「免疫難病・感染症等の先進医療技術」研究領域(研究総括:岸本忠三・大阪大学大学院生命機能研究科客員教授)における研究テーマ「IgL受容体の理解に基づく免疫難病の克服」(研究代表者:高井俊行・東北大学加齢医学研究所教授)の共同によるもので、骨と免疫の関係に注目した新しい学問分野である骨免疫学をさらに発展させる成果であるだけでなく、関節リウマチ、骨粗鬆症、骨腫瘍、歯周病などの骨破壊性疾患における骨代謝の新たな制御方法の開発も期待できる。
 本成果は、4月15日付けの英国科学雑誌「Nature」で発表される。
【成果の概要】
研究の背景と経緯
骨は一度作られると変化しない石のような組織ではない。正常な強度を持った健康な骨組織は、骨形成と骨吸収とがバランス良く行われてはじめて維持される。骨を作る細胞が骨芽細胞であり、骨を分解する細胞が破骨細胞である。破骨細胞による骨の分解(骨吸収)が行われないと、骨は硬化して棒のようになり中央部にある空洞(骨髄腔)がなくなる。この病気は大理石骨病と呼ばれている。骨の作られる量よりも分解される量が多くなると蓄積している骨の量が減少して骨粗鬆症になる(図1)。また関節リウマチの関節の破壊においても破骨細胞が重要である。したがって、骨芽細胞と破骨細胞の制御のしくみを理解し、薬剤などで人為的にコントロールする方法を開発することは重要な課題である。
今回の論文の概要
従来、破骨細胞の形成には破骨細胞の分化を誘導する因子(RANKL;ランクル)と破骨細胞のもとになるマクロファージの生存因子(M-CSF)という2つのサイトカイン*1による刺激だけで十分であると考えられてきたが、今回、第3のシグナル経路を司る受容体(免疫グロブリン様受容体)群を発見した。新規な受容体群はFcRγまたはDAP12という細胞膜に局在するシグナル伝達分子と会合して細胞内にシグナルを伝達し、カルシウムシグナルを介して破骨細胞の分化を決定づける転写因子(NFATc1)の誘導を行う(図2)。FcRγとDAP12遺伝子を両方欠損したマウスにおいては、破骨細胞が形成されず骨吸収ができないため、重症の大理石骨病を呈することが明らかになり、この受容体群の重要性が示された(図3)。またこの受容体群は、免疫細胞(T細胞)の活性化機構(図4)において良く知られる共刺激分子*2と同様に、RANKLによる主刺激のもとで破骨細胞の分化を精妙に制御する共刺激分子と位置づけることができる(図5)。また、この破骨細胞分化における共刺激は、FcRγとDAP12が共通して持っているITAMモチーフ*3と呼ばれるアミノ酸配列部分を介して伝達されることも明らかになり(図2)、破骨細胞と免疫細胞が同じ機構を用いて制御されていることが見いだされた。
今後期待できる成果
この成果は破骨細胞の分化を制御する薬剤の開発、関節リウマチ、骨粗鬆症、骨腫瘍、歯周病を含めた骨疾患の治療につながり、広範囲に応用が期待される。また近年、骨の細胞が免疫系と同じメカニズムによって制御されていることが注目を集めており、本研究によってこの「骨免疫学」の分野に新たな展開が期待される。
 
【用語説明】
サイトカイン*1細胞から放出され、免疫、炎症反応の制御作用、抗ウィルス作用、抗腫瘍作用、細胞増殖・分化の調節作用など細胞間相互作用を媒介するタンパク性因子の総称。
共刺激分子*2T細胞の活性化には、主刺激となるT細胞受容体からの刺激に対して、協調して働く補助分子が必要であり、共刺激分子と呼ばれる。代表的なT細胞の共刺激分子には、CD4, CD8, CD28などがあり、免疫系が効率よく外来の微生物を排除するには不可欠な分子群である。
ITAMモチーフ*3T細胞受容体、B細胞受容体、Fc受容体などの免疫受容体のサブユニットや、NK細胞受容体と会合するアダプター分子などに共通して見られるアミノ酸配列部分で、チロシンリン酸化によって活性化され、シグナル伝達を行う。
 
【論文名】
「Costimulatory signals mediated by the ITAM motif cooperate with RANKL for bone homeostasis」
(ITAMを介した共刺激シグナルはRANKLと協調して骨代謝を維持する)
doi :10.1038/nature02444
 
【研究領域等】
・戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけタイプ)
研究領域: 「生体と制御」(研究総括:竹田美文・実践女子大学生活科学部教授)
研究課題: 「自己免疫性関節炎における骨破壊の分子機構の解明とその制御法の確立」
研 究 者: 高柳広・東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科分子細胞機能学特任教授
研究期間: 2001年12月~2004年11月
・戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CRESTタイプ)
研究領域: 「免疫難病・感染症等の先進医療技術」
(研究総括:岸本忠三・大阪大学大学院生命機能研究科客員教授)
研究課題: 「IgL受容体の理解に基づく免疫難病の克服」
研究代表者: 高井俊行・東北大学加齢医学研究所教授
研究期間: 2001年12月~2006年11月
 
図1 骨の形成と吸収のバランスによる骨の量の調節
図2 破骨細胞の形成に必須な第三のシグナル経路を司る免疫受容体
図3 FcR とDAP12遺伝子の二重欠損マウス(ダブルノックアウトマウス)の骨組織
図4 T細胞の活性化におけるT細胞受容体と共刺激シグナルの協調作用
図5 新たな受容体群による共刺激シグナルとRANKLの協調作用に基づく破骨細胞形成メカニズム 
 
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【問い合わせ先】
高柳 広(タカヤナギ ヒロシ)
    東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
    分子細胞機能学 特任教授
    〒113-8549 東京都文京区湯島1-5-45
    Tel: 03-5803-5471 Fax: 03-5803-0192     

瀬谷 元秀(セヤ モトヒデ)
    独立行政法人 科学技術振興機構 戦略的創造事業本部
    研究推進部研究第二課
    Tel 048-226-5641、Fax 048-226-2144     
 
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