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科学技術振興機構報 第497号

平成20年3月25日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報課)
URL https://www.jst.go.jp

長周期型地震による長時間・大振幅の揺れから建物を守る
制震装置の開発に成功

 JST(理事長 北澤宏一)はこのほど、独創的シーズ展開事業・委託開発の開発課題「除熱機構を搭載した制震装置」の開発結果を成功と認定しました。
 本開発課題は、NPO法人海洋温度差発電推進機構 理事長 上原春男の研究成果をもとに、平成17年3月から平成19年9月にかけて三協オイルレス工業株式会社(代表取締役会長 中村孟、本社・東京都府中市日新町1-1-5、資本金 55百万円)に委託して、企業化開発(開発費約279百万円)を進めていたものです。
 近年、高層ビルなどの大型構造物を、長時間にわたる長周期型地震注1)の揺れによる被害から守る制震装置の必要性が高まってきています。従来から用いられている制震装置では、制震機能を果たす装置内の摩擦発生部分が、地震の揺れが続くと過熱し、制震効果が低下するという問題がありました。
 そこで、本開発では長時間安定して制震効果を持続できる、除熱機構を搭載した制震装置を開発しました。本制震装置は、地震のエネルギーを吸収する粘性体内包の回転体と、地震による構造物の揺れを回転運動に変換するオイルレスねじ注2)部から構成される制震機構に、ねじ部に発生する摩擦熱を除去する除熱機構を一体化したものです。
 本開発では、1200kN(キロニュートン)級の制震力を必要とする大型構造物用の制震装置の回転ねじの製造技術を確立し、ねじ部が一定温度以上に過熱しないように、冷媒を循環してねじ部に発生する摩擦熱を効果的に取り除く除熱機構を開発しました。さらに、断水・停電時でも地震エネルギーだけで稼働できるように冷媒循環ポンプ・配管、タンクの構造を工夫し、制震機構と一体化させた制震装置(1200~1500kN仕様)を完成させました。
 本装置は、冷媒として水および不凍液を使用した条件下での加振試験の結果、制震効果を安定して持続し、大きなエネルギー吸収量(入力800kN、ストローク±100mmの条件で連続7.5分以上相当)を有していることが確認されました。
 本新技術は、今後発生が心配される巨大地震から構造物への被害を最小限に抑制し、構造物と人の安全確保に貢献することが期待されます。特に、長周期型地震による大きな揺れに対して、長時間制震効果を安定して発揮します。さらに、直下型地震注3)への対策用としても、従来の制震装置と同等以上の制震性能を有しているため、短時間の短周期振動の対策用の制震装置としても利用できます。このように、安全安心の向上を通じて日本の社会・経済に貢献することが期待されます。

 本新技術の背景、内容、効果の詳細は次の通りです。

(背景) 大きな揺れに対して制震効果が長時間持続する、長周期型地震用の制震装置が求められていました。

 制震装置の減衰力特性注4)は、構造物の動きの速度と制震力は比例関係ではなく、速度が小さな領域では減衰力が比例関係よりも大きく、速度が大きな領域では逆に小さくなるような関係が理想とされています(図1)。従来、直下型地震用の制震装置は減衰力特性を得るための有力な方法として、摩擦力を利用していました。しかし、長周期型地震用の制震装置では、吸収すべき地震振動のエネルギーが直下型地震用の装置に比べて遙かに大きく、摩擦熱によってねじ部材の焼き付きや歪みなどの不具合が発生するという問題がありました。このため、これらの問題を解決し制震効果が長時間持続する制震装置が求められていました。

(内容) 停電・断水時でも稼働する除熱機構を一体化した制震装置を開発しました。

 新技術の制震装置の減衰力特性を図1に、装置の外観および構造を図2に示します。
 本開発では、大きな減衰力を受ける回転ねじの性能を安定させるため、大型回転ねじの製造技術の確立を行いました。また、除熱機構内の加熱部(摩擦による発熱部)と冷却部(除熱のための冷媒循環路)の相反する熱変形をどのように処理するかという点が重要な技術課題であったため、ねじ部を冷却しながら加振するモデル実験により熱工学的なパラメーターの測定を地道に行い、蓄積データから最適な設計諸元を決定しました。この結果をもとに、冷媒循環によりねじ部の過熱を防止する除熱機構を設計・製作しました。さらに、地震発生時は公共サービスが遮断する可能性があるため、断水・停電時でも稼働できるように冷媒循環ポンプ・配管、冷媒タンクの構造を工夫し、これらの除熱機構と制震機構を一体化させた大型構造物用制震装置(1200~1500kN仕様)を完成させました。

 本新技術の除熱機構は以下のような特徴を備えています(図2参照)。

1 冷媒供給ポンプはねじ部と本体とつなぐポンプ駆動ロッドに連結し、地震が起きると自動的にタンクの冷媒を装置に供給し循環する構造であるため、電気・水道が供給されなくても除熱機構が稼働できる。
2 冷媒供給ポンプ・配管は、ポンプ駆動ロッドの往復のいずれの方向の動きに対しても冷媒が供給できるため、装置が小型化できる。
3 冷媒タンクの大きさは制震装置の使用条件に合わせて自由に選定できる。

 連続加振中の制震装置のエネルギー吸収量を図3に示します。同図の拡大図は、マグニチュード7クラスの大震災時に鉄道構造物が受けると想定される振動変位を与えた場合のエネルギー吸収量です。このように、本制震装置は大きなエネルギー吸収能力を有しているため、長周期型地震の長時間・大振幅の振動対策のみならず、直下型の地震対策にも用いることができます。

(効果)  超高層ビルや発電・ガス・製鉄関連の大型設備等の制震対策や直下型地震対策に適用が期待されます。

 本新技術による制震装置は、下記のような優れた特徴を有しています。

1 エネルギー吸収能力が高く、長周期型地震による構造物の長時間大振幅振動への制震に使用できる
2 減衰特性が優れており、地震がない通常の状態でも風などによる構造物の不快な揺れを抑制する
3 災害時の外部エネルギー遮断時にも性能への影響がない
4 使用する冷媒は自動車で使用実績のある不凍液であるため、メンテナンスが容易である

 このため、長周期型の地震による長周期・大振幅振動に対する対策が特に必要とされる超高層ビルや展望台等のタワー、発電・ガス・製鉄関連の大型設備や石油備蓄タンクなどに利用されることが期待されます。
 さらに、直下型地震に対しても従来の制震装置と同等以上の制震性能を有しているため、直下型地震用の制震装置としても適用することができます。このように、安全安心の向上を通じて、日本の社会・経済に貢献することが期待されます。

<用語解説>

注1)長周期型地震
 地震の揺れは振幅がマイクロメートルレベルのものから長周期大振幅によるものまでさまざまである。このうち、振幅が数メートル、周期が数十秒にもおよぶ地震を長周期型地震という。

注2)オイルレスねじ
 軸受などの機械のすべり面に特殊な固体潤滑剤を埋設、含有させることをオイルレス処理と言う。このオイルレス処理をねじ面に施すことにより、給油することなしに摩耗、かじり、焼き付きなどのトラブルを防止できる仕様のねじ。オイルレス処理は省オイル、省力さらに設備機器の信頼性と安全性、およびコストダウンに効果的。

注3)直下型地震
 人の住む都市の直下で発生する比較的浅く、甚大な被害を及ぼす地震という意味で用いられている。

注4)減衰力特性
 地震により建物に入力される振動を、制震装置が移動(変形)する際に抵抗(減衰力)を発生して、運動エネルギーを熱に変換し振動の収束を早める特性のこと。

図1 制震装置の減衰力特性
図2 新技術の制震装置の構造
図3 加振試験の結果
開発を終了した課題の評価

<お問い合わせ先>

三協オイルレス工業株式会社 免震事業室
〒409-0501 山梨県大月市富浜町宮谷1500(大月工場)
高塚 健(タカツカ ケン)
TEL:0554-23-1178 FAX:0554-23-0788

三協オイルレス工業株式会社 プラント営業部
〒183-0036 東京都府中市日新町1-1-5(本社)
小佐野 雅史(オサノ マサヒト)
TEL:042-336-9611 FAX:042-336-9620

独立行政法人科学技術振興機構 産学連携事業本部 開発部 開発推進課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
三原 真一(ミハラ シンイチ)、沖代 美保(オキシロ ミホ)
TEL: 03-5214-8995 FAX: 03-5214-8999