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<用語解説>

注1)アビジン・ビオチン複合体(図4)
 アビジンは、卵白中に存在する分子量約68kDa の塩基性糖たんぱく質で、低分子ビタミンであるビオチンと選択的に非常に強く結合します(結合定数K>1015 M-1)。このアビジン・ビオチン間の強い親和性と特異性を「超分子接着剤」として利用した種々のシステムが考案されています。このシステムは"アビジン・ビオチンシステム"と名付けられ,生体構造や機能のさまざまな研究に利用されています。
 ビオチンとアビジンの親和力は通常の抗原抗体反応の100万倍以上も強く、ほとんど不可逆的な複合体を形成するため、免疫や細胞膜の研究用試薬、がんなどの検査用試薬、さらにはモノクローナル抗体と制がん剤を結びつけてがん細胞のみを直撃するミサイル療法製剤へも適用されています。

注2)キューカービチュリル(図1)
 キューカービチュリル(cucurbituril)は、グリコウリル(glycouril)という単位が5~10個(この研究では7個のものを使用)環状に連なって環になった化合物で、カボチャ(学名cucurbitaceae)形の分子構造をしていることからその名が付きました。樽の上下が抜けたような形をしているようにも見えますが、キューカービチュリルは、この樽の内部空間に小さな有機分子を取り込む性質があり、最近になって超分子化学のホスト分子としてよく使われるようになってきました。
 キューカービチュリルは、よく知られたホスト分子であるクラウンエーテル、カリックスアレン、シクロファンなどに比べて、安く簡単に合成できるという大きな利点があります。しかし、水や有機溶媒に溶けにくく、反応性も低いので利用が難しいとされてきましたが、それらの点も改善され、ホストとしての基本的な性質が明らかになるにつれ、実用的応用研究が今後進んでいくものと考えられています。

注3)フェロセン誘導体(図2)
 フェロセンは、鉄の上下にシクロペンタジエニル環が配位した非常に安定なサンドイッチ構造を有する円筒型の有機金属化合物で、中心にある鉄はもともと2価(Fe2+)ですが、電子を放出して(酸化されて)3価(Fe3+)となります。この反応は可逆的酸化還元反応なので、電圧を変えればフェロセン誘導体の性質(例えば水溶性)を変えることが出来ます。
 この研究では、フェロセンのシクロペンタジエニル環にヒドロキシメチル基やアミノメチル基を1つまたは2つ導入することによって、図2に示した誘導体を合成しました。

注4)エンタルピー(熱量)とエントロピー(系の自由度)
 エンタルピーもエントロピーも熱力学から出てきた状態を表す物理量ですが、化学反応に伴うエンタルピー変化(ΔH)は、系が状態Aから状態Bに変化する時に、どれだけ熱量を放出するか、あるいは吸収するかを定量的に示す量で、ジュール(J)/モル(mol)あるいはカロリー(cal)/モル(mol)で表します。エンタルピー変化量が正の時は吸熱反応で、負の時が発熱反応になります。
 一方、エントロピー変化(ΔS)は、系が状態Aから状態Bに変化する時に、どれだけ系の自由度が増えたり減ったりするかを表す定量的指標で、単位はJ/mol・K(ケルビン)またはcal/mol・Kです。エントロピー変化量が正の時は系はより乱雑な状態になり、負の時はより秩序だった状態になったことを示します。
 しかし、実際に反応がスムーズに進行するかどうかは、両者が関係するギブス-ヘルムホルツ式ΔG = ΔHTΔSTは絶対温度)の符号(プラス・マイナス)と大きさで決まります。

注5)エンタルピー・エントロピー補償則
 熱力学の基本方程式からは誘導されませんが、多くの化学反応や化学平衡の系でエンタルピー変化量(ΔH)とエントロピー変化量(ΔS)の間には強い正の相関関係が成り立つことが知られています。つまり、エンタルピー変化量(ΔH)が何らかの要因(たとえば、超分子系ですと、ホスト、ゲスト、あるいは溶媒などを変えること)によって変化すると、それに伴ってエントロピー変化量(ΔS)も同じ方向(同じ符号)に変化します。このことは、先ほどの反応あるいは平衡状態の変化を表すギブス-ヘルムホルツ式ΔG = ΔHTΔSにおいて、ΔSの前にはマイナス符号が付いていますのでΔHΔSとが常に補償しあう、つまり、ΔHが大きく変化しても必ずTΔSがその一部を打ち消す方向に働くこと意味します。実際、エンタルピー変化量(ΔH)に対してエントロピー変化量(ΔS)をプロットすると、大変いい直線関係が成り立つことが多くの系で知られています。人工および天然の超分子複合体形成に際しても、すべての系でエンタルピー・エントロピー補償則は成立し、今回の発見まで例外はないと思われていました。一例として、図5に酵素系、図6にDNA系のプロットを示しました。

注6)エンタルピー・エントロピー補償則の定量的解析法
 上記のように、従来から、すべての系でエンタルピー変化とエントロピー変化量の間には補償関係が成り立ち、よい直線関係を与えることはよく知られていましたが、その傾きと切片の意味については厳密な議論や意味づけは行われていませんでした。本研究グループはこれまでの研究で、人工および天然のすべての超分子系でエンタルピー・エントロピー補償則が成り立つことを確認しました。さらにその回帰直線の傾きは超分子錯体形成時のホストおよびゲストの構造変化の度合いを示し、切片はホストおよびゲストの周りにもともと付いていた水などの溶媒分子がどれだけはずれていくかを表す定量的な目安になることを見出しました。さらにこのことを用いて、人工、天然を問わずすべての超分子系を統一的に解釈し、新たなホスト・ゲスト系を設計する指針となることを提唱してきました。